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籠女

籠女2

作者: 緒方 真

前作の続き的なもの。たぶんあと数話は書きます。

大学生のとき、ふと視線を感じて目が覚めた。

ちょうど就活の時期に重なっていて、落とされるだけの面接ばかりで精神的にも肉体的にも疲労が重なっていた。

そしてまた新しく面接を受けた会社がようやく決まりそうだったから、その安心感からほとんど爆睡に近い眠りだったと思う。

私はいちど眠りに入るとちょっとしたことでは目を覚まさない。

火災報知器の音で目覚めたことはあったが、日常的な地震やすぐ近くで起こった交通事故の音では滅多に起きることはないぐらいだ。

一体なんだと思ってその視線を辿ると、そこには籠女がいた。

わずかに開いたふすまから、ひっそりとこちらを見詰めている。

もちろんそこに誰かが入れるスペースなどない。

まるで目だけがそこに存在しているかのようだ。

そう、いつもと同じ、典型的な体験談。


けれど、籠女と視線が合ってしばらくして、身体が動かせなかった。

私は彼女の話を一度もしていない。

だれかに彼女の存在を匂わすようなことも、二階の寝室で寝ることを嫌がる素振りも見せなかった。

籠女は、だれかがすきまからこちらを覗いてくることを第三者に話さない限り、現れないのに。


顔をふすまに向けたまま、ぐるぐると熱くなってくる頭に動けないでいると、反対側から「ヒッ」と小さく短な悲鳴が聞こえた。

弾かれたようにそちらを振り向くと、暗闇にだれかがいた。

そのだれかと目が合ったような気がした直後、彼女は言った。


「お、お姉ちゃん」


妹の声だった。

隣室で寝ているはずの。

なぜ妹が自室にいるのかは知らなかったが、妹が悲鳴をあげたということは、籠女が見えているのか。

そう思って妹を呼ぼうとしたとき、籠女の視線が消えた。

ふすまを振り向くとやはり目は消えている。

なぜ籠女が現れたのか? なぜ妹がここにいるのか?

妹もたしかに籠女を見たのだろうか、それとも別のなにかに怯えて悲鳴をあげたのだろうか。


再度、妹に「なぜここにいるのか」と尋ねようとまた振り返ったとき、もう一つの疑問が浮かんだ。

なぜ籠女は消えたのか?

私はいままで籠女が消えたタイミングを自覚した事はない。

気付くと視線は消えていて、籠女がいた場所を見遣るとそこから消えている。

いつもそうだった。

なぜ籠女がそこからいなくなったタイミングが分かった?

振り返ると、はっきりと妹の姿が見えた。

ピンクの無地にねずみのキャラクターがプリントされている寝間着を着て、顔は恐怖で引き攣っている。

そしてその右肩からは、妹は短髪であるはずなのに、長い髪の毛がだらりと垂れさがっていた。



朝、目を覚ますと外がすこし騒がしく、家には母親も父親も、妹もいなかった。

ブランケットを羽織って外へ出ると、お向かいさんの門のあたりで近所のおばさんたちが3人立ち話をしている。

今日は休日で、時刻はまだ井戸端会議には早すぎる時間帯だ。

「なにかあったんですか?」

私がそう尋ねる前に、おばさんたちが私を見つけるや否やいつもより半オクターブ高い声を上げながら言った。

いつも彼女たちが様々な――言い換えれば下品な――噂話をするときの声色によく似ていて、嫌な予感がした。

家に逃げ込もうにも、その前に彼女たちに捕まってしまう。


「ついさっき、妹ちゃんが救急車で運ばれてったのよ!」


主婦たちにそう教えられ、一体なにが起きたのか矢継ぎ早に尋ねられる。

けれど、ずっと黙り込んでいる私に「もしかして寝てたの?」と落胆したように言われた。

なにを勝手なコトを――


妹が運ばれた理由は、ひとつしか思い至らなかった。

夜中に突然姿を現し、突然気配を消した籠女の視線。

それまで目視では分からなかった妹の姿がはっきり見えたのは、その右肩に彼女がいたからだ。

隙間ではなく物陰から姿を見せる彼女を見たのは初めてだった。

しかしそこから見詰めていたのは私ではない。


妹の顔をじろりと睨みつけているその目が瞬きするのを見て、私は気絶した。

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