第8話 ツンデレ美少女と、朝の体温測定と朝食作り(と、正式採用の話)
──ん。
目が覚めると、視界の端に柔らかな赤色の髪が揺れていた。ほんの数センチ先に、ルシアの寝顔。静かな寝息と、わずかに揺れる睫毛。
(……近い。てか、布団……取られて少し寒い……)
俺の肩口のあたりは完全に布団からはみ出ていた。隣で寝ているルシアは、ちょっとだけ寝返りをうち──
ぴと。
(うおっ!?)
細い腕が俺の胸元に乗っかってきた。顔も……さらに近づいてきて──
「……んん……素材のくせに、あったかい……」
寝言までツンデレ仕様かよ!?
どうすればいいか悩んでいると、ルシアの睫毛がぴくりと震えた。
「……な、ななな……なんで近くで寝てんのよっ!?」
「いや、お前が隣で寝ろって言ったんだろ……!?」
「か、勘違いしないでよね! あれは魔力測定のためなんだからっ! そ、それに別に、実験材料に触られたってどうってことないし!」
「いやいや、寝ぼけて抱きついてきたのお前だからな!?」
完全にお約束のやり取りだ。慣れてきてしまっている自分がちょっと怖い。
「……ま、まあ、せっかくだから! ついでに、今朝の体温測定もしてあげるわよっ! 感謝しなさいよね!」
「まだその理屈やるの!? 寝起きから布団の中で測定する必要ある!?」
「朝はね、魔力量に変化が出やすいの。だからこそ、毎朝の測定が重要なのよ!」
「なんで体温測定が、朝の布団行事みたいになってるんだよ……!」
俺が抵抗する間にも、ルシアは当然のように再び腕を絡め──新たな一日が始まった。
◇
階下から控えめにノックの音が響いた。
「失礼します、ルシア様。朝の準備をしに参りました」
現れたのは、年配の女性。優しげな笑みを浮かべたその人は、別宅の管理を任されている村人のフレイさんというらしい。
もともと今回のような滞在時の食事の支度は、館の管理の契約に含まれている仕事らしく、従者たちが詰所で待機している今も、フレイだけは通常通りに訪ねてきたようだった。
「朝食の準備、すぐにいたしますね」
そう申し出た彼女に、ルシアはなぜかそっけなく言い放った。
「い、いいわよっ。朝食くらい、自分たちでなんとかするからっ!」
フレイは少し驚いたように瞬きをしたが、チラリと俺に視線を向けてから、すぐにルシアに視線を戻し微笑んだ。
「では、お言葉に甘えて。何かあればいつでもお呼びくださいませ」
礼儀正しく一礼して、彼女は退出していった。
「……え、いいの? あの人に任せた方が確実じゃ……」
俺が尋ねると、ルシアはぷいと顔をそらしてつぶやいた。
「べ、別にあんたに食べさせるためじゃないけど……た、たまには練習もかねて、料理くらいできるようにしておこうと思っただけよ!」
「じゃあ……作ってくれるのか?」
「い、いいから黙って待ってなさい!」
──5分後。
焦げたパン。焦げた卵。焦げた鍋。そして、なぜか溶けかけたスプーン。
「……なんでこうなるのよ!?」
「むしろどうやったらこうなるのか俺が聞きたいわ!」
その後、結局俺が台所に立つことになった。
焼きパンに、簡単なオムレツ。ハーブの入った即席スープ。異世界食材を使った割には、我ながらいい出来だ。
「……けっこう、美味しいじゃない」
「お褒めに預かり光栄です、お姫様」
「べ、べつにアンタの腕を褒めたわけじゃないんだからね! ただ、まあ……ギャップがね。ギャップって大事よ?」
「それはそれでちょっと嬉しいな」
◇
食後、コーヒー(っぽいハーブ茶)を飲んでいると、ルシアが唐突に言った。
「今後、実地訓練の一環として、あなたには私の身の回りの世話を任せるわ」
「……え?」
「あなた、魔力はないみたいだけど、わりと便利だし。まあ、雑用担当ってことで!」
「いやいやいや、完全に家政夫ポジじゃん!」
「違うわよ。実験助手よ。ついでに雑用もこなす、ちょっと頼れる補佐って感じ?」
「どんどん雑に扱われてる気がするんだけど」
……とはいえ、ルシアと一緒にいられるなら、それでも悪くない、のかもしれない。
「とりあえず、ここ出て、そのままフェルナードの本館に戻るから、荷物まとめて」
「えっ、本館ってもしかして領主館……?」
「そうよ。あなた、召喚されてからずっと疲れた顔してるじゃない。 あそこならちゃんとしたベッドもあってゆっくり休めるし、いろいろ便利なんだから!」
「なるほど……」
「で、体力が戻ったら――正式に雇って、その、身の回りの世話くらい……任せてあげてもいいからっ。感謝しなさいよね!」
魔力量測定から始まり、体温測定、朝食作り、身の回りの世話まで。
(俺の異世界生活、勇者なんかじゃなくて──)
「完全に家政夫だな……」
でも、悪くない。
この世界で、ルシアと一緒にいる日常が、少しずつ形を成していく気がした。
後書き
今回の話で、主人公とルシアの関係に少し変化が生まれました。このあたりで一区切りとすることもできる展開かもしれませんが、せっかくなので、もう少し続けてみたいと思っています。
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