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神さまの創り方  作者: 夜野友気
右腕
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右腕 ―プロローグ―

その右腕はすべてを破壊する。

そんな言葉を聞いて最初に思いつくものはなんだろう。

そんな腕を持つ存在がいようものなら人はそれを何と呼ぶだろうか。


破壊神。


妥当なところでそんな単語が浮かぶだろう。


全てを壊す破壊の神。

しかし、破壊神は何を思って破壊の限りを尽くすのか。

破壊神が破壊を生の克てとするならば。

神と名が付くその者も、生きている何者かであり、そしてまた、神に与えられた運命を受けしモノに過ぎないのだろうか。


疑問は浮かべど答えは出ない。

出ないのは出そうとしないからだ。


例え破壊神が人であろうと動物であろうと植物であろうと、もっと言えば有機物であろうと無機物であろうと、関わらないものには関係のない話だ。


人間は元来、己に影響を与えないものに興味を持たない生き物である。

例えそれがとある国に多大な損害をもたらすモノだったとしても、関わらなければ他人ごと。

自分以外は全て他人であるとはよく言ったものである。


つまり総じて何が言いたいのかと言えば、人間は自分を一番可愛がる生き物だということだ。









都心から少し外れた場所。

少し外れれば田舎などと言う言葉も聞くが、そこは決して建物が少ないというわけではなく、マンションやアパートはいくつか建っている。


小さくもなく大きいとも言いがたい平均的な市。

名を篠宮市という。

人口十万人と少し。


多数の町から形成されているその市は決して長閑とは言い難い状況下に置かれていた。

上げればキリがないのだが簡素に述べれば就職難に治安の悪化等々、世の中悪いことばかりではない筈なのに表に出てくるのは悪報ばかりでテレビを見るくらいなら寝ていた方が精神的にはマシであると言ったニュアンスの言葉が街中でも幾つか出ているほどだ。


そんな市の外れにある街の十五階建て臙脂色をしたマンションの一室。

最近建てられたものなのか内装は新しくセキュリティもしっかりとしたオートロック式。

外装もきれいで見た目も悪くない。

加えて立地条件も整っているためマンションの全室が埋まるまでそう時間もかからなかったそうだ。


時刻は午後八時を回った頃。

外は暗く、雨が強く降っていた。

部屋の窓に雨がぶつかりバタバタとうるさく音を立てている。


夜ともなれば明かりの一つでも点けそうなものだが、その部屋に明かりは灯っていない。

点けたくとも点けることが出来ないような状況下にあった。


例えば照明器具が壊れている。


或いは配線がショートしている。


言ってしまえば現状はその両方だった。


天井にある丸い照明器具はカバーが破れ、中の蛍光灯は粉々に砕け散っている。

そこから延びる配線もヒビ割れて歪んだ天井が断ち切ってしまっていた。


真っ暗な部屋の中で佇むのは一人の女の子。

自分の右腕を左手で掴み、泣いてはいないものの今にも泣きそうな、寂しそうな、悲しそうな、そんな表情をうつ向かせて佇んでいる。


部屋の中は暗くて周りは見えづらいが、しかし、女の子にはその部屋の惨状が分かっていた。


十八帖ほどの広さのリビングダイニングに漂う異臭。

長く生きていても嗅ぐことなどほぼないであろう異臭が部屋を満たしている。

鉄と汚物が混ざり合い、腐敗して放置された肉のような異臭。

吐き気を催してしまいそうな部屋の中心で、しかし女の子は動じずにその惨状を再度確認するかのように首を動かした。


部屋の中はいたるところに人だったものと大量の血液が付着している。

窓から壁から天井から飛び散ったかのように付着している。

それがかつて成していた形は人だったのか判別することも難しい程に、バラバラと表現するには生温い形状をした肉の破片。

ところどころには形を成したままの指先などが転がっているが、それも集めて数えれば十本もないだろうことが分かる。


暫く見回して飽きたかのように目を閉じ、はぁ、と一息、そのまま一歩足を踏み出す。

パシャリと血溜まりを踏んだ音が響いた。

かつて人の体を巡っていたものだ。


もう一歩踏み出す。

グニャリと踏んだのは肉の塊。

かつて人の形を構成していたものだ。


構わずに歩き続ける。

グチョリとゼラチンのような丸い塊を踏んだ。

かつて、人の目、だったものだ。


歩く度に気持ち悪い感触を足の裏に感じる。

立ち止まると同時にポタリと頬を伝って一滴の雫が床に落ちた。

久しく感じていなかった感覚。

だけど彼女は泣いてはいない。

頬を伝ったのは涙ではなく血液。

部屋の中と同様に彼女の体もまた血と肉で汚れていた。


ドアを開けて部屋を出る。

血液で汚れた足で跡を残しながら廊下を歩く。

ぺたぺたと音を立てながらふらふらと揺れ歩き、その視線をどこに向けているのかも分からない。

彷徨わせるように揺れている瞳には凡そ光というものが宿っていなかった。

深く、暗く、濁った瞳。

全てを拒絶するような闇の色。


暫く歩き、向かった先はお風呂場だった。

血だらけの服を脱いで投げ捨て、お風呂場に入るとカランからシャワーに切り替える。

そして蛇口を思いっきり開けた。

ジャアアアアと音を立てて勢いよく噴き出す水が顔や手の血を洗い流していく。

それが冷水であることを全く気にすることもなく、目を閉じて体に浴び続けている。


水を止め、左手に取ったのはたわしだった。

暫くボーっと眺めた後、視線を近くにあったシャンプーに移し、数回ほど器用に片手で押して、たわしに液を溢す。


それを彼女は右腕に当てて擦り始めた。

最初はゆっくりとした動作で徐々に力を込め、まるで憎しみをぶつけるかのように繰り返し繰り返し擦り続ける。

そんなことをしようものなら傷だらけになってしまいそうなのだが、手を動かせど腕は出血をするどころか傷一つ付かない。


それでも何度も繰り返し擦る。

何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も―――。


そうして怒りをぶつけるようにタワシを投げようと腕を振り上げ、結局投げずに諦めたように力なく腕を下ろした。


たわしを落としてもう一度思い切り蛇口を開ける。

冷水に体を濡らされながら顔を伏せた女の子は笑い声をあげた。

全ての音を水音がかき消していく。

笑い声も外の雨音も全てかき消してしまう。


女の子は自分の体を抱えて震わせた。

ガタガタと、まるで何かに恐怖するかのように。

そしてもう一度顔を歪ませた。

泣きそうなほどに顔を歪ませて体を震わせている。


しかし、やはり泣いてはいなかった。

女の子は笑っている。

それは全てを諦めているような乾いた笑い。

声も響かないお風呂場で、水音にかき消されながら、自らの腕を掴んで、ただひたすらに笑い続けていた

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