第6話 ツンデレ美少女と、素材収集と悪魔の襲撃(ちょっとピンチ)
「起きなさい! 朝よ、朝! 素材採集行くわよ!!」
「……寝かせてくれ」
布団にくるまる俺の上から、ルシアの拳が落ちてきた。
「実験材料のくせにだらしない!」
「材料は保存環境が大事なんだよ……!」
「うるさい! 日が昇る前に出発よ!」
こうして俺の安眠は、今日もルシアによって破られることになった。
◇
俺たちが向かっていたのは、地下住居から出た先に見える小さな山、“ルグラン丘”の奥にある薬草群生地だ。
ルシア曰く「年に一度、特殊な魔素を吸った《光命草》が自生する」という。そのタイミングが今朝――しかも午前中限定らしい。
「素材は一期一会よ。ぐずぐずしてたら、もう来年まで採れないんだからね!」
「だったらせめて朝飯食わせてくれ……」
「朝食は帰ってから! 動きながらカロリー消費して、素材の鮮度を保つの!」
「なにその謎理論……」
登山道もないような獣道を進みながら、俺はひたすら文句をこぼしていた。
しかし当のルシアは、ぴょんぴょんと軽やかに岩場を跳び越えていく。赤髪が朝日に揺れて、いつもより元気そうに見えた。
「ふふーん、どう? 魔法使いに体力がないなんて思ってたでしょ?」
「いや、それ以前に……普通に鍛えすぎじゃない? お前、ホントに貴族か?」
「一応、当主だから。領地管理って、意外と体力勝負なのよ?」
「いやそういうもんか?」
そんな他愛ないやり取りをしながら、俺たちは山腹の開けた場所に到着した。
◇
「ここよ。……見て、あれが《光命草》」
ルシアが指差す先、陽光の差し込む岩場の隙間に、薄く光を放つ白い草が群生していた。
風に揺れるそれは、まるで小さな蛍のように、ぼんやりとした魔素を放っている。
「おお……幻想的だな」
「毎年、これを狙って魔物も寄ってくるの。だから採集はスピード勝負よ」
「了解」
俺たちは手分けして慎重に草を摘み取っていった。
が、そのとき――
ふいに、背後の空気が揺らいだ。
「ルシア、後ろ!」
「……っ!」
俺の叫びにルシアが振り返る。
そこには、影のような黒い霧がうねりながら実体化していた。
「《ディミー・シェイド》……!」
ルシアが即座に呟く。
「悪魔系の魔物よ。こんなところで出るなんて……!」
「それ、ヤバいやつか?」
「中の下くらい。でも油断すると精神干渉で思考を乱される!」
「つまり、油断したら終わりってことか!」
「黙ってて! 撃つわよ!」
ルシアが魔法陣を展開し、詠唱を開始する。
光が収束し、火球が放たれた。
しかし、ディミー・シェイドは霧のように体を歪めたかと思うと、次の瞬間二体に分裂し、その攻撃をすり抜けた。
「分身体……!? どれが本体かわからない……!」
「おい、こっちに来るぞ!」
その瞬間、俺の足元に分裂した一体の影が伸び、まるで手のように絡みついた。
「うわっ――!」
転倒した俺に向かって、悪魔が一気に跳びかかる――
――と、その直前、ルシアの叫び声が響いた。
「触るなああああああ!!」
膨大な魔力が爆ぜた。
光と熱の奔流が悪魔を包み込み、爆風が周囲をなぎ払う――
◇
「っぶねえ……」
気がつくと、俺は見えない障壁に守られたまま地面に倒れていた。
その隣で、ルシアが魔力を使い果たしたのか、膝に手をついて肩で息をしていた。
「……ふ、ふん。やっつけたわよ……。やればできるのよ、私は……」
「お、おう……助かった。ありがとう」
ルシアは顔を逸らし、つぶやくように言った。
「……あんたが、すぐに気づいてくれたから。……その、おかげで……」
「ん? なんだって?」
「な、なんでもないわよ! 今の発言、記録禁止! メモしたら爆破よ!!」
「怖っ……」
こうして俺たちは、命からがら素材を抱えて山を下った。
気が付けば、彼女との距離がほんの一歩だけ縮まったような気がする。