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一話目

愛だの夢だのくだらない。と思う。

私の未来は目を閉じていても進んでいく。

このまま中学から大学に進み、そこそこの成績を残して父の会社に就職。

数年働いた後に、父が決めた許嫁と結婚。

後は細々と生きていく。


――実に平凡だ。


母は私の未来を憂いてか友人を作りなさいと助言をくれた。だが父は必要ないと否定する。

私も必要ないと思っている。

だってこんな夢も愛も無い子と、貴重な青春を過ごしたいなんて思わないだろう。


――でも、未来は動いた。


「あたしは鮫島さめじまハルミ。ハルとかでいいよ。

あなたは? 何て呼べばいい?」


体育祭の片付けをしていたのか、倉庫の前に彼女はいた。

体育祭でどの種目でも輝いていた彼女は、体つきは華奢で長い髪を二つに結わいている。

違うクラスだったので顔は初めて見たが、噂は聞いていた。

先生からは『麒麟きりん』とか呼ばれている、前代未聞の運動神経らしい。

その彼女の前でポールに脚をひっかけて派手に転び、手を貸してくれた。

…強いけど優しい人。

彼女の第一印象だった。


「えと、名前は?」


「あ、串灘くしなだかおり…」


『あぁ…あの…』と言う疎外感に満ちたいつもの表情が出るかと思っていた。


「くしなだ? 呼びにくいな。

じゃあ…クッシーと、ナッダーと、かおりのどれがいい?」


目を丸くした。

なにその普通の反応。

驚いて、そして嬉しかった。


「じゃあ…かおりで」


「やっぱり?」


笑いあう。

友達ってこんな感じなのかな、と一瞬温かい気持ちになった。


「クラスどこ?あたし二組」


「あ…四組」


「そっか!じゃあ移動教室の時とか顔見に行くね。

また明日ねー、かおり!」


「う、うん…」


…また明日。


背を向けて歩いていくハル。

繰り返しの毎日が、鮮やかに色づいていく。


「また明日…」


少し話しただけなのに、ハルは本当に次の日に声をかけてくれた。


「ご飯一緒に食べよー」


他愛ないお誘い。

でも私は嬉しくてたまらなかった。

同時に、今まで諦めていた友達との談笑をこんなにも求めていたのかと再認識した。


何度かご飯を一緒に食べて、ハルと話すうちに彼女の性格が分かってきた。


「あ、かおりってなんか有名らしいじゃん。

あたしの友達の稲葉いなばに言ったら羨ましがってた。

いーな、あたしなんか運動神経くらいしか良くないから『筋肉バカ』とか言われてさー。ひどくない?

先入観強いから清楚系になるのダメなんだよねー」


彼女は今時の中学生で、私のことも分かっている。

でも気にしない人なのだ。

彼女からは暗いにおいが全くしない。

どこまでも純粋で暖かい人だった。


「そうだ、かおり。

今日科学室寄っていい?」


最近は陸上部が終わるのを私は自然と待つようになった。

部活の練習の間に、本を読んだり勉強したりできるから効率良いし、なにより彼女と下校できるから。


それに、彼女が科学室に寄る理由。

それは彼女の幼なじみで友達の『稲葉』君に会いたいから。


「…好きなんだ?」


「ち、違うわよ!

その、返すものがあるから、ついでに寄るだけ!

それだけよ!」


微笑んでしまう。可愛らしい。

そして、羨ましい…。

彼女には誰かを愛しく思う心がある、自由がある。

私が抱いたことのない感情を持っている。


人を好きになるっていうのは、どんな気持ちなのだろう。


放課後、彼女の部活が終わり、荷物を持って科学室に入る。そこには白衣を着た男の子がいた。


「……やあ、ハル。どーしたの?」


のんびりとした口調。穏やかな笑顔。

他の男子生徒に比べて物腰も柔らかく大人っぽい。


「あ、明日論文会でしょ。

ちゃんとできてんのかなーって思ってさ。

あんた、グズだから」


憎まれ口を叩いているのは照れ隠し。

端から見ていても好意はバレバレだ。

そんな言葉に微笑む稲葉君。


────ああ、彼もまた…好きなのか。


穏やかな二人の空気。

なんだか私がいることが場違いな気がしてきた。


「こんにちは、かおりさん…だよね?

ハルから聞いてるよ、すっごい清楚な子だって。

かおりさんの爪のあかでもせんじて飲ましてやってくれないかな」


「なんですってー!?」


あはは、と笑い声に包まれる科学室。

稲葉君は私のことを『串灘』とは呼ばなかった。

そこに彼の優しい心遣いが見えた。

彼女と同様に、同じ暖かさを持っている。


「もう下校時間だよ、そこの人たち」


「あ、ケンちゃん。『新聞部』も終わりなの?」


もう一人、男の子。

少し長い髪にメガネ。のんびりした稲葉君に比べるとしっかりしてそうな印象。

おそらく三人は幼なじみなのだろう。

空気が一瞬で同じになる。


「新聞部じゃねーって、歴史部。

来月の原稿チェックしてた」


「活動内容が学園新聞の発行が主なんだから新聞部でいいじゃないか」


「主じゃねーよ!

それくらいしか目立つ事してないからだろ。

…いんだよ、歴史部は闇に紛れて動くんだ」


「かっこいー」


棒読みで返す彼女に思わず、私は声をだして笑ってしまった。

ケンと呼ばれた彼が、私にようやく気づく。


「あんたが、噂の串灘のお嬢様か」


こちらを見る彼の瞳に、思い出す。

…そうだ、私は部外者だった。

ここにいるのは彼女の友達であって、私は…。


「ハルは色々うるさいから大変だろ。同情するよ。

俺は八俣やまたケンジ、よろしくな」


「あ、僕は稲葉アユムだよ。よろしくー」


「ていうか名乗ってなかったのかよ!

相変わらずぼーっとしてんな!」


やわらかい、雰囲気。交わされる普通の会話。


「ハル、稲葉君、八俣君」


名前を呼んだ彼らが、笑って手招いている。

そこには今まであった、私を取り囲んでいた疎外感はない。

囲いの先には暖かい自由が見える。


「串灘、かおりです。…よろしく」


だから、私は飛び込んだ。


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