三話目
土曜もみっちりピアノの練習をし、日曜の朝からまた練習じゃさすがに疲れているだろうとハルを気遣っていたが、……もともとスタミナが人より倍あるので全然応えてなかった。
むしろ疲れているのは私のほう。
「かおり、意外と面倒見いいんだね。
コーチ頼んだあたしが言うのもなんだけど、正直ここまでつき合ってくれるなんて思わなかったわ」
お昼ご飯を食べながら、ハルは笑った。
私もこんなにつき合うなんて思ってなかった。
ただ、ハルの為になるなら嬉しいと思っていただけ。
それに…
「だって、ハルが頑張るから。
私も頑張らなきゃって思ったの」
「まぁねー! 勝負事に負けるの嫌いだし!」
いくら稲葉君の為とはいえ…、いや、それだけではないからか。
負けたくないのだ。たぶん。
自分の努力でなんとかなるなら、黙って努力する。
ハルは、そういう子なんだ。
「かおりの為にも、あたし頑張るね!」
ハルは本当に頑張る子だった。
その証拠に、あんなに弾けなかったピアノがもう少しで通して弾けるようになる。
一週間で…大したものだ。
あとはリズムと楽譜の暗記。
…先は見えてきた。
「いたいた」
音楽室に入ってきたのは八俣君だった。
「あれ、ケンちゃん。何で学校来てんの?」
「それはお互い様じゃねーか。
部活で学校寄ったらピアノの音が聞こえたからさ。
噂の決闘に向けて頑張ってんだなと励ましに来たんだよ」
「えっ!やだ、ケンちゃん、なんで知ってるの?!」
背中に隠した左手には駄菓子。不敵に笑う八俣君。
「歴史部のネットワークなめんなよ。
ほれ、差し入れ」
「不良だー!でも嬉しいー!」
ハルと八俣君は嬉々としてビニール袋に入った駄菓子を手に取る。
…私は駄菓子というものを見たことはあるが、食べたことはない。
一体どういう味なのか…それにどれもこれも小さいのは何故だ?
私が手を出しかねているのを見て、八俣君は軽く笑う。
「お嬢様だから初めてなんだろ?
選んでやるよ。
甘いのとしょっぱいのはどっちが食べたい?」
「……甘いの、かな」
「じゃ、これどうぞ」
手渡してくれたのは、平べったいカステラのお団子みたいなお菓子。
丸いカステラが三つあり、砂糖がまぶしてある。
ハルはもう二つ目の駄菓子を手にとって食べている。
…美味しそうに頬張っていた。
「……」
ものすごく平べったいその駄菓子を恐る恐る食べてみる。
「…甘い」
とてもカステラとは言えないが、意外とやわらかい。
「あ、いーな!かおり、それ一個ちょーだい!」
私が食べている物に気づいたハルは目を輝かせている。
「おいしーだろ?」
八俣君は目を合わせずにヒモのついた飴を食べながら笑う。
「うん、おいしい」
笑顔がこぼれる。
不思議だ。お菓子を食べて、笑うなんて。
ハルといると楽しい。
自分の小さな価値観でできている世界が音を立てて破れていく。
彼女と友だちになれて、本当に良かった。
休憩をしばらくとり、再び練習を開始する。
八俣君は邪魔になるだろうからと音楽室を出て行った。
ハルと二人きりで妥協なく弾き続ける時間は日没まで続いた。
同じ曲を繰り返し繰り返し。
夢に見るまで…
「さぁ、いよいよだね!」
そして、決戦の日はきた。




