第9話 新たなツンデレ爆誕!? 専属侍女と朝の入浴準備
朝の陽射しが、漆喰の壁に斜めに射し込む。
俺は、領主館の一室――客人用として用意された清潔な部屋のベッドで目を覚ました。
ふかふかの羽毛布団。ふんわり香る花の匂い。
「……あれ? 俺、いつの間にこんなとこで寝たっけ……」
そう言えば、昨日の夕方、この館に到着したときは疲れきっていたせいか、案内された部屋ですぐに布団に倒れ込んだ気がする。
そこに、控えめなノック音が響いた。
「失礼します。お目覚めでしょうか?」
ドアが開くと、エプロン姿の少女――十代半ばくらいの、凛とした雰囲気の侍女が、静かに入ってきた。
「ルシア様のご命令で、今朝からあなた様のお世話を申しつかっております。専属侍女のミーナと申します。以後、お見知りおきを」
「……あ、うん。よろしく」
「では、起床の補助を――」
「ちょっ、待っ……! 自分で起きれるから! そんな丁寧に布団をめくらないで!」
「は……そうですか。失礼しました。ですが、歯磨きの準備はしてありますので、洗面台まで案内します」
そう言って、なぜか手を差し出してくる。
「……ま、まさか、俺の手を取って案内するつもり……?」
「ご不満ですか? そういうご趣味と、ルシア様からは――」
「そんな風に思われてんの!?」
「……違うのですか?」
顔色ひとつ変えずに言ってくるあたり、なかなか手強いぞこの侍女。
だが、歯磨きや着替えの準備は完璧だった。まるで、こちらが何を必要とするか先回りしているかのように。
朝食が準備されている食堂まで案内され、席についたところでふと疑問が浮かぶ。
「ていうか、ルシアは?」
「今朝は執務のため、食事は別にされるとのことです」
「そっか……」
なんとなく、少しだけ寂しさを感じたそのとき。
「ルシア様は……あなた様のことを、とても気にかけておられました」
「……え?」
「ですので、粗相のないよう、私を専属につけるようにと……。理由まではお聞きしておりませんが」
ミーナは、そう言ってほんのわずかに視線を伏せた。
――もしかして、これは。
ルシアなりの、配慮と優しさなのかもしれない。
「……ふん、どうせ私は、あなた様のような“変わり者”の相手などしたことがないので。慣れておりません。文句はどうぞ、ルシア様に!」
「いやいや、俺に文句言わせない空気すごいな……」
そんなこんなで始まった、領主館での朝。
魔法使いのツンデレ領主に加えて、微妙にツンデレっぽい雰囲気の侍女まで追加されるとは、誰が想像しただろうか。
――先が思いやられる。
◇
朝食を終え、広々とした客間でくつろいでいると――ノック音が響いた。
「失礼します。ルシア様がお見えです」
ミーナが恭しく扉を開けると、ルシアがスッと現れる。いつものローブや白衣ではなく、やや落ち着いた執務用の装い。けれど、どこか視線が定まっていない。
「……ちゃんと食べた?」
「お、おう。一応な」
「ふ、ふーん……そ。なら、いいのよ」
それだけ言って、くるりと背を向けかける。
けれど、すぐに立ち止まり、小さく振り返った。
「……あんたのことは、ちゃんと見てるから。何か困ったら、ミーナに言えば……いいから」
「……え?」
「べ、別に! 直接わたしに言ってもいいけど! あんたの頼みなんか、聞くかどうかは気分次第だけどねっ!」
ルシアは早口にそう言い放ち、部屋を出ていった。
パタン、と閉まる扉。
「……ツンの圧が強いな……」
「そういうお方ですので」
ミーナは紅茶のカップを丁寧に片付けながら、静かに言った。
「ですが――」
「ん?」
「……ご自身では、気づかせないようにしているご様子です」
「何が?」
「――あなた様が、誰かに優しくされることに、慣れていないということに」
「……?」
その意味を、俺はすぐには理解できなかった。
ミーナはそれ以上語らず、いつも通りの無表情で手を動かしていたが――
(もしかして、俺以上にルシアのことをよく見てるのかもしれないな……)
そんな考えが、ふと浮かんだ。
だが、その直後。
「では、服を脱いでください」
「は???」
「朝の入浴の準備が整いました。体を洗うのも、髪を乾かすのも、侍女の役目ですので」
「ま、待てって! いきなり脱がす流れかよっ!」
「この館では、朝と夜の一日二回の入浴が推奨されております。領主家の伝統です。従っていただかないと困ります」
「ちょ、ちょっと待て待て待て!? それ、どういうルール!?」
「先ほど決まったルールです」
「いやいやいや、さっき伝統って言ってただろ!」
問答無用に俺の服を脱がせようとするミーナ。
やはり――この侍女、なかなか手強い。
俺の異世界生活は、まだまだ波乱含みのようだ。