異世界最後の晩餐
出会い
東出昌大が異世界の森を歩いていたある日、焚き火の残り香に誘われて辿り着いた小さな小屋があった。
そこには一人の老猟師が住んでいた。
皺だらけの顔に、深い傷跡。だが瞳にはまだ鋭い光が宿っている。
老人は東出を見るなり笑った。
「お前さん……どこかで見たことがあるような顔だな」
「山の猟師って顔だろ」
二人は笑い合い、焚き火を囲んで酒を酌み交わした。
老人の願い
やがて老人はぽつりと口を開いた。
「わしももう長くはねぇ。
最後に――あの時の“獲物”を食いてぇんだ」
聞けば、若い頃に仕留めた伝説の獣「紅角鹿」。
その肉を煮込み、仲間と囲んだ鍋の味が忘れられないという。
だが紅角鹿はすでに絶滅したとされていた。
狩人の執念
「最後の晩餐」を頼まれた東出は、タバコを吹かしながら空を見上げた。
「……肴を望む奴がいるなら、獲ってくるのが猟師ってもんだ」
翌朝、森へ踏み入る。
霧の奥で見つけたのは、角が赤く輝く若い紅角鹿。
絶滅したと思われていたその姿は、まるで伝説が生き残っていた証のようだった。
激しい追跡の末、東出は矢を放ち、一矢で仕留めた。
最後の調理
小屋に戻ると、焚き火に鍋をかける。
肉をぶつ切りにし、野菜や香草と共にじっくり煮込む。
湯気にのって立ち上る匂いは、どこか懐かしく、森の記憶を呼び起こすようだった。
老人は目を細め、椀を受け取る。
震える手で一口すすると、涙が頬を伝った。
「……これだ。これが、わしの人生の味だ」
最後の晩餐
やがて老人は穏やかに椅子にもたれ、瞳を閉じた。
焚き火の音だけが残る。
東出は静かにタバコを吸い、残りの鍋をすくって口に運ぶ。
少し間を置いて――
「……うまい!」
その声は森に溶け、夜空へと昇っていった。
狩人の余韻
翌朝、小屋にはもう老人の姿はなかった。
だが焚き火の跡には、老人が愛用していた古びた猟銃が残されていた。
東出は肩に道具を担ぎ、煙を吐き出しながら呟いた。
「肴も人生も、いつかは燃え尽きる。
けど――旨かったなら、それでいい」
焚き火の残り火を背に、狩人は再び歩き出した。
【完】