5節 芽生える感情
- 1話 心の無垢 -
人が溢れても、人が消えても 何処にいても空は常に美しく平等に笑顔で居る。
彼らは其々に立場も理解せず 唯自分の為だけに無邪気に生きている。
-ルイス 中心街-
「・・っ!!」
必死に手を伸ばしたのは、考えるよりも先だった。
銃弾をつかみ取ろうと、さっきまでの戦闘欲などすべて放り投げてまで
あの2人の小さな世界を見ると、体が動いていた。
ゆっくりとした世界だからこそ、目に焼きつく2人の顔
こんな荒廃とした街で、小さな果物を数個持ち 道をただ歩くだけで
お互いを確認しあうその手だけで今を幸せと感じている。
そんな声が、見るだけで伝わる。
そこに無情にも向かう一つの弾丸を防げない 自分の力。
足をバネに、地面を割りながら向うも届かない。
力あれど、力はただあるだけで、手を伸ばせばどこまでも届く
きっと、必死に手を伸ばしたのは、そんな自惚れが生んだ行動だったのだろう。
ギュルル・・
ついに、眼の前の弾丸は弟の手を引く女性の胸元にめり込んでいった。
穴があき、血が吹き出る間もなく背中から紅のノリのつけて貫通し
肉片が弾丸と一緒に綺麗な花が咲くように飛び散る。
ゆっくりと、ゆっくりと。
その瞬間でも彼女はまだ表情を笑顔にしたままで
私にしか見えない静止した光景は、一瞬の散り際より残酷で鮮やかだ。
伸ばす手はピタリと止まる。その距離はすぐ目の前だったのに
私は手を硬直させながら、目線だけは倒れ行く女性を眺めて。
その女性は、眼を大きくしたあと崩れるように膝から落ちる。
弟の手をするりと抜けて、彼女が倒れるまで私も伸ばした手を下せなかった。
誰も言葉を紡がない
私も、弟の彼も、そして野次馬達も皆一応に紅の花が咲くのを眺めるだけ
違うというと、"そういう事"は珍しくはないし
そんな事よりも身の危険を感じた野次馬はそそくさとその場を離れていくだけ。
仕事とは関係が無い
早く帰りたかった、この場を後にすることだって何時でもできた。
ルニアの為に、恩を返す為に剣を振るうだけの存在でよかった。
ならなぜ、眼の前の女性を救おうと願い行動した?
人が死んでいく事に、何も感じてこなかったはずなのに。
手を伸ばしたまま紅の花咲く姿を見つめながら、思考しても・・
理由が、体より先に追いつかない。
はっとした表情で、私はまだ頭が追いつかないよりも先に
倒れた女性の手を取り、銃創を見た。
その倒れた姉の手をギュっと握り締める。
銃創はしっかりと肺を貫通していて、口径は大きく
穴は背中に行くほどに炸裂し、血液をドクドクと止め処なく流す
弟は目を見開き、硬直していた
彼もまた幼くして眼を見開き、なす術無い横たわる姉を傍観する。
現実ではないと否定をしているのだろうか?
「 」
その時、私の手に触れる何かがあった。
やわらかく、細いソレは彼女の指先 ゆっくりと動いて縮む動作は
たぶん私の手を握ろうとした証なのだろう。
閉じようとしている瞼を必死に閉じさせまいと痙攣させる眼は
確実に私の眼を追いながら、最後に捻りだそうとした言葉は"聞こえない。"
口が開いたり、閉じたりするだけで
喉から空気が漏れるだけで、音にならず
私はその口の動きを、正確に覚えるくらいしか 彼女にしてやれる事はない。
パタッ
最後につぶやいたソレは たぶん名だ
横で立ち尽くす彼の名前。何度も短い言葉を紡いでいた。
するりと私の手からこぼれおちた彼女の腕は 地面に落ち、噴き出す紅の勢いは止む
立膝を就いた私は理由を考えることを止めていた。
何故か、など。そういう考えをするほどに生まれる苛立ちで
結局答えが見つからないストレスに ただ身をまかせ始めていたんだ。
眼を閉じ、手を合わせ
横で立ち尽くす弟は眼を閉じず、ひたすらに紅いカーペットを見つめている。
「さて、と。そろそろいいか?
よしっ 続きをやろうぜ姉ちゃん!! そんな人間なんて放っとけよ!!」
気前のいいことに彼は後ろでずっと腕組をして待っていた
彼はただ戦いを楽しみたいだけなのだ。それは強いほどに純粋に楽しさを得る
そこに余計な物は入ってこない 生も死も 彼にとって現象でしかない。
だが私は違うようだ。
客観的に、自分を見ても違うと言えるはずだ。
この眼の前の死に何か特別な物を感じたなら、きっと彼とは違う存在だ。
悲しさだろうか、憎しみだろうか、怒りだろうか
今は自身がなぜと救おうとして、立ち止まっているのかは分からないが
この苛立ちは本物で、『眼の前の彼はノイズだ!!』
私は無言を保ち、ゆっくりと背を向けながら立つ。
その体からは蒼いゆらりとした炎を じわりと体から生みだしながら
髪がふわりと宙を仰ぎ、コートが揺れる。
現象は起こっている。決して幻では無い。
確かに私の体を蒼いゆらゆらとした何かが包んでいるのだ。
「・・蒼い、光だと?
"お前も・・特別だって言うのか?"」
ヴェイグと人間では、運動能力を見る以外に見分け方がもうひとつある。
それはヴェイグになると眼の色が総じて"紫色"になる事だ。
私達は限界以上の力を引き出す時、眼から光が漏れたり、
紫色の光が体からにじみ出る事がある。
そう、普通ヴェイグは総じて紫色。
だからこそ私は人から姿だけ見られても、見た目だけでは敵視されない。
「なら、そんなもんじゃないよな・・?
特別なら・・もっと俺を楽しませてくれるはずだ!!
そうだよ・・これだよ、これが俺の欲望だ!!
俺はもっと強ぇ奴と戦いてぇ・・ そうだろ・・これでこそヴェイグだろうよっ!!」
バッ
狂った笑顔を浮かべながら、彼は銃を翳す。
私がそこにいると思い、彼は銃を構えたんだろう。
言葉を紡いで、銃を構えるまでほんのわずか
まさか、その間に私が彼の懐に移動しているとは思うまい。
この力はなんだ?ここまでさせる理由が分からない
その自分自身の苛立ちの全てを彼に八つ当たりするかのように
眼を燃やし、蒼い炎と共に引き抜いた刀が 彼の体を引き裂く。
ズバァァァァッ!!!
「ぐふぁッ!!」
盛大に鮮血が空高く飛び散る容赦ない斬撃
彼の予想できる反応を超えたからこそ、なんの防御もできず
まともに受けた為、刃は肉と筋を絶ち、あばら骨をも刻み折った。
下から振り上げられた刃は右の腰から左肩へ根深く切り開く様が
落ち行く彼の体から見てとれる。
その切り口には刃にまとった蒼い炎が未だにこびりついていた。
-ルイス 中心街-
そろそろと昼下がりになるこの中心街で
鮮血の跡が残っている。というのはさほど珍しい物ではない。
常に誰かが命の炎を失うのが非日常という世界ではないからだ。
触れぬものに祟り無し。
いつ何時次は自分自身かもしれない身 誰もが気になるだろうその血痕を
誰も訪ねないのは、保身の為だ。
このような時代になった故に、不用意に手を出す者など愚か者だろう。
その路上の真ん中に横たわる1人の男
彼の体にもべったりと血潮がこびりついて、びくともしない。
路上の人間は誰も声をかけず、かけたいと思わず。日常を過ごす中
不意に彼の傷口が紫色に輝くと
肺をゆっくりと動かしながら、傷を糸も無く縫合していくのだ。
逆再生の様に。傷だけが時間を逆行していく。
見えていたあばら骨も折れ目から新しい骨が生え、血管が互いを探しあい
傷の奥から臓器が生まれ出て、皮膚は互いをつなぎ合わせた。
人間ならば、死んでいた。
だがヴェイグならば、人によっては回復できる。
彼の場合は傷に慣れていたのだろうか、皮膚が繋ぎ合うと同時に
深い深呼吸をし、上半身を起こすのだ。
そしてポケットの中から煙草を一つ取り出して、新鮮な煙を流し込む。
「ふぅ・・」
路上の真ん中で座り込んだ彼の足もとを自分の血潮で染めながら
まるで何事も無かったかのように空を見上げ 眼を細くする。
あぐらを組み、無言で佇む彼は先ほどの熱など忘れたかのように
冷静で、沈黙を守る。その眼の前には当然 彼女の姿は無い。
「久々に、大物が来たなぁ・・」
-ルイス郊外 緑の丘-
私の足は見晴らしのよい丘に向かっていた。
あの男を切り捨てた後、彼の名らしき物を呼び、姉の遺体をこの丘に運ぶ。
彼が死んだかどうかは分からない。正直と今はそんな事を気にするほどに
余裕が無かったからだ。
ルイスの中心は人間であふれているが
この街も郊外となるととても殺風景で、人など何処にも居ない。
ルイスという場所は中心に建築物を残すものの、周りは廃墟と荒れ地ばかりで
川が一つ流れているものの、何もない というのが率直な感想だ。
だが、少し離れたこの丘だけは木々が残り、少しと草原も生い茂っていた。
こんな荒れ地続きの場所で珍しく自然が生き生きと歌を歌うように
風を奏でるこの場所は、私が今朝とこの街に来る時に
一度ここで座り街を眺めてしまうほどに、素晴らしい場所だった。
彼女の眠る場所には、絶景であり静かで、温かい場所になるだろうと
そう思ったのだ。
「・・・」
彼女の体はもう冷たい。
血は既に滴る事を忘れ、肌はもう・・青い
弟は成すすべないまま、私の後を追い今は丘の手前 木のそばで座り込む。
人を埋葬するのは、初めてだ。
鞘の柄で木々のない丘の中心に穴を掘り進める。
理由は今もまだ追いつかないが
体は彼を・・彼女の姉を埋める姿を見せたくはなかった。
体が行う行動を、頭が疑問に、理由を探すことを今は止めた。
私はたぶん、今彼に傷ついてほしくないと思っている。それだけでよかった。
ずいぶんと勝手な行動だ。
ルニアの剣である私の体は、仕事をこなす為の体であるはずなのに
このような余計な事を、そして彼の言葉も聞かずに勝手にこの場所に連れ
彼の姉を彼の見えない処で埋めようとしている。
「私は・・ いや、今は・・」
独り言を呟くが、その言葉を口が塞ぎ止め
土の中に埋もれ行く姉の顔を眼に焼きつけながら、土は彼女を包み込み
私は近くにあった白い綺麗な花をそっと、そこに置いた。
「ロル」
花を置き、私はその子の名前を呼ぶ
ロル。彼女が最後に残した言葉は、やはり愛しき弟の名前だった
眼を必死に開けながら、何度も口をパクパクとさせたその名前。
最後まで弟の事だけを考え、名前を呼んだ彼女は自分の身よりも
彼のこれからを案じていたんだろう。
彼は、ロルはいそいそと此方に歩いてくる
まだまだ若く、幼い体は花の前で固まってしまった。
掘り返された地面を見ても 眼を見開き 微動だしない
そして一言 私に言った
「ねぇ お姉ちゃんは・・?」
彼は 目の前で姉が死ぬのを見たはずだ 息を引き取る瞬間もすべて
理解したくないという拒否の反応だろうか?
その否定する心が そうさせているのだろうか?
私には・・理解できない考えだ。でも私はロルの両手をそっと握る
どんどんと、頭よりも状況が私を混乱させていく。
人に優しくした事が無い
仲間以外の他人の気持ちを考えたことが無い
家族もいない、兄弟もいない・・
人間は 嫌いだ 嫌いなんだ・・ なのに彼の手を優しく握った
理解できない考えだ。
理解できない彼の気持ちだ。
そして、私の中で斬られる痛さより強く心が痛んだ。
これは・・なんだろうか、彼を見ていると辛くなるんだ。
体に受ける傷より痛い。
じんと、眼の後ろが熱くなり 胸の奥が苦しくなる。
頭の中で遠く、ルニアが何時か彼の姉のように鮮血まじりで動かなくなる姿を
投影し、徐々に眼の奥の熱さが眼を通し、頬を伝う。
涙
「・・ロルのお姉さんは、用事で・・帰ってこれないんだ。」
口から出た真の嘘
ここに眠る真実を告げられなかった、弱さ。
これを優しさというだろうか?ただ私が弱かっただけだ。
眼の前の彼に、表情を変えない彼に
私は素直に真実を言えず、私が涙を流し彼を抱きしめていた。
自分に投影すればするほどに、心が苦しく切ない。
丘に吹く優しい風が 私の心には痛かった。
この小説には残酷な描写が多数描かれております。
そういった物が苦手な方は注意してください。
尚、この小説はアメーバブログにてキャラクター毎の文字色並びに
画像や、絵 3DCGを挿入したバージョンがあります。
そちらのほうも興味が湧きましたら、下記のアドレスからどうぞ。
http://ameblo.jp/elysium868/