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第7話 ツンデレ美少女と、領地視察(と、なぜか同じベッド)

「今日は領地の視察に行くわよ」


 朝食を食べ終わった瞬間、ルシアが唐突にそう宣言した。


「は? 視察って、この地下拠点の上の土地を?」


「違うわよ。山の向こうにある、もうひとつの管理地よ。私が領主になる前から、長いこと放置されてたみたいで……正直、まだ手が回っていないの。でも、そろそろ本腰入れて整備していかないと、って思ってるのよ」


 なるほど、そういえばルシアはアストレイン家の当主だったっけ。


「……そういうの、普通は部下とかに任せたりしないのか?」


「開発や方向性の決定は、領主本人が責任を持つべきだわ。役人に任せるのはその後の話よ。――アストレイン家はこれまでそうしてきたし、私自身もそう思ってる。……それに、素材の採取ポイントとか、新しい研究ネタが見つかる可能性もあるしね」


「ふーん……ところで、ルシアって実際どれくらいの土地を持ってるんだ?」


「んー、今あんたと住んでる場所がアストレイン領の本拠地よ。平原が中心の中規模な領地で、領民はざっと八千人かしらね。……まあ、それなりに忙しいのよ!」


「けっこうちゃんとした領主じゃん」


「当たり前でしょ。毎年の収支報告だって自分でチェックしてるし、役人も信用できる人間を育ててるわよ。……ここの山向こうの管理地は、昔は鉱石の採取場として使われてたけど、今は放置されてるってだけ」


「じゃあ、今日はその“おまけの土地”の視察ってことか」


「そう。でも今後の研究に使えるかもしれないし、素材探しも兼ねてね」


 そう言って、ルシアは淡々と準備を進めていく。


「あんたも一緒に来なさい。実験材料に拒否権はないから」


「はいはい、召喚された宿命ってやつですね」


 またしても理不尽なツンデレムーブに巻き込まれる予感がしつつ、俺たちは領主館から馬車で出発し、山の向こうの“ルシアのもうひとつの領地”へ向かうことになった。


 ◇

 

「あんたの乗る馬車はこっち。護衛のクレイヴも一緒に乗せるから」


「クレイヴ……?」


「私付きの騎士よ。礼儀とか堅いけど、腕は確かだから安心しなさい」


 そう言ってルシアはさっさと乗り込み、俺も慌てて後に続いた。


 馬車に揺られてしばらく。道は舗装を失い、なだらかな坂を登ったり、くねった林道を抜けたりと、山をぐるりと回るように進んでいた。


 馬車の中には、ルシアと俺、そしてさっき紹介された護衛の青年――クレイヴが同乗していた。


 だが、誰も口を開かないまま、少し気まずい時間が流れていた。


 やがて、クレイヴがこちらに向き直り、丁寧に一礼した。


「――お初にお目にかかります。アストレイン家直属の騎士、クレイヴと申します」


「あ、どうも……いや、そんな堅苦しくしなくていいです。俺、庶民なんで」


 そう言いつつ、俺は自分の名前を名乗った。


 クレイヴは少し驚いたように目を瞬き、その後穏やかに微笑んだ。


「……とても珍しいお名前ですね。失礼ですが、異国のご出身で?」


 それから少し視線をルシアの方にずらし、軽く探るように付け加える。


「それに、庶民にしては、妙に……近い距離で接していらっしゃるように見えますが?」


「ち、違うわよ! こいつは実験材料なの! たまたま使い勝手がいいから、連れてるだけで……べ、別に仲がいいとかじゃないから!」


「……なるほど、実験材料ですか。それはそれは」


 クレイヴはどこか含みのある笑みを浮かべて頷いた。たぶん、話半分で聞いてる。


「で、あんたはいつも、こういう視察にもついてきてるのか?」


 俺が軽く尋ねると、クレイヴは真面目な顔に戻って答えた。


「領主様が外へ出られる際は、原則として私が護衛を務めます。……もっとも、魔法で相手を吹き飛ばすような方ですから、剣の出番はあまりないのですが」


「ちょ、ちょっと! 余計なこと言わなくていいわよ! あんた、喋りすぎ!」


「恐縮です、ルシア様」


 静かに笑いながら、クレイヴは再び前を向いた。

 それを最後に、車内の空気は妙に気まずい沈黙に包まれた。


 そのまま馬車は道を進むことしばらく、木々の隙間から、古びた屋根がちらほらと見え始めた。


「……廃村?」


 あまりに静かだった。畑は雑草だらけ、井戸は壊れかけ、家々はところどころ崩れている。


 けれど、よく見るとわずかな人影があった。ぽつんぽつんと、数軒の家にはまだ人が暮らしているようだ。


「ここ、本当に……ルシアの領地か?」


「昔はもっと人がいたのよ。でもね……」


 言いかけて、ルシアは言葉を濁した。


「べ、別に気にする必要ないわ。今日は視察だけ。見て、記録して、今後の対策を考えるの」


 ルシアの顔に浮かぶのは、普段のツンデレとは違う、責任を背負った者の表情だった。


 ◇


 馬車は、ゆるやかな坂を登りきった先にある、木立に囲まれた一角へと静かに停車した。


 そこには、落ち着いた色合いの石造りの建物が建っていた。派手さはないが、手入れの行き届いた庭と、玄関の飾り格子が、領主の別館らしい品格を漂わせている。


「ここが別館よ。昔から必要なときだけ使ってるの」


 ルシアは馬車から軽やかに降り、別館を見上げると小さく頷いた。

 すると、騎士の青年――ルシア付きの護衛のクレイヴが、従者たちにそっと声をかける。


「詰所で控えていてくれ。今日は当主さまと、その……付き添いの方だけで十分らしい」


「……え? は、はい。承知しました」


 従者たちが戸惑いながらも頷いて荷物をまとめ始めるのを見て、ルシアがぎょっとしたようにクレイヴを振り返った。


「ちょ、ちょっと! 私はそんなこと……!」


 けれど、クレイヴは軽く頭を下げ、あくまで丁寧に応じる。


「今回のご滞在は非公式と承知しております。万事、我々にお任せください」


 クレイヴの言葉に、ルシアが一瞬だけ肩をぴくりと動かした。


「……べ、別に、何も頼んでないけど……」


 そう呟いてそっぽを向いたルシアの横顔は、ほんの少しだけ、耳まで赤く染まっていた。


 ◇


 俺たちは別館に荷物を置き、軽く身支度を整えてから、さっそく村の視察に出かけた。

 歩き出して間もなく、小道の脇にある茂みの向こうから、ぴょこっと小さな人影が顔をのぞかせる。


「ルシアさまー!」


「ティナ?」


 どうやらこの村の子どものようだ。ルシアがしゃがみこむと、ティナがちょこちょこと駆け寄ってきて、言った。


「弟が、またお熱で寝ちゃって……」


 ルシアが一瞬、困ったように視線をこちらに向けた。


「ねぇ実験材料、なんか使える知識ないの?」


「俺、薬草のこととかわかんねぇぞ? でも、とりあえず冷やすことと、水分補給くらいなら……」


 俺の言葉に、ルシアは静かに頷き、腰に下げていた細身の魔導杖をそっと取り出した。


 杖先に指先で触れると、翡翠色の宝石が淡く脈打ち、冷気を含んだ青い光が灯る。


「――《低温構成式・簡易展開》」


 小さく呟いたその声と共に、杖先からひとひらの霧が舞い、掌の上に薄い氷片が生成された。


「氷の魔導式よ。少しくらいなら、こうやって作れるの」


 それを布に包み、即席の氷袋を作る。

 さらに、ルシアが庭先で選んだ草を俺に渡してきた。


「これ、使えるはずよ。昔、おばあちゃんが風邪のときによく煎じてたって聞いたことがあるわ」


 ティナの案内で家に入ると、中から一人の女性が出てきた。肩までの髪をまとめた、落ち着いた雰囲気の人だった。

 俺たちの姿を見るなり、その女性は目を見開き、すぐにルシアの方へ頭を下げた。


「ルシアさま……! まさか、こちらまでお越しいただけるとは……」


 ルシアは少しだけ視線をそらしながら、そっけなく答える。


「別に気にすることないわ。調査のついでに立ち寄っただけよ。それより、弟さんの様子は?」


「は、はい。熱が下がらず、ずっと横になったままで……」


「ふうん。とりあえずお湯、借りるわね。治療を優先させてもらうから」


「もちろんです! すぐに沸かします!」


 母親は急いで釜戸へ向かい、湯を沸かす支度を始めた。

 俺は火加減を見ながら、もらった薬草をゆっくり煎じた。


 少しして、ぬるめの飲み物を弟に飲ませ、額には氷袋を当てる。思いのほか、弟はすぐに落ち着いた。


「お兄ちゃん、ルシアさま、ありがと!」


 ティナがにっこり笑いながら言い、続けて母親も深く頭を下げた。


「本当に……ありがとうございました。ルシアさまも、お連れの方も……感謝してもしきれません」


「別にいいわよ。ついでだから」


 ルシアはわざとらしくそっぽを向きながら、頬をわずかに赤く染めた。


「そういえば……」と母親が少し懐かしそうな声で呟く。


「ルシアさまも、小さい頃はよく熱を出されてましたね。細くて、すぐに倒れてしまって……」


「……え?」


 その言葉に、俺は思わずルシアの方を見た。


「な、何よ。昔は栄養が偏ってただけよ。今は……平気よ」


 その言葉は、どこか自分に言い聞かせるようだった。


 ◇


 夕暮れ、村の集会所で簡単な料理をふるまうことになった。


「よし、ポテト煮込み完成。即席のかまどにしては上出来だな」


「すごい……! お兄ちゃんって、料理もできるんだ!」


 ルシアも箸を進めながら、ぼそっと呟く。


「食べられないわけじゃないわね。素材の味は……まあ、生かせてるし、火加減もそこそこってとこかしら。べ、別に期待してなかったけど、まあ……実験材料にしては、悪くないんじゃない?」


「素直に褒めろよ!」


「べ、別に褒めてないし! 評価しただけよ、評価!」


 ◇


 夜。


「ほら、入って」

 

 ルシアが鍵を差し込み、別館の扉を開ける。


「……ここ、普段は誰か住んでるのか?」


「別に。館の建設当初から、管理を委託してる村の人がいるのよ。定期的に掃除と点検だけはしてもらってるの」


「ちゃんと給料とかも払ってるのか?」


「あたり前でしょ? 安くはないけど、必要なことよ」


 そんな会話をしながら、ルシアの後をついて2階に上がる。


 ◇


 寝室のベッドに腰かけ、静まり返った室内で、ルシアはぽつりと呟いた。


「……この領地、あとどれだけ守っていられるかな」


「え?」


「なんでもないわ。今日はもう遅いし、予定どおり一晩ここに泊まっていくわ。この部屋、使いなさい」


「あ、ああ。ありがと……って、ルシアは?」


「ここ私の寝室よ。寝るのにいちいち部屋なんて分けないから」


 そう言ってルシアは、木製の椅子に座っている俺を手招きする。


「え、でも俺、床とかで――」


「はあ? 何勝手に床で寝ようとしてんのよ。体温差で魔力測定が狂うでしょ、隣で寝なさい!」


「……なにその謎理論!?」


「うるさい! これは領主命令よ! 文句があるなら一人で歩いて帰れば?」


「いや無理でしょ、今から……!」


 というか、俺の帰る場所ってどこだ? あの地下住居に戻ればいいのか? さすがに徒歩は無茶だろ。


 俺が小声で文句を言うと、ルシアはそっぽを向いたまま、小さく呟いた。


「……別に、隣に誰かがいても……今夜は、悪くないから」


 その横顔は、ほんの少しだけ、遠くを見つめているようだった。

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