Episode02 騎士隊長とジェラート
ヒューズ×レナス編
【隊長達の受難編後】のイメージです
ジェラートを食べる若い男が、レナスは好きだった。
というか、甘い物を好む男性が彼女は好きだ。
男らしさの中にある子どもっぽい部分に、正直レナスは弱い。
だが、男は男でもこの男だけは別である。
「決められねぇ」
と馴染みのジェラテリーアのガラスケースに張り付いているヒューズに、レナスはウンザリした顔を向ける。
「いい年の男がジェラートって……」
「いいじゃねぇか、ヒューズのお陰でうちの店が持ってるようなもんだ」
調子の良い店の主ジュリオの言葉に、レナスは更に顔をしかめた。
「イチゴとチョコと、キャラメルで」
ヒューズがようやく決めたオーダーは、甘い物好きのレナスでも組み合わせない激甘の3種。それもカップではなくコーンで。
「太るわよ」
「腹筋のかたさならお前にも負けん」
「負けたら問題よ」
ジェラートを手に振り返る男に軽く蹴りを入れ、レナスは行くわよと声をかける。
「お前は?」
「太るもん」
正直ヒューズには負けるがレナスも甘い物には目がない。
けれど今は駄目だ。
「来週は合コンあるし」
「先週男に振られた女の台詞とは思えないな」
「五月蠅いわねぇ。そろそろやばいのよ」
歳が、とは口が裂けても言えない。
「今度こそ、今度こそ決めないと」
「焦って変なのに手を出すなよ」
「出さないわよ! 絶対、今度こそ旦那を捕まえるんだから」
それにおちおちしていたら、こっちの男の方が結婚してしまいそうだとレナスは密かに思っている。
さっきだって、店にいた若い娘達が彼を見ていたのをレナスは知っている。
レナスはこれっぽっちも興味はない。がしかし、ヒューズがジェラート好きであることを知った娘達が、こっそりジュリオのジェラテリーアに通い詰めているという話を、同期の友人から聞いたことがある。
だが当の本人は全く気付いていない。周りの甘いため息にも視線にも。
「今度からは、食べるジェラート決めてから買いに行きなさい」
「あそこで決めるのが良いんだよ」
店の充満するあの甘い香りがたまらないと言いながら、ヒューズはジェラートを嘗めている。
本当にいい年をして、と思うがそう言えば昔からこの男は甘いものばかりを食べていた気がする。
というか、そのきっかけを作ったのは自分だった気もする。
街中を連れ回し、ジェラテリーアを梯子するのに無理矢理付き合わせたことが一体何回あったか。
「ああ言うことは、恋人としてみたかったのに」
いつの間にか自分よりもジェラート好きになってしまった男に苛立ちを感じながら、レナスは思わずつぶやく。
騎士団に入る前はいつもこの男とばかりいた。
騎士団に入ってからはこの腹筋の所為で彼氏が出来ず、やっぱりこの男とばかりいた。
映画で見るようなジェラートを片手に恋人とデートというシチュエーションを切望しているのに、結局付き合ってくれるのはジェラート好きのこのおっさんだけである。
「もうやだ。若くてピチピチしてステイツの映画スターみたいな人とジェラート食べたい」
「ん?喰うか?」
「前半聞いてなかったでしょう! あんたじゃなくて、他の男が良いって言ったの!」
といいつつ、目の前に差し出された甘い香りにレナスの胃が空腹を訴える。
合コンまでに痩せようと、最近では1日1食しか食べていない。それもサラダばかりだ。
「ここで負ける訳には…」
「なら俺が食う」
と遠ざかるジェラートに、思わず手が出かけた。
中途半端に手を伸ばした状態で動きを止めるレナスに、ヒューズがふっと笑う。
「ほれ、好きなの食え」
「全部好きだから決められない」
甘すぎる3つのジェラート。でもそれは、全てレナスが好きな味だった。
「そう言えばあんた、ソルベの方が好きじゃなかった?」
「たまには良いだろう」
手渡されたジェラートを受け取って、レナスはそれにかぶりつく。
甘い。でも、しつこいくらいが本当は好きだ。
「全部食うなよ」
「けど、お腹空いた…」
思わす零れた本音に、ヒューズが苦笑する。
「お前午後から休みだろう、たまにはうちで食うか?」
料理付きのこの男がつくるパスタは絶品で、それはレナスの好物でもある。
「ピッツァも焼いてくれるなら、行ってもいい」
「太るんじゃないのか?」
「よくよく考えたら、痩せたら胸も小さくなるなって」
「安心しろ。若干たくましいが、お前の胸は十分立派だ」
と言えば、レナスの右フックがヒューズをぶっ飛ばす。
「このジェラート、没収」
「俺の金で買ったんだぞ」
「私が完食するのを隣で指をくわえてみていろ」
レナスが高笑いを返せば、ヒューズは本気で凹んだ顔をする。
まあ、最後の一口くらいは残しておいてやろう。
意地悪く笑いながら、レナスはジェラートにかぶりついた。
ヒューズ×レナス編 [END]