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BLESSED CHILD 【Ⅰ】 星紡ぐ風の荒野  作者: 寿々
第四章 名も無き花の舞う空に
23/37

【2】

 春の女神の衣装は、それは可憐なものだった。

 アシュリーは、色とりどりの花で飾られた白いドレスと花冠を身に着け、背には小振りな天使の翼があった。勿論、造り物だ。


「どうかしら?」

 彼女が問うと、取り巻きの少女達が黄色い歓声を上げた。皆が口々に、アシュリーの美しさを称えている。


 アストリッドとジェイクは、そんな少女達を遠く尻目に出発の時刻を待った。

「お前は着替えなくていいの?」

 アストリッドが問うと、ジェイクは頷いた。

「うん。これ、かぶるだけなんだって」

 そう言ってジェイクが見せたのは、アシュリーの物より少し地味めの花冠だった。


「君はどうしてる?」

 今度は、ジェイクがアストリッドに問う。

「オレは下で見物してるよ。花車に怪しい奴が近付いて来ないか見張っておいてやる……──」

「それは頼もしいね」


 するとそこで、二人の会話が途切れた。誰かが近付いて来たからだ。足音に振り向くと、そこに立っていたのはベアトリーチェだった。


「やあ、どうしたの?」

 ジェイクが、彼女に明るく話し掛けた。

 その時、アストリッドはベアトリーチェが酷く青褪めた顔をしている事に気が付いた。

「ベアトリーチェ、体調でも悪いのか?」

 思わず、そう問い掛けた。

「え…、……ええ…──あの、私…少し気分が悪くて。でも、大丈夫よ……」

 少女がオドオドと答える。


 その時、あちら側でアシュリーの取り巻きの少女達が一際大きな歓声を上げた。


「何だろう?」

「春の女神役に選ばれたお祝いに……って、昼食の後、アシュリーの叔父様がプレゼントを持って来て下さったの……。高価なアミュレットなんですって……きっと、それを身に付けたのね」

「へぇ……」


 ジェイクの呟きに素早く答えた後、ベアトリーチェは呼吸を整える様に浅い溜息を吐いた。

「やっぱり私、今日は疲れてしまったみたい……。もう帰るね。お邪魔してごめんなさい……」

「そうか。気を付けて」

「……ええ」


「良い春休みを」

「そちらもね……」


 儚げな微笑みを浮かべ、ベアトリーチェが踵を返した。

 その頼りなげな背中が校庭の方角に消えるのを見送ると、ジェイクは「さて……」と呟いて腰に手を当てた。


「僕も、そろそろ行かなくちゃ」

「馬車まで見送ろう」


 パレードの花車は、春の女神の乗る一台きりではない。

 広場には、メインの大きな花車の他にも、何台もの荷馬車が花で飾られ連なっている。それらの荷馬車には、虫のはねらしきものを背に生やし、おとぎ話の妖精になりきった子供達、豊作と豊漁を祈る占者、女神の遣いとして道行く人に花の種を配る乙女達等……花祭りには欠かせない役柄に扮した人々が乗り込もうとしていた。

 そして広場のあちこちには、保安官と自警団からなる騎馬警備隊の姿がある。しかし今日は、そこに顔見知りの保安官は見当たらなかった。



「近くで見ると、結構な高さだなァ……」

 アストリッドが、女神の花車を見上げながら呟いた。その花車には、ジェイクとアシュリーの他にも、数名の〝妖精達〟が同乗する様だ。


「よろしく、アシュリー」

「……こちらこそ」

 ジェイクと握手をするアシュリーの表情は硬い。まだ、ジェイクに対して機嫌を損ねているのだろうと思われた。


 アシュリーの胸元には、まるでそれ自体が発光しているかの様な、不思議な光を湛える宝石の首飾りがあった。ひと目で、高価な魔法魔術製品だと認識出来る。すると、アストリッドと同じ事を思ったらしいジェイクが、直ぐに口を開いた。

「その首飾りが、叔父さんに貰ったアミュレット?」

 ジェイクの言葉に、アシュリーは驚いた顔をした。

「え……? ええ…そうよ。誰に聞いたの……──ああ、ベル…あの子ね……」

「うん」

 ジェイクが頷くと、アシュリーが胸元の光る宝石をそっと手にした。


「そう……ついさっきね、頂いたのよ。実は……だから私、とても安心したの。

 それというのも、夕べ、お父様と叔父様が随分と長い時間、言い争いをなさっていて、今日のパレードは観に来て頂けないと思っていたものだから」


「お父様って……、今日はイアン・ウィングフィールド侯爵もパレードの見物を?」

 アストリッドが問うと、アシュリーは頷いた。

「ええ。レジー叔父様とお二人で、パレードの到着場所の貴賓席にいらっしゃる筈よ」


「侯爵と君の叔父様は、普段から仲が悪いの?」

 ジェイクの問いに、アシュリーはキョトンとした。

「そうね……、あまり仲が良いとは言えないわ。どちらかと言うと、叔父様がお父様を避けている感じかしら? お父様はお父様で、この頃、叔父様がはじめられた慈善事業がお気に召さないらしくて」

「ふぅん……」

 アシュリーが肩を竦めて答えると、ジェイクは曖昧な相槌の後、彼女のアミュレットから視線を外した。



 その時、晴れ渡る青空に、パレードの出発を報せる楽隊のファンファーレが高らかに鳴り響いた。



「女神! そろそろ乗って!」

 軽やかな行進曲と共に、人の波が動き出す。係りに呼ばれたアシュリーが、「いけない」と呟いて踵を返した。

「アシュリー」

 すると、ジェイクがアシュリーを呼び止めた。

「何よ? 早く行かなくちゃ。貴方もよ」

 アシュリーが不機嫌に答えると、ジェイクは続けた。

「諦めは付いたの?」


「…………」


 ジェイクの言葉に、アシュリーが口をへの字に曲げた。

「貴方ってやっぱり嫌な奴。でも、私もそこまで往生際は悪くないんだから。覚悟を決めなければならないのなら、そうするわ……自分の意思でね。後から誰かのせいにするのは格好悪いでしょう?」


「…………」

 ジェイクと一緒に花車に乗るのは、それ程覚悟が必要な事なのか……? ──という突っ込みを、アストリッドは、彼女の心意気に免じて飲み込む事にした。


*  *  *


 パレードの進行は、概ね順調だった。

 春の女神が微笑んで手を振ると、通りの見物人から歓声が上がった。「今年の女神役は、本物エステラも舌を巻く美しさだ」などという、愛すべき侯爵令嬢を褒め称える声が、あちこちから聞こえた。


 アストリッドは、ジェイクとアシュリーが乗る花車の速度に合わせて、歩道の奥を歩いていた。沿道は人集りなので、花車の側を並んで歩くのが難しかったからである。


 時折、青空に色とりどりの花びらが舞う。

 その光景は、とても幻想的で美しかった。


 しかし……不意にその時、アストリッドの脳裏に、仄暗く淀んだアクシオンの街並みが浮かんだ。


「…………?」


 煤けた裏路地の奥の方。そこに、ぽつんと独りで佇むリオンが、恨めしそうな顔でこちらを見ていた。アストリッドはリオンに向かって、「こっちへ来い」と思わず声を掛けたが、彼は首を振って後退った。

 リオンは答えた。

「お前がこっちに来るんだよ。アクシオンに帰るんだ。嫌われ者のジルはもういない……だから、きっと愉しいぜ。あの頃みたいに、自由で気儘な野良暮らしへ戻ろう。

 もう二度と、誰にも支配されない世界で、オレ達一緒に生きられる! アストリッド──」



『……お前に、逢いたかった……ずっと……』



「…………!」

 アストリッドは、ハッとして立ち止まった。


 ──そうか……何故、最初に気が付かなかったんだろう?


 一瞬そんな事を思ったが、自ら直ぐに、その考えを否定した。

 そして、いくら何でも気付ける筈がないと思い直した。


 先ずは何より、あの夜は視界が悪かった。同時に、非日常的な緊張感の真っ只中でもあった。極めつけは、濃い化粧と女物の服だ。加えて〝あれから〟三年の歳月……声変わりはした様だが、その声は、女性のものとしても違和感を感じない程度に高音域の、いわゆるかすれ声だった。


 アストリッドの脳裏で、突然の様に、リオンとドレスの少女の姿が重なった。


 華奢な身体。

 艶のない赤毛。

 瞳の色は、薄茶色。


 記憶にある共通点はそれだけだったが、重なった二人の姿はピタリと一致し……〝彼〟は緩やかに微笑った。


 つまり、二人は同一人物だったのだ。


「……リオン……、何処だ……!?」


 思わずその名を呟くと、アストリッドは足早に歩き出した。

 人混みの中に、その哀れな存在を探して。

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