Episode01 恋人はジェラートがお好き
ヴィンセント×キアラ編
【騎士の初恋編】後のイメージです
今声をかけたら確実に殺される。
そうわかっていながらも目が離せないところ、自分は本当に目の前の少女が好きなのだろう。
そう冷静に分析したのは、色とりどりのジェラートが並ぶジェラテリーアには似つかわしくない、この国の王子であり騎士でもあるヴィンセント=アルジェント29歳独身である。
ジェラテリーア・ディ・ジュリオと呼ばれるそのジェラテリーアが、ガリレオの騎士達行きつけの店であることを知ったのはつい先日のこと。
そのジェラテリーアは、街の中央に立つ宮殿(国王が執務を行う場所)の前に広がるシニョリーア広場の脇道にある。
観光客で賑わう広場の喧噪から一歩離れたその店にいけば、自分の前になかなか現れてくれない思い人に会えるかもしれない。
半ば冗談のつもりでそこに赴けば、運が良いのか悪いのか思い人のキアラ=サヴィーナはそこにいた。
「で、どうするんだい?」
店の主である初老の男、ジュリオの言葉にジェラートが並ぶガラスケースに張り付いたキアラはうなるような声をあげる。
「いちご…、でもチョコも捨てがたいし、久しぶりにバニラも食べたいし」
「キアラちゃんはホント、ジェラートが好きだね」
「仕事を効率的に行うには、糖分の補給が必要なんです」
「別に隠さなくて良いじゃねぇか」
素直になれと笑われ、キアラは不満そうな顔でガラスに鼻を押しつける。
「まあ、嫌いじゃないですけども」
「よし、素直でかわいい女の子にはサービスしちゃおう!」
とたんに、キアラの顔に花が咲くような笑顔が浮かぶ。
「じゃあ、いちごとチョコ!」
「あれ、いつもはもう一種類いくのにどした?」
「給料日前でお金が…」
でもやっぱり…といいながら、再びガラスケースにキアラは顔をくっつける。
そんなやりとりを扉の影からこっそりのぞいていたヴィンセントは、さてどうした物かと腕を組む。
ここで入っていき、おごってやりたいというのが男心だ。
だが、なにせ相手はあのキアラである。
ジェラート屋で子供のようにガラスケースに張り付いている様子を見られていたと知れば、烈火の如く怒り出すだろう。
「あー、きめられない!」
しかし店の中で、頭を抱えたキアラにヴィンセントは思わず一歩を踏み出していた。
怒られたとしても、さけられたとしても、目の前の少女にジェラートをおごってやりたい衝動が勝ったのだ。
「おじさん、バニラ追加で」
ヴィンセントの言葉に、ぎょっとしたのはキアラ。ぎょっとしたついでに腰の剣まで抜いている。
「なんでここに!」
予想通り、キアラはヴィンセントを激しくにらむ。まるで、威嚇するネコである。
「たまたま通ったら、君が悩んでいるのが見えて」
「い、いつから・・・」
「始めからだよな」
ヴィンセントに変わって答えたのジュリオ。
「で、お前さんも食ってくかい?」
「じゃあピスタチオと、おすすめのフレーバーを」
「新作があるんだ、なんなら味見してくれよ」
「じゃあそれを、カップで」
「ってちょっと待て!!」
はじめて会うというのにカウンター越しににこやかなトークを展開しているふたりに、待ったをかけたのはキアラ。だがそれ以上、彼女は言葉を続けられなかった。
「忘れてた、ほらこれ、キアラちゃんの」
ジュリオにジェラートを差し出され、キアラはうめきながらそれを差し出す。
その隙に、ヴィンセントは二人分の代金を払う。
「まいどあり」
ヴィンセントにジェラートを渡し、ジュリオは笑う。
「お金払いますから!」
「こういうときは男性が払う物だろ」
「こういうときって、あなたが勝手にきただけでしょう!」
「そう怒るなよ、溶けるぞ」
ヴィンセントの言葉に反論できぬまま、キアラは彼とともに店から出る。
「で、君はいま休み時間か?」
「そうです! でもすぐに帰りますから、今すぐに!」
「じゃあ送るよ」
「あなたも帰れって言う意味です!」
つれないなと思いつつ、ヴィンセントはジェラートを口に入れる。
「あ、この新作美味いな」
思わずつぶやいた瞬間、キアラの視線がジェラートに注がれた。
自分に向けられるよりも熱い視線に、ヴィンセントはほんの少しだけジェラートに嫉妬する。だが、そこで終わる彼ではない。
「送っても良いなら、半分あげてもいい」
「ひ、卑怯です!」
これを卑怯と取るくらいだから、キアラのジェラート好きは筋金入りのようだ。
「で、どうする?早くしないと全部食べるぞ」
ヴィンセントの言葉にきっかり10秒悩んだあと、キアラは上目遣いに彼をにらんだ。
「ピスタチオの方も、少しくれるなら送られます」
あまりに可愛らしい妥協案に微笑みながら、ヴィンセントは彼女のジェラートの上にピスタチオと新作フレーバーをのせてやった。
ヴィンセント×キアラ編 [END]