二話目
あの三人と少しずつ馴染み始めたのは、ひとえにハルのおかげだろうと思う。
部活の終わりにハルが迎えに来て、いつものように科学室に行き、稲葉君も交えて話している間に部活を終えた八俣君が顔を出して一緒に帰る。
その流れが一カ月ほど続き、それが自然になってきた。
三人と関わっていくうちに、それぞれの性格が少しずつ掴めてくる。
相変わらずハルは表裏のない愛すべきおバカさん。
授業中のテストやドリルなどを手伝うのだが、思わずこちらか頭を抱えてしまうくらい。
教えていても彼女は寝てしまうし。
――それに反して彼女の持つ中学生記録の数々は本当にすごい。
早くも体育で有名な高校からオファーがきている。
競技問わず得意だが、本人は陸上が一番好きらしい。
そのハルが好きな稲葉君も、どうやら校内きっての秀才。
模試テストの全国一位常連だという結果を目の当たりにするまでは、先生からやけに気に入られているなと思うだけだった。
実際、大学の科学シンポジウムで特別枠の論文を発表するほど早くも才能を期待されている。
だから彼だけが特別に科学室で黒板に難しい数式を走らせて居残ることを許されている。
――彼自身はどうやらハルのことが好きらしいが…、
柔らかい物腰と優しく知的なその姿に見惚れて、ファンクラブなる集団ができていることを知らない。
そのファンクラブのメンバーとハルは、日夜決闘と称して戦いを仕掛けられている。
「…ねぇ、ハル。
やっぱり無茶よ、二週間でなんて」
「そんなことないわ!
諦めるわけにいかないのよ!」
「だってハル、ピアノなんて聞いたことないでしょ?
それなのにこの課題曲…相当練習しないと…」
稲葉ファンクラブのリーダーと話をつけてきたらしく、ハルは二週間でピアノの課題曲をミスなく引きこなす。
そしてリーダーはサッカーのリフティングを連続80回以上という無茶な決闘の約束を交わしてきたらしい。
互いにハンデということでそれぞれ苦手な分野。
ピアノを家で習っていたからということで、私はハルのコーチになった。
しかしこのピアノ曲…初心者には相当難しい。
「それで、今度はどんな条件つけてきたのよ。
そのファンクラブのリーダーは」
楽譜を片手に音楽室のピアノを開けて、私はハルに聞いた。
まずはお手本ということで、ハルに曲を一度聞いてもらうことにする。
「一週間の接触禁止をかけて、よ。
あいつらには負けらんないわ」
「………」
いっそのこと負けて、事態を明るみにしてしまえばいい。
いくら優しい紳士の稲葉君もこんな理不尽な決闘、少しくらい腹を立てるだろうに。
私は密かにそう思いながら、ピアノに指を走らせた。
…家で教養の一環としてやっていたので、好きでも嫌いでもない。
でも文句を言うほど拒否する理由もなかったので、人並み以上は弾ける。
こんな時に役立つなら、過去の時間も無駄ではなかった。
「すごーい!かおり、ピアノ上手だね!
才能あるんじゃない?!」
弾き終わると、ハルは目を輝かせながら拍手をしてくる。
「別に…大したことないわ。
それよりハル、これ弾けそう?」
「あ、諦めないわ…」
「そう。じゃあ私も諦めずに教えるわね」
ハルと関わると、今までの自分の積み重ねが生きていくようで新鮮だった。
ピアノだけじゃなく、勉強や英会話も事務的にこなしていただけなのに。
ハルの為になるなら、やってきて良かったと思える。
友達の為に頑張れるのは、なんて嬉しいのだろう。
そうして朝と昼休みと放課後にみっちり指導した金曜。
一週間近く科学室に寄りつかないので何だか様子がおかしいと、さすがに八俣君が感づき始めていた。
「…また稲葉関係の決闘だな?」
一時間目の休み時間に、八俣君が私に聞いてきた。
私は話して良いのかどうか迷ったが、隠す必要もなさそうなので事情を話した。
「八俣君からもなんとか言ってあげてよ。
それに稲葉君にも…」
「いや、稲葉には黙っといた方がいいだろ。
事情も分かったし、俺もあいつに根回ししとくよ」
「どうして?」
去ろうとする八俣君の腕思わず掴む。
ハルは頑張っている。
その当事者である稲葉君が彼女の努力を知らないなんて、理不尽だ。それに腹立たしい。
私の掴んだ腕を思い切り振りほどく八俣君。
「あ、ワリ…。
いや、その……稲葉は怒らせると大変なんだよ。ハル関係は、特に。
今回はハルが勝手に決闘受けただけだし、要求も大したこと無いから流す。
──もしファンクラブ以外で厄介事があれば別だけど」
私の知らない事情があるようなので深くは立ち入らなかったが、やはり気に食わなかった。
ファンクラブは勝手だし、それに従うハルも賢明とはいえない。
「…稲葉君も怒ればいいのよ。
ハル、頑張ってるんだから」
私の悔しそうな呟きに、八俣君はへえと感心していた。
「串灘のお嬢様がここまで肩入れするとはね。
ずいぶんハルにご執心じゃん」
…照れくさかったけど、確かにそう言われても仕方ない。
実際、すぐに家に報告がいき、母や父からも最近の動向について聞かれた。
友達など今まで作ったことがないから驚いたらしい。
「だって…友達だから」
照れくさいけど、そう言えるのがちょっと嬉しかったりもする。
八俣君はそんな私に『ま、怒るのが普通だよ』と笑っていた。
「俺はどっちかって言うと、何度も同じ事を繰り返すハルに怒ってるけど。
稲葉サイドの人間としてはね」
「じゃあ私はハルの友達だから、あなたとは逆の立場よ」
「そんなに敵対しないでくれよ。ハルも俺にとっては大事な幼なじみなんだから。
それより、明日はどうするんだ、練習。
音楽室なんて開けてくれないだろ?」
「それなら私が土日使用したいと先生にお願いしてあるから大丈夫よ。
スペアキーもすでにお借りしてあるわ」
「…さすがお嬢様」
八俣君はそう言って帰って行った。
彼は私のことをどこまで調べているんだろう。
歴史部…校内新聞を作っているくらいの動向であれば大したことないと思っていたが、私への言葉の裏に見え隠れする恐れの感情。
……あの三人の中では、彼が一番正直なのかもしれない。
裏表のない言葉が逆に気持ちよかった。
「さて、…今日も頑張らなくちゃ」
チャイムが鳴る。
教室で私に話しかける人は誰もいない。
だからハルの練習プランをこっそり考えるには都合が良かった。
コーチを任されたし、ハルが諦めないから私も諦めない。
だからこれまでにないくらい真剣に考えていた。




