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FIX - escape to elysium -  作者: Elysium
1話 心の無垢
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1節 廃墟を撫でる風

- 1話 心の無垢 -


人が溢れても、人が消えても 何処にいても空は常に美しく平等に笑顔で居る。

彼らは其々に立場も理解せず 唯自分の為だけに無邪気に生きている。


-アーケイン郊外 地下鉄跡-


 "…ゥォォォオオオオオッ!!!"


 仲間の一人が変貌した。

 捨てられた地下鉄のホーム…その暗がりの中で

 焚火を起こし、暖を取りながら缶詰に有りついているまさに今だ。


  あれは…何時だったんだろうか?

  何週にも季節を通り越したが、時間の感覚が消えてしまっては

  正確に何年前だという事も感じる事が出来ないが…

  そう、それは…休日、休日だ。

  いつもの昼下がりを満喫していた俺は、散歩に出ようと玄関を開けた。

  

  "…走れっ…走れっ!!"


  叫び声、それは日常に無い音。

  口を開け、道を眺めると…眼に飛び込む非日常。

  映画を見ている…そんな感想しか言えない…眼から入り込む異物。

  

  "…ッ!!!!"


  銃声と悲鳴が交互に襲いかかれば

  日常に居た人間は皆足を砕かれ、心は飛散する。

  俺もまた、その1人で見事に体の芯が抜かれ…地面を這った。

  銃声と悲鳴…走り去る人間を打ち抜く流れ弾が自分の心を蝕んでいく。

  味わう恐怖が自分を襲い、通り越して…体と心が分離した。

  

  足が回る。グルグル回る。勝手に回る。

  周りに回って防衛本能に身を任せ、何時の間にか燃え盛る街から逃げ出した。

  "何があった"かどうかは関係なく、自分の命を第一に逃げた。

  1人だけ、逃げ出した。


  そんな一般人の他人が偶々集ったんだ…確か、最初は6,7人の集団だった。

  仲間なんて呼べるもんじゃない、俺達は皆其々に狂気に陥っていた。

  今までの平穏を黒いペンキで塗り替えられ、破壊された。

  たった1日で生まれ変わった世界で俺たちは…決して仲間などと呼べる集団じゃない

  

  喉をゴクリと鳴らす事さえ恐怖で顔を歪ませるほど

  眼の前の草原を歩く…よく分からないヒトガタの怪物を遣り過ごし

  食料を求める為に体に冷や汗を流しながら街に戻る事もあった。


  常に体中に針が突きつけられていた。

  あの日から変わった日々は、夢じゃなく現実で

  この"事件"以降、流れるように黒い泥が心を食いつぶしていって…

  俺達集団も、決して例外ではなかった。

  だから"仕方なかったんだ。"そう、"仕方ない。"


  

  -悪夢だ。-



  何周もの昼夜を歩き続け、薄暗いトンネルを見つけた男女6,7人ほどの集団

  食料もほとんど無く、風呂にも入れず暗いトンネルで今日も暖をとっていた時だ。

  水道水が流れる場所で久しく体を洗えると意気揚揚順番に水浴びをする。

  

  俺は丁度その女の水浴びをしている時、"偶々"その現場を見た。

  薄汚れた下着を外し、振りほどかれた長い髪を濡らし解す…

  まだまだ若い女だった。肌も張りがあって瑞々しく乳房も垂れていない。

  まるで女神だった…、頭の血が湧き目の前のメス以外に視線が動かせない。

  途端にはじけそうになるあの時の俺の気持ちはどうしようもない獣で

  

  気づけば俺は彼女を他の男数人で取り囲んでいた。


  "…う、うそ……、やだ…っ"


  綺麗な肌がトンネルの中でひときわ異彩を放つ故

  それはとても美しく、そこから流れ落ちる水滴がより俺達をそそりたてた。

  生きた美しい肌の色。死んだ肌と毀れた肉を眼に焼きつけてきた故に

  心地よいほど夜の暗がりに生える水滴は、息を飲むほどにそそり立ち逝った。


  今も誰かが死んでも可笑しくない精神状態に追い詰められていたからなんだ。

  事件と同時に出てきた紫色の角の怪物達や、怪物になりそこなった

  人間の皮を被った獣達。そいつら化け物から必死に逃げ、飯を頬張り

  夢の冷めない悪夢が眼を覚ますたびに襲いかかる。

  だからお互い"良い思い"をして事を忘れようとしただけだったんだ…

  そう、俺達は提案しただけだっ

 


  -悪夢だろ…?-



  そして5人になる。

  5人は仲も良く、互いを励まし合いながら戦える仲間だと信じていた。

  全員男ならば、もう何も心配は要らない、余計な感情は消えていくはずだ。

  トンネルを抜け…死体の新しい道路を進んでいく5人。

  目指すは食料品売り場、即ち街だった場所…其々に軍人のおとした銃を持ち

  警戒を怠らず、店の中を物色して周る。

  

  その次の瞬間だ。悪い冗談は俺達を襲ったんだ。


  ゴッ!!


  鈍い音と同時に俺の眼の前で頭をザクロに変えた仲間が花を咲かせた。

  綺麗な、花だった。紅い色の内容物とまだ形を留めた下顎から下の部位

  いくら耐性が付いてもそう簡単に体が追いつく物じゃない。

  恐ろしい力で砕かれた仲間の頭の上の部分は木っ端みじんに飛び散り

  床から壁へベチャリとへばり付き、彼がどんな顔をしていたのか…

  想像出来ない状態になった。


  俺が2番手で、他の仲間が後ろで待機していたのだが…

  その全員が体を硬直させてしまう事態。

  俺達は今まで怪物に見つかった事なんてなかったが

  これは…怪物よりも性質が悪い冗談だったんだ。


  "荷物全部置いてけ…お前らの命に価値なんてねぇからな。"


  それは、花咲く瞬間と同時。俺の後ろで若い男の…囁く声が原因。

  後ろを振り向いてはいけない、常に周りを警戒し続けながら進んでいた俺達だ。

  それにも関わらず男の頭を恐ろしい力で粉砕し

  警戒を怠らなかった俺の背後で囁くように声をかけるのは…

  

  "なぁ?人間…"


  後ろの男は、ヒトガタの怪物でも…俺達人間でもない

  その中間にいる存在、人の形と人の頭脳を持ち驚異的な身体を保つ半人半怪

  また、這いずるように逃げ出した。

  俺達にほかの選択肢があっただろうか?


  力が総て。半人半怪が何ものかどうか?そんな平和な疑問を持つ事に意味はない。

  生きる為に必要なのは、力。大きな力の前で俺達は無力で…

  

  ドンッドンッ


  必死に走る俺達の後ろでまるで怯える事を楽しむように銃を撃ち遊ぶ

  一瞬だけ振り返ると彼の眼からは"紫色"の光が

  そして大きく口を開けて高笑いする鳴き声は荒れたビルとビルに反響して

  街を出ていくまで恐ろしく木霊していた。



  -悪夢なら早く…覚めてくれ-




 そして今…この4人になった。

 季節を廻りにめぐって、今日も怪物どもや半怪になった紫眼をした人間から

 隠れるように…食料を探し求め、生き永らえていた。

 怪物も、半怪にも出会わないで済む方法を探し続け、同じ境遇の人間が集まる

 街を訪れては逃げ、訪れては逃げ…生きるために歩いた。


 生きる為だけに生きた。

 可笑しい事だろうか…?今ではもう分からない。

 俺は仕事をして、娯楽を楽しんで…彼女が居て、いつか結婚して。

 楽しみがあるから明日もいい夢が見れた。


 今は何だろうか。今は、一体何を望みに生きればいい?

 願いは一つ、生きる為に生きているんだ。


「ぅ…うわぁっ!?」


 焚火を点す中、突然眼の前の仲間が悲鳴を上げる。

 俺の隣には最近サングラスをつけたまま、寝ようともしない仲間が居た。

 ファッションだの明るいのがダメになっただのと言って

 ついにはサングラスの話題をすると怒るようになった仲間の1人が

 頭を抱えながら…サングラスの隙間から"紫の目玉"を2つ地面に落とす

 その目玉は紫に光り輝き、俺達はその光を理解し確信する。


 変貌したんだ。と


 理解が体をすぐに動かさない

 動揺が理解という次の行動指示をせき止めている。

 その間にも彼のサングラスの隙間、その眼の下からイヤらしい音と共に角を生やし

 メキメキと体を肥大化させ、悲鳴を上げた眼の前の仲間の頭が鷲掴みになる。


グキッ ボキッ ゴリゴリ…

  

 俺は悪くないっ

 パタパタと降り注ぐ紅くて温かい雨が静止した俺達の前で花を咲かせるが

 残る2人はどちらも恐怖で痙攣するだけのオブジェクトと化して居る。

 シャワーと、肉と、切れ端。紅い眼薬の向こうに見える紫の巨人。


ダッ


 気づけば俺は出口に向かって走っていたんだ。

 勝手に体が足だけを回せ!回せと叫びだし、制動を失った俺の脚は

 地面をかきまわすように暴れるから、俺は何度も地面に転がりながら

 走った…走った。あざと血だらけで走った。


 俺は悪くない…

 もう一人の仲間が俺の名前を叫んでも

 いつの間にか仲間より俺は自分の保身に走っていたんだ。

 足が…止まらない、俺の足が、止まらなかった…


 あの時と同じだ。

 街を逃げ出した時も、俺は総てを置いて…自分の為だけに走った。

  

"ぁ…ぁ…っ…ギャァアアアァァアッ!?!!"


 俺は…悪くない…

 暗い星空の下に出た俺を追う獣の姿は無かった。

 安心と共にやってくるのに、なぜ嬉しくないんだろうか?


 

 そうして荒野でまた1人になってしまった俺の眼には涙があった。

 今まで涙もなかった俺に涙が生まれた。

 最後の一人になるくらいなら、一緒に死ねばよかったなどと考えるが

 そう思うだけで実際そんな勇気があるわけでもなく…

 俺は夜の荒野で膝だけを落とし、気力を失った時



 …彼らは俺の前に姿を現した。



-ルイス郊外-


  涼しい風だ。

 荒れ地だとしても、空気はより澄んでいる。

 とうの昔に感じたガスやホコリも今となってはどんな物だったのか…

 思い出せないほどに、風と共に塵は高く飛び去っていく。


 何日もかけて、私達は森を…草原を…荒地を歩き、やっと見えたこの場所は

 ルイスと呼ばれる、この元エルハイン共和国の主要都市の1つ。

 最初に見えるのは廃墟ばかりで人気も無く、散り飛ぶ紙屑が出迎えてくれたが

 その紙屑ももう何年も前の物ばかりではあるが

 人が住んで、循環すれば…"どんな見てくれであっても"それは街と呼べる。

 後ろを歩く相方も、やっと着いたかとため息を漏らしつつ

 ガラガラと背丈の二倍ほどある大きな荷車と共に足を止める。

  

 荒れ地に似合わない私達2人。

 膝上の丈しかないスカートと長い三つ編みを靡かせ私"ルニア"とその相方"ミア"は

 訳あって今日この町"ルイス"に引っ越してきた…流れ物なのだ。

  

 今ではどこからがルイスなのかはわからないが

 建造物が立っているか否かで判断するしかなく…

 後ろを見渡せば何かが建っていたと思われるそんな荒れ地が広がっていて

 実際、目の前に"ようこそルイスへ"という看板があるわけではない。



 そんな街並みを進み続けると、次第に見えてくる瓦礫ではない建物。

 私は優雅に、後ろの相方は退屈そうに…割れたアスファルトを進んでいく。

 すると突然頭上から一つ、男の声が聞こえるのだ。


「おいっ!!そこの2人!!」


 足を止め、見上げる一つ背丈の高いビルの屋上に腰かける青年。

 遠目では分からないが、肩に大きなライフル系の銃を担ぐ処から何かの

 見張りで居座っているように思えるが、声をかけられる事自体は極めて予定内だ。


「私達はギルドの人間よっ

 ちょっと色々あってここに引っ越すことになったのっ!!」


「そうかいっ!!だったら早めに長に話を通すことだなっ!!

 ヒトガタの化物が入ってくる前にさっさと中に入れ!!」


「ありがとーっ!!」


 とても大きなビルの屋上だ。

 かなりの距離を会話するためにお互い叫びあったが…稀にみるイイ人だ。

 問答無用で威嚇射撃を撃ち込んでこない分ね。

 だけど撃ってきたとしてもそれはそれで、問題はないのだけれど

 街として機能して、なお且つその一番外濠を警戒しているのなら

 彼の眼の色はたぶん紫色に光っているのだろう。


「ねぇ…ルニア、早く行こうよ。」


 振り返ると幼い体で巨大な荷車…いや、それは人が動かせる量を超え

 馬車に繋ぐ為に設計されたであろう大きさの量を軽く動かすその眼は紫

 汗をかかず、疲れも知らない体を持つ彼女を背に…


 私はある建物の前で立ち止まった。

 外見から判断するに、元々小さなバーだったのだろうか…?

 木造建築であり二階建て。決して良いともいえないが、個人的に気に入った。

 古臭い独特なセンスを感じるし、周りを見渡しても…これから住むであろう

 その人数と照らし合わせれば、妥協するには十分の場所であった。


 一歩一歩と歩みながら、視察する私は丁度その場所の前で立ち止まり

 店の外見を確認し、木の扉を押しあけ…中を確認した。

 蜘蛛の巣と雑草とが見事に部屋中を荒らし

 ホコリも雪の様に何cmも積もる様はまさに廃墟相応

 

「うん…ミア、ここがいいわ。

 食器やカウンターも綺麗になりそうだし…ここにしましょう!」


  私は外に出て相方を笑顔で呼ぶ。

 相方はというと、未だに大きな荷車の持手を抱えながら待機していた

 金髪のショートヘアとボーイッシュなホットパンツを着こなした

 "ミア"と呼ばれる少女は…彼女の発言に驚いてしまったのか?

 そんな人の丈以上の荷車その持手を手放し、大きな音を鳴らしながら眼を丸くしていた。


 荷車の持手だけ落とした…といっても、それでもかなり大きな荷車だ

 持手はミアと呼ばれた少女の太股ほどの太さで拵えた簡素な木の骨組

 地面に落とすだけで地面が揺れたと錯覚するような低い音が鳴り渡る。


「ぇ…ちょっとっルニア!?

 こんな所よりもっと町の中心にしようよ!そしたらもっといい家が…っ」


「だめよ、中心の方に行ったら"普通の人"が怖がっちゃうじゃない。

 安全にこの町で暮らさせてもらうには仕方ない事よ。わかってるでしょ?」

 

 普通の人…と言った。そう私は漏らす。

 ミアはその言葉を聞いても何も驚かず、口を拗ねらせてしぶしぶ荷を降ろし始める。

 手に持つのは、これまた巨大な容器。天然水が満タンに入った入れ物から弾薬、装備など

 少女が一人でもてそうにないソレをミアは汗一つかかず、軽々と持ち運び

 ルニアは目の前の異様に一切驚かず、当然のようにこなす違和感を見守る。


 それもそう、"普通の人"その枠に彼女らは入らないからだ。



   この荒れた世界の始まり…それはおおよそ10年ほど前の事

  最初の異常は、世界的陸上記録の大幅な更新だった。

  ある特定の選手が今までの記録とは桁違いの記録を打ち出しそれは世界中を盛り上げた。

  しかし素直に喜び合う人ばかりではない。一部の人間は確実に…彼を恐れた。

  "彼は人間じゃない…"と。それほどの驚異的な力故に民衆に恐怖を抱かせたのだ。 


  そしてその記録が始まりだったかのように あらゆる国を越え、あらゆる場面にて

  超人的な身体能力を持った人間が現れ始めたのもこの頃からだ。

  浮かれる人々、恐慌に陥る人々、人の内側から生まれる歓喜と不安

  あらゆる思想が交錯する中…事態という流れは世界を様々な方向へと加速させる


  時間だけが流れる中、ついに恐ろしい事件は起こってしまった。

  ある島国にて、世界記録保持者の一人が競技中に突然周りにいる人々に対し

  死傷にもなる暴行を始めたのだ。

  理由も無く、ただ眼に映る動くものを殴りつけ…止まらない。

  言葉も無く、その顔は鬼神の様に末恐ろしく…何人もの警備が組みかかっても意味も無し

  観客共々、辺りは騒然とし 誰もが口に手をあてがい見守る中

  警官がさらに動員され競技場でその選手はどんどんと囲まれていく

   

  きっとその場にいた誰もが青ざめ、我の眼を疑ったはずだ。

  CGではないか?と、やらせではないのか?と、口に手を当てて…視線を反らせない。

  "その選手は…もう人間と呼べる存在ではなかった"その事実に。



  エルハイン共和国。一国たる力の抵抗も虚しくその"異形"を止める事が出来ない

  人よりも素早く、人よりも力強く…予想外の事態に、火気なども持ち合わせず

  組み付いても組み付いても…ゴミのように投げ飛ばされてしまった。

 

  数人が肉塊にされる。その恐怖で震えあがってしまった警官など

  異形を止めるには不十分で、ソレはついに場外へ、街の人間を次々と殺戮していく

  人を壊し、時に何かの怒りをブツけるかのように町も壊し…  

  紫の皮膚をしたヒトガタの生き物は"破壊"という欲望だけで動いていた。


  やがてヒトガタは1つ2つ3つと、ゆっくりではあるが確実に増えて群れ

  やっと到着した特殊部隊が目にしたのは…きっと地獄絵図

  怒りに身を任せ放つ弾丸も、その規格外な生命体の前では弾も当てれず

  当たっても弾かれ、もし貫けてもすぐに再生してしまう。


  人間は駆逐されていく。競技場を越え、あらゆる都市にて

  人の存在は減り行き、ヒトガタの存在は増え行き

  …彼らはただ、人を、街を、破壊していくのだ。

   

   その中でも一番と酷い噂のある孤島の島国ナクラ

  その国の自衛能力では異形を止められなかった…故に国の長達は

  総ての人民を犠牲とし、大型船にて必要とされた頭脳だけを乗せて旅立ったという。

  後の事は知らないが、噂も10年物だ。

  色々と装飾されている…もしかすればナクラはまだ世界から隔離されていて

  そこだけは平和なのかもしれないが…

  同時に、そんな国があったのかどうかさえおぼろげになるのも

  10年という長い月日の成果だろう。

  

  要は"世界は衰退した"と言う事。

  その理由など分からなくとも、私達の住む世界は変わったという事実。

  ただそれだけの事を、悩んでも仕方がない。


   何故ナクラが消滅したのか、それは想像の中にしか無いけれど

  各諸外国は次々と敗退し、国家というものが根こそぎ消えていった。

  このエルハイン共和国もその一つ、決して例外ではなかった。

  法という定義が消えた今…生きていける力を持つ人間だけが

  勝ちだという世界が出来上がり、逃げまどう人々の中、治安も何もないこの世界で

  自警などしようとする天使のような存在などいるわけもなく

  人々は互いに自分自身の利益の為だけに欲望をあてがう

  男は力を武器に、女は誘惑を武器に生きる為に騙しあう日常。

 

  その中であの紫の怪物になる前の、超人的な力をもつ人々"異型の予備軍"

  不安定な存在の彼らがヒトガタになる発症の原因は今もまだ定かではなく

  人々は彼らを恐れ、ヒトガタの予備軍として数少ない世間から差別され、隔離される。


  ヒトガタが今なお世界各地で殺戮を行う中

  唯一まだ組織団体として動けていたこの地域の最後の抵抗勢力があった。

  生き残りの中で呼ばれたのは"最後の組織"という名

  正式名称に意味はない。エルハインという国の中で最後まで残った組織相応であり

  誰もが知らないと口をそろえた大きな白い巨塔の中で一つの決定が実行された。


  "あの異型の予備軍を使え"


  私もその場にいた。

  立場の位が高い数百人だけが避難できたその組織の中枢

  塔の上階の窓から眺めた光景は、白い巨塔に群がるヒトガタの怪物達。

  そしてそこに放たれる無防備なヒトガタの予備軍があった。


  何時の間にか彼らによって捕獲、管理されていた予備軍は

  脳内に爆弾を植え付けたと言い聞かせられ、捨てられた。


  "手段は問わない。食料と地位がほしくば目の前の敵を殺せ"


  そんな音が1つ、響き渡った。

  1人、そんな馬鹿げた事をするよりも、ここから逃げる事を選んだ。

  1人、そんな馬鹿げた行いをするよりも、こんな非道を行う者達を殺そうと塔を昇る。


  幼いながらに無残な彼らを目に焼き付けたが

  外に出て、生き残った数人の約束はしっかりと守られていたのは覚えている。

  食料と地位。確かに生き残った彼らは手にしたんだ。


  逆に、生き残れなかった彼らもまた、必死にもがいた。

  生きる為に生きた。明日を生き残る為に戦ったんだ。

  武器など無く、老若男女問わず…

  怯え 殴り 蹴り 刺され 食われ 潰して 砕いて


  だけど建物の中で見物する人々は皆、誰もが可愛そうだとか悲しいだとか

  そういう感情を持ち合わせず…それどころか平然と笑っていた。

  自分達は安全で死ぬことはない。それに対して喜びを感じる彼らの中で 

  私はきっと、息苦しくとも…ヴェイグ達の生を願っていたに"違いない"


  この結果勝ち残った彼らこそ名誉と食料を約束された集団。

  組織の通称で"Vagueヴェイグ"という存在だった。

  "最後の組織"が命名した名前を受け、彼らは旧エルハイン共和国を中心に

  食料と地位を獲得する為に選ばれた弱き人間の下、仕事をこなす。

  小さな子供も、老人も、か弱き女も。

  ヴェイグと呼ばれる紫眼の住人は皆必死にしがみついた。


  戦えないヴェイグは食料を獲れず、歯向かう者は死

  この組織に捕まった以上、逃げる事は許されなかったのだろう。

  その点では組織に利用されない生き方を勝ち取った野良のヴェイグ達は

  幸せだったのかもしれない。


  その組織により、同時にヒトガタにも"Fixフィックス"という名が与えられ

  組織の犬たる優秀なヴェイグ達にはフィックスを殲滅する為の訓練も開始された。

  "最後の組織"は数多いヴェイグを管理し、旧エルハイン各地に派遣する為

  "ギルド"という管理方法で、管理を任せる選ばれた弱者人間の代表として私は選ばれた。


  第72ヴェイグハンターギルド…私は叔父様の言葉を名に、パラベラムと表した。

  か弱い私が選ばれた…それは血筋の成り行きだったかもしれない。

  だけど私は今は何も後悔していない。この選定は幸福だったと信じている。

  こんな世界であっても、大切な仲間と出会えたんだから…。



 考え事をしながら拭き掃除をしていると

 もう一階部分はほとんどきれいに磨きあがっていた。

 私達の住む家、私達の家族はここで新しい一歩を刻むだろう。


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