女騎士シーシアの婚約者は犬
「お姉様ごめんなさい!
カイラスはルチアを愛してしまったの!だからルチアはカイラスと結婚して2人でこの家を継ぎますね!」
城での鍛練の最中に
家から緊急事態と使いが来たと思えばこれだ。
騎士服から着替えも出来なかったシーシアは
ため息をつきながら
ポニーテールにまとめた美しい金髪の頭を軽く振った。
ホルド伯爵家長女
シーシアは身長が175cmある。
長身の人が多いこの国では女性平均よりやや上くらいだ。
妹ルチアは人が多い場所に姉妹で行く機会があると
「お姉様は175cmで私は157cmしかないの。丁度反対なんです。ルチアは小さくて恥ずかしいです。」
と事あるごとに自身の低身長をアピールして
カールした金髪を揺らし大きな瞳を瞬き庇護欲を誘おうとする。
一部の男性からは受けが良かった。
一転、美しいが男性に対して隙のない態度のシーシアは冷たい印象を持たれることが多い
伯爵家の跡目については
一応長子優先ではあるが向き不向きもある。
2人姉妹平等に教育を施した結果
長女シーシアの堅実な性格
武術に優れ、王城の騎士として採用されたこと
勉学に前向きでは無い妹ルチアの他力本願な性質などから
シーシアに素質有りとの判断になった。
今、応接室には両親がソファに座っている。
チラリと父母の顔を伺うと
苦々しい表情の父
無表情の母
寝耳に水だったようね
空いていた2人の間に腰を下ろした。
前を見ると対のソファには
焦燥の顔のカイラスの父
薄ら笑いのカイラスの母
間には勝誇ったルチアに
シーシアを見てニヤニヤと笑う3ヶ月後に結婚を控えていた婚約者のカイラス
シーシアの母がまず口を開く
「そもそもシーシアとの縁談を強く望んだのはそちら。
伯爵家当主になるシーシアには幾らでも良縁がありました。
私達はカイラスの熱意に胸打たれ婚約を許したのです。
この様な礼にかける行動を起こされるようなら、シーシアは勿論
ルチアとの縁談もお断りです。ローレン家の皆様は即刻お帰り下さい。」
「お母様ルチアはっ?」
「部屋で謹慎しなさい」
「嫌よっ!」
「私はカイラスの話が聞きたいな」
真正面から男伊達らに美しい銀髪をふわりと纏わせた婚約者の顔を見詰める
「シーシアはっ!仕事ばかりで僕を全然構ってくれないっ!!」
「だからルチアと浮気を?」
「浮気ではない!!」
「カイラスは絵を描きますでしょう?芸術に造詣が深いこの子はきっとホルド家の役にたちますわ!それに元々シーシア様と結婚して
ホルド家を継ぐ予定だったのですから
相手がルチア様に代わっても大きな問題はありませんわ!」
カイラスの母はさも名案のように話を遮る
ホルド家は領地で紡績事業を営んでおり
ローレン家は分家筋の子爵家だ。家格では大分落ちる。
カイラスは家を継げなかった三男。
伯爵家に婿入りすれば大出世だ。
カイラスの兄達やルチア達も幼い頃からの付き合いはあるが
ホルド家にとってはとくに旨味のない婚姻だった。
「お断りですと言いました。風景も描けない。
依頼された人物画も興味がないから描けないと言い
絵描き崩れと言われる男が何の役に立ちますか?
貴女は家の領民を路頭に迷わせる気かしら?」
獣の唸声のような母の声にシーシアは安心した。
ルチアの事もシーシアの事も可愛がってくれている母が自分の味方をしてくれている。それだけで心強い
「ルチアのお腹に愛の証拠が居るわ!!」
ルチアの発言に応接室の室温が霊廟のように下る
シーシアとカイラスはは21歳
ルチアは17歳で
成人で結婚出来るようになる18歳には達していない
貴族の娘が婚姻前の妊娠となれば大醜聞になる。
シーシアの父は憤怒の表情で拳を握り
「カイラス貴様ぁっ!」
前に出ようとするのを制し
「私は良いですよ。騎士として己で身を立てれますし。伯爵家もカイラスも譲ります。
領地に関しては
お父様、お母様もまだ若いのですから
あと30年くらいはルチアの面倒を見てあげたら良いのでは?その後は…まぁ優秀な子が出来たら良いですね?」
シーシアの提案に皆が固まる。
「良案ですわっ!」
カイラスの母は顔を輝かしルチアは
「ありがとうお姉様!」
と喜ぶ
「嫌だ!!!」
カイラスが叫んだ。
「嫌だ嫌だ嫌だ!ルチアと結婚なんて嫌だ!こんな頭の悪いチンチクリン!」
「チンチクリン??可愛らしいって言ったじゃない!」
「犬や猫を可愛いって言うのと同じだ!何が愛の証拠だ!君には指すら触れていないぞ!!」
「それはっ!カイラスのお母様が話し合いでいい負けそうになったらそう言えって!
そしたら伯爵家はルチアの物だって!!」
一斉に視線が集まったカイラスの母は
真っ白な顔になっている。
「大体僕は最近シーシアに会えなくて淋しいってこぼしただけなのに何でルチアと結婚なんて話になるんだ」
「カイラスはこの騒ぎについて何も知らなかったって事?」
「そうだ!僕が未来永劫愛するのは君だけだシーシア」
「責任ってものがあるのよ。
こんな騒ぎになったのは誰のせい?お前がぼーっと生きているからつけ入れられたのでしょう?」
シーシアは皆が見守る中
少し砂埃の付いた手袋をゆっくりと外し
ミルクのような白い手を取り出すと
そのまま婚約者カイラスの右頬を殴りつけた。
「ばっ!」
左に飛ぶカイラスのシャツの首を掴み
裏拳で左の頬も打つ
プラチナの糸のような髪が空を舞う
平手も交えて打つ打つ打つ。連打だ。
「もうやめてええ!!」
カイラスの母がシーシアの振りかぶる腕を掴み引き離そうとする
シーシアは勢いつけた肘を鼻にめり込ませた。
「パキリ」
カイラスの母は鼻を押さえて倒れた。
「シーシア!もうその辺で」
カイラスの父とシーシアの父も立ち上がり
および腰で向かってくる
「そうですね。」
口から鼻から血を流し半場意識を失ったカイラスから手を離し
ルチアに照準を定める
「ルチア。
言いくるめられたのかもしれないけれど
馬鹿な事をした責任は取らなくてはいけないわ。
とりあえず私は一発で許してあげる」
「ぴきぃ!!」
小動物めいた動きで怯える妹に一歩近付き腕を振り上げる
「待てっ!」
ふらついたカイラスが間に立った
「カイラスさまぁっ!」
ルチアはと目を潤ませてカイラスを仰いだ
「シーシアの拳は僕の為だけにあるんだぁ!
退けっ!小童!邪魔するな!!さあ!シーシア!
僕の顔に下さい!!!」
「なんでお前が決めるのよ?お断りよ」
シーシアは婚約者の腹を長い足で蹴り上げた。
「がっふっ」
「もう…駄犬なんだから…」
崩れ落ちるカイラスに血の付いた手を差し伸べる
聖母のような笑みのシーシア
応接室の居た堪れない雰囲気に空気は淀んでいった。
花嫁と母はドレッサーの前で化粧の仕上げをしている
「まぁ結婚前に膿を出せて良かったわ。あちらのお母様は自宅から出れないほどの体調不良ですって」
「折れた鼻がうまくひっつかなかったのかしら?」
「かもしれないわね。このまま一切家には関わらせないわ」
「お姉様!あのっ!お姉様のお部屋が怖いんですけど…」
「ルチア?貴女夫婦の寝室を覗いたの?品がないわよ」
「ごめんなさい。でもっ!お姉様の絵が部屋中にいっぱいにあって怖かったです…」
「カイラスが描いちゃうのよね。昔から私の絵しか描けないのよ。たぶんサービスのつもりで寝室に飾ったのね。外させるわ。」
「お姉様恐く無いのですか?」
「何が?」
「カイラス様です。絵が上手すぎます。
あの絵お姉様が生きているみたいです。それにお姉様が小さい頃からの絵もあって…あんな頃からずっと?」
「そうよ。可愛いでしょう?私の専属の絵師よ」
「ルチアは普通の人と結婚します。」
「それが良いわ。もし今度カイラスに手を出したら…私何をするかわからないから」
白いドレスでふふと笑う姉に
なるべく速く結婚して家から離れよう。
ルチアは決心した。




