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第十六話 劇場パニック

 ノクトが史上最悪の迷惑コンビの結成を予感してから、数日が経過した。

 王都の空には、レイラの冷たい青白い魔力と、ミストの熱を帯びた虹色の魔力が不気味に結合したオーロラが、断続的に現れていた。

 この現象は、マナ通信網の不安定さを継続させており、王都の混乱は収まる気配がなかった。


 アイリスは、ノクト()の指示に従い、ミストの幻術魔法に関する文献を王立図書館から取り寄せ、来るべき次のゲームに備えていた。

 彼女の心には、王国の危機と、ノクト()の安寧という、二つの重すぎる使命がのしかかっていた。


 そんな中、次の騒動の舞台は、王立魔術学院から程近い、王立大劇場へと移った。

 その日の夜、王立大劇場では、最新のファンタジーオペラ『星の乙女』の上演が予定されており、多くの貴族や文化人が集まっていた。

 しかし、劇場内の雰囲気は、通常の華やかさとは異なり、どこか張り詰めていた。

 それは、劇場が、二人の魔族の「芸術的野心」の衝突地点と化していたからだ。


 劇場が騒然とする直前。

 幻惑のゲームマスター・ミストは、劇場の地下深くに潜んでいた。

 彼が次に仕掛けるゲームのコンセプトは、「不合理な美の劇場」。

 アイリス(ノクト())のロジックが通用しないよう、自身の幻術にレイラの「狂気の愛」という非合理な要素を取り込むことを決意していた。

 彼は、劇場の広大な舞台を幻術で覆い尽くし、オペラの最中に観客全員を巻き込む「サプライズ演劇」の準備をしていた。

 彼の計画では、幻影の騎士が観客を巻き込み、舞台上で即興の謎解き劇を繰り広げ、アイリスを最高の主役として迎え入れるはずだった。

 「フフフ……。私の完璧なロジックに、レイラの『愛の狂気』というスパイスを加えれば、貴女も、もう攻略できまい。これは、知性と非合理性が織りなす、究極のアンサンブルだ!」

 ミストは、優雅な笑みを浮かべながら、劇場の照明制御マナ端末ノードに自身の幻術を接続した。

 彼の魔法により、舞台を照らす光は、彼の気分に合わせて虹色に揺らめき始めていた。

 一方、氷のストーカー・レイラは、ミストとは全く別の目的で劇場に侵入していた。

 彼女は、ノクト()からの「事務的な警告文」を「愛のメッセージ」だと誤解した挙句、ミストの幻術が王都の空を彩り始めたことで、自身の行動をさらにエスカレートさせていた。

 彼女にとって、あの虹色の光は、アイリスへの愛を試す、新たな試練に他ならなかった。

「私の愛は、あのロジック狂の幻術などには負けないわ! アイリス様への私の神聖な献身を示す必要がある!」

 レイラは、劇場の上層階、天井裏に潜んでいた。

 彼女の計画は、舞台上で繰り広げられるオペラのクライマックスに合わせて、天井から舞台全体を覆い尽くす「アイリスに捧げる氷上のバレエ」を披露することだった。

 それは、彼女が「永遠に凍結させてコレクションに加えたい」と願うアイリスへの、究極の愛の贈り物だった。

 彼女の強大な氷魔法が、劇場の冷房マナ端末ノードと、舞台の床下にある給水マナ端末ノードに接続される。

 舞台の床は瞬く間に凍結し、天井からは無数の氷の結晶が降り注ぎ始めた。


 二人の魔族の、あまりにも個人的で独善的な「芸術」が、一つの劇場で、異なるマナ端末ノードを通じて、同時に展開され始めた。

 ミストの幻術が、舞台全体を優雅な古代遺跡の幻影で覆い尽くした、その瞬間だった。 レイラの強大な凍結魔法が、舞台の床下から一気に噴出し、ミストが作り上げた幻影の古代遺跡を、物理的な氷の塊へと変貌させた!

「何っ!?」

 ミストが驚愕の声を上げた。

 彼の幻術は、あくまで「情報」だったはずだ。

 それが、レイラの異常なまでの魔力によって、現実の「物質」として固定されてしまったのだ。

 舞台上は、瞬く間に、半分が精巧な氷の城、半分が虹色に揺らめく幻影の湖という、不協和音の空間へと変貌した。


 そして、魔法の干渉は、劇場全体に波及した。


 観客席にいた貴族たちは、ミストの幻術によって、座席が突如幻影の魔物(モンスター)へと姿を変えるのを目撃した。

 彼らが悲鳴を上げて逃げようとしたその時、レイラの氷魔法が、出口付近の空間を一気に凍結させた!

 観客たちは、出口で凍りつくことは免れたものの、劇場全体が氷と幻影のワルツに包まれたことで、大パニックに陥った。

 オペラの歌姫が歌う「愛の歌」は、レイラの凍結魔法によって不気味に反響し、ミストの幻術が作り出す陽気なピエロの幻影が、その歌に合わせて不気味なダンスを始めた。


 この異常事態は、当然、ノクト()にも即座に伝わった。

 彼の塔の魔力モニターは、劇場からの異常な魔力フィードバックを示し、結節点ノード全体が前回以上の激しい点滅を始めていた。

 彼の通信環境は、致命的なエラーに瀕していた。

『新人! 報告しろ! 今、王立大劇場で何が起きている!? マナ通信網が、再び臨界点を超えようとしているぞ!』

 ノクト()の怒りと危機感が混ざった声が、アイリスの脳内に響く。

 アイリスは、王城から劇場へと急いでいた。

 彼女の脳内に響く劇場からの魔力残滓の解析から、事態の異常さを即座に理解した。

(神様! 劇場で、レイラとミストの魔法が衝突しています! ミストが舞台を仕掛けようとしたところに、レイラが乱入したようです!)

『レイラとミストが……鉢合わせだと!?』

 ノクト()の思考が、一瞬停止した。

 二人の魔族が、無秩序な形で結合する、最悪のシナリオ。

 彼の脳裏に浮かんだのは、レイラの狂気の愛と、ミストの歪んだプライドが、互いの魔法を増幅させ、王都全体のマナ通信網を永久的に破壊するという、恐ろしい未来だった。

「あの二人、本当にやりやがったな……!」

 ノクトは、コントローラーを床に叩きつけるように置いた。


 アイリスが王立大劇場に到着した時、劇場はまさに混沌の極みだった。

 舞台の中央では、ミストが自らの幻術を氷の城にされたことに激昂し、レイラが自分の「バレエ舞台」をロジック狂に邪魔されたことに憤慨し、お互いを罵り合っている姿があった。

「この不合理なストーカー女! なぜ私の完璧なロジックを、貴様の醜悪な氷で汚す!」

「このロジック狂! アイリス様への私の神聖な献身を、貴様の悪趣味な幻影で邪魔するな!」

 史上最悪の迷惑コンビは、ここに最悪の形で出会い、そして衝突したのだった。

 この衝突こそが、ノクト()の安寧を完全に破壊する、新たな共闘の始まりとなるのを、アイリスはまだ知らなかった。

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