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第十一話 謎の挑戦状

 レイラの狂気に満ちた「愛のセレナーデ」は、一夜にして王都の日常を破壊し尽くした 。

 ノクトの警告を「好意的な返事」と誤解した彼女は、空中に巨大な氷の舞踏会を出現させ、その強大な魔力でマナ通信網を完全に麻痺させたのだ 。

 この異常事態に対し、国王レジスはアイリスの進言を黙認し、ノクト()の「社会的に抹殺する」という過激な計画の実行が、静かに決定された 。


 しかし、史上最悪のストーカーの排除が決定された、その翌朝。

 王都ソラリアは、一夜にして、まるで巨大なボードゲームの盤へと変貌していた。

 レイラの氷魔法による冷たい魔力のノイズが、依然として空を覆い尽くす中、王都の至る所に、異質な光を放つ物体が出現した。

 城門の巨大な石造りの横、噴水の凍結されたアイリス像の台座、そして、賑わう大通りの中央広場、などなど。

 それらの場所には、黒曜石で作られたかのような、威圧的な謎の立て札が突き立てられていた。

 立て札は、一般的な告知板の形式とは全く異なっていた。

 上部には、まるでゲームのタイトル画面のように、複雑な幾何学模様と、禍々しい幻術の残滓が揺らめいている。

 そして、その中央には、一際大きく、挑発的な文字が刻まれていた。

 『緊急クエスト:【幻惑のゲームマスター・Mからの挑戦状】』

 その文言は、王都をさらに大きな混乱の渦へと叩き込んだ。

「聖女様のストーカーに続き、今度は何だ!」

「Mとは、一体誰だ!」

「また魔族の仕業か!」

 人々の動揺は一気に広がり、王都の警備に当たっていた騎士団は、立て札の撤去と人々の鎮静化に追われた。

 だが、騎士たちが立て札に触れた途端、立て札は微かな光を放ち、彼らの脳内に直接、幻術による強烈な警告音を響かせた。

 『警告:この盤面は、参加者(プレイヤー)以外の干渉を許さない。違反した場合、即死させる(ゲームオーバー)

 騎士たちは、思わず飛びのいた。

 立て札は、もはや単なる石版ではなく、高度な魔術的な防護が施された、ゲームのルールそのものを具現化していた。


 知らせを受けたアイリスは、すぐに立て札の一つがある大通りへと向かった。

 彼女の隣には、騎士団長アルトリウスと、顔色の悪い財務大臣ボードワン卿が付き添っている。

「アイリス様、これは一体…」

 アルトリウスは胃を抑えながら、立て札を睨みつけた。

「レイラの騒動だけでも十分なのに、今度は一体、何者が…」

 その時、アイリスの脳内に、立て札のメッセージとは異なる、新たな通信が響いた。

 それは、いつものノクト()からの、メッセージだった。

 『新人。このマナの残滓……間違いない。レイラの魔力とは質が異なる。これは、幻惑のゲームマスター、ミストの魔力だ』

 ノクトの声は、前夜の激怒とは一転して、どこか楽しげな、興奮を帯びたトーンに変わっていた。

 ミスト。

 魔王軍四天王の一人。

 前回の戦いで、ノクト()のゲーマーとしてのプライドを刺激した、「幻術」の使い手 。

 アイリスは、その名前を聞いて、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(ミスト……! なぜ今、彼が……!)

『奴は、単なるストーカーじゃない。自らをゲームマスターと称し、世界を巨大なゲーム盤に見立てて、人々を駒として操ることを趣味とする、面倒くさいロジック狂だ。俺の推理が正しければ、奴はお前の存在を知覚し、お前を最高のプレイヤーとしてこのゲーム盤に引きずり込んだ』

 ノクトの解説は、まるでゲームの攻略情報のように、冷徹かつ詳細だった。

 そして、アイリスの脳内に、立て札に刻まれたのと同じ文字が、より詳細なルールと共に映し出された。

 立て札に近づき、視線を集中させたアイリスの前に、幻術によって、一人の優雅な青年騎士の姿が浮かび上がった。

 それが、幻惑のゲームマスター・ミストの姿だった。

 彼は、優雅に一礼すると、アイリスに直接語りかけてくる。

 もちろん、周囲の人間には、その幻影も声も、一切感知できない。

「拝啓、救国の聖女アイリス様。貴女の驚異的な「攻略速度」に、私のプライドは深く傷つけられました。まさか、私が用意した完璧な謎を、一瞬で解き明かす者がいるとは。……いいでしょう。今回は、私の全知全能を懸けた、より大規模な、そしてより洗練された『真実のゲーム』にご招待いたします」

 「謎を解き明かす者がいるとは」という言葉に、アイリスは心臓が凍り付くのを感じた。

 前回のミストの挑戦状をクリアしたのは、アイリスではなく、彼女の背後にいるノクト()だったからだ 。

 ミストは、アイリスの姿を借りたノクト()の圧倒的な知性を、自分にとっての究極のライバルと認識したのだ 。

 その時、アイリスの脳内に、ノクト()の、興奮と闘志に満ちた声が響いた。

『フン。やはり、俺に喧嘩を売ってきやがったか。あの時の敗北が、奴のプライドに火をつけたらしい。…いいぞ。こういう古典的な謎解きゲームは、俺の得意分野だ。俺を、駒として使え。俺の攻略法に従えば、奴のゲームは、開始五分で終了する』

 立て札の前にいるアイリスの足元には、幻術によって、王都全体を模した巨大な立体地図が浮かび上がった。

 そして、マップの至る所に、ミストが仕掛けたと思しき、パズルのピースや暗号が、キラキラと輝いているのが確認できる。


『ゲームのルール』

一つ、王都に隠された十の鍵を見つけ出すこと。

一つ、鍵は、詩的なヒントと連動しており、そのヒントを解読することで鍵の場所が示される。

一つ、制限時間は、鍵の数×一時間、合計十時間とする。

一つ、プレイヤー以外の介入は、即座にゲームオーバー。


 周囲の騎士たちには、アイリスが何を凝視しているのか、全く見当もつかない。

「アイリス様? 大丈夫ですかな? 何か、魔術的な干渉を受けているのでは?」

 アルトリウスの心配そうな声が届くが、アイリスは無視するしかなかった。

 彼女の脳内のノクト()は、すでに、その十のヒントに対する完璧な解答と、それを回収するための最短ルートを叩き出していた。

『新人。ヒント一の詩は、「王国の初代英雄が、初めて剣を交わした場所」を指す。それは、城門の前の、ライオン像の台座の下だ。そこには、次のヒントが隠された「青い宝石」がある。行け。一秒も無駄にするな』

 アイリスは、反射的に城門のライオン像へと走り出した。

 ノクト()の指示は、あまりにも的確で、彼女の体は、まるで彼の操作するアバターのように、無駄な動きを一切排除されていた。

 ライオン像の台座を調べると、ノクト()の指示通り、隠された空間から、青く輝く小さな宝石が発見された。

 立て札の前で、呆然と立ち尽くしていたアルトリウスとボードワン卿は、突然走り出したアイリスの姿に、狼狽した。

「あ、アイリス様!? どこへ行かれるのですか!」

「衛兵! 聖女様を守れ!」

 彼らが叫ぶ声は、アイリスの耳には届かない。

 彼女の脳内は、ノクト()の冷徹な声と、ミストの幻術が作り出すゲームのルールに支配されていた。

 彼女が宝石を手にすると、ミストの幻影が、驚愕と興奮に満ちた声を上げた。

「な……な、なんだと!? なぜ、たった一分で最初の謎を……!? 私のヒントは、五時間はかけて解かれるべき、完璧なロジックパズルだというのに……!」

 ノクト()の「攻略」は、ミストの想定を遥かに凌駕していた。

 ミストは、最高のライバルとの知的な駆け引きを期待していた。

 だが、ノクトは、まるで反則技(チート)のような、圧倒的な処理速度で、ミストのロジックを解読し始めたのだ。

『新人。次のヒントは、その宝石に込められた特殊な光の屈折パターンが示している。「太陽が三度昇る場所」だ。つまり、王城の時計塔の、三番目の歯車の間。急げ。奴に考える時間を与えるな』

 ノクトは、ミストの幻術魔法の仕組みを、完全に理解していた。

 このゲームは、ミスト自身が作り上げた彼のプライドそのものだ。

 ノクトは、そのプライドを、徹底的に踏みにじることを決意した。


 アイリスは、誰もいない王城の回廊を、驚異的なスピードで駆け抜けていく。

 彼女の体は、もはや聖女の優雅さではなく、ゲームの最強の駒としての、純粋な機能美を帯びていた。

 彼女の脳内に響くノクト()の指示は、一瞬の迷いもなく、次の行動、次の場所、そして次のヒントへと彼女を導いていく。

 レイラの迷惑行為と、ミストの幻術が作り出す新たな混沌の中で、アイリスは、まるで神に操られるマリオネットのように、王都という名の巨大なゲーム盤を、圧倒的な速度で縦横無尽に攻略し始めたのだった。

 この迷惑な挑戦状が、やがてレイラの氷魔法と結びつき、ノクト()のゲーム環境をさらに破壊するという、新たな災いの予兆であることなど、ノクト()もアイリスも、まだ知る由もなかった。

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