第4話 ツンデレ美少女と、街でのお買い物(と、ちょっとした試着室事件)
朝。
俺がまだ布団の中で二度寝を決めようとしていたところに、ドアを叩く音が響いた。
「起きなさい! 街に行くわよ!」
いきなりの宣言だった。
「……は?」
「素材集めよ。ついでに調査。あと買い物。あと荷物持ち。ついでに試食係」
やっぱり試食係って必要か?
「いきなりすぎるだろ……」
「実験材料に拒否権はないわよ?」
「そこだけやけに強気だな……」
◇
寝ぼけた頭で身支度を済ませると、ルシアに連れられて、階段を上がっていく。
重たい鉄のハッチを押し上げて外に出ると、まわりは一面の草むらだった。ただ、少し先には人の暮らしを感じさせる町並みが続いているのが見えた。
「……え? この家って、地下だったの?」
「そうよ。アストレイン領の第一研究拠点。地上に家なんて目立つだけでしょ?」
「アストレイン領? ルシアの家ってもしかして貴族?」
「そうだけど?」
「貴族って、もっとこう……屋敷とか城とかじゃないのか?」
「は? 無駄に広いだけで動線が悪いでしょ。あたしは研究最優先主義なの」
「秘密基地じゃねーか、それ……」
俺が呆れていると、ルシアは得意げに胸を張る。
「一応言っておくけど、私はアストレイン家の当主よ。この領地と、この研究拠点の管理者。何か文句ある?」
「いや文句っていうか……普通にすごいだろそれ」
「べ、別にすごくなんかないし! 仕方なく継いだだけだし! ……兄様が戦でいなくなったから……」
ぽつりとつぶやいたその声は、どこか寂しげだった。
だが、すぐに彼女は顔をそらし、いつもの調子に戻る。
「とにかく! 街に行くわよ! 時間がもったいない!」
「はいはい……こっちはまだ眠いんだけどな」
◇
というわけで、俺とルシアは、町はずれの地下住居を出て、この町の中心街へと向かっていた。
「ここはフェルナードという町。アストレイン領の中心都市よ。行政の拠点でもあるし、魔法素材も集まりやすいの。……だから、たまには直接様子を見に来ないとね」
ルシアいわく、フェルナードには魔法素材を扱う露店や商会が集まり、流通の中心地としても賑わっているという。彼女は領主としての視察も兼ねて、定期的に街の中を見て回っているようだった。
なのに、俺が同行する理由は――
「べ、別に心配とかじゃないけど、一人で勝手にどこか行ってトラブルになっても困るし? あんたを監視するために連れてきてあげたのよ。感謝してよね!」
「……はいはい、ありがたやありがたや」
「なによその態度!」
中心街に入ると、石造りの建物とにぎやかな通りの光景が広がった。
屋台の焼き菓子の香り、通りすがる旅人たち、軽快に響く音楽のような商人の声……まるでファンタジーゲームの町並みそのままだ。
その中で、ルシアはキラキラと目を輝かせながら、いくつもの露店を覗いていた。
「これ見て!“銀化した魔霧の欠片”! 去年は全然見つからなかったのよ!」
「名前の時点で怪しさ全開なんだが……用途は?」
「飾り。ほとんど役に立たないけど、光るの。かわいいでしょ?」
「観賞用かよ!!」
そんな調子で素材をいくつか買い込んだルシアは、ふと何かを思い出したようにこちらを振り返った。
「……そうだ、あんたの服。いつまでも召喚されたときの異世界の格好のままじゃ浮いて仕方ないわね。着た切りだし。ついでに見ていくわよ」
「そりゃ助かるけど、金は――」
「いいから黙ってついてきなさい。……べ、別に気になったとかじゃなくて、領主として責任を持ってるだけなんだから!」
そうして連れ込まれた衣料品店では、俺のためにルシアが選んだシャツとズボン、下着、それにブーツまで揃えられていた。
「うん、まあ悪くない……って、あれ? ルシア?」
気づくとルシアの姿が見えない。と思ったら――
「……ちょっと下着売り場に寄っただけよ!」
試着室のカーテンがふいに開き、ルシアが服を手にして顔を出す。
その隙間から、白くて控えめなふくらみがちらりと――
「っ……い、今のは事故だから! べ、別に見られても、素材としての観察対象にされるなら、本望だし!」
「……なんで俺が観察する側になってんだよ」
「うるさいっ! 実験材料は黙って観察されてなさい!」
「いやいや、さっき逆のこと言ってただろ」
◇
気を取り直して立ち寄ったパン屋では、ルシアが小さな丸パンを手に取った。
「……まずはあなたが食べて」
「なんで俺が先?」
「試食係でしょ? それに……その、もし毒が入ってたら危ないし?」
「毒見かよ!? パン屋にそんな緊張感いらないだろ!」
「いいから食べなさいよっ!」
結局、俺は焼きたてパンをかじる羽目になった。
ほんのり甘くて、外はカリカリ、中はふわふわ。うまい。
「……普通にうまいぞ、これ」
ついでに、近くの屋台で買った果汁ジュースをひと口。パンの甘みが引き立つ。
「ふーん、そう。じゃ、私ももらうわね。別にあんたが食べたからとかじゃないけど」
「はいはい」
数件のパン屋をハシゴしながら、俺たちは街の中央にある広場に出た。
ベンチに腰を下ろすと、ルシアがぽつりとつぶやいた。
「……ふう。歩き疲れた」
「そっか。けっこう歩いたもんな」
「ちょっと素材探しに集中しすぎただけよ。体力がないわけじゃないし」
そう言いながら、ルシアは紙コップに入ったハーブティーをひと口、静かに飲んだ。
「はいはい」
俺は紙袋の中をのぞき、小さな菓子パンをそっと一つ取り出して隣に差し出す。
「ほら、さっき買ったやつ。お前、チラチラ見てただろ?」
「は!? ち、違っ……そんなの、別に……」
もたつきながら受け取ったルシアは、そっぽを向いたまま、そっと一口。
「……美味しい」
「だろ?」
「べ、別にあんたに感謝するほどのことでもないし……その、ちょっとだけ、評価してあげる。ほんの、ちょっとだけよ?」
「へいへい」
◇
「……そろそろ戻りましょうか。でも、ちょっと立ち寄るところがあるの」
「まだ買い物あるのか?」
「違うわよ。領主館にちょっと顔を出すの。今は召喚したあなたのことがあるから地下研究拠点にいるけど、週に一度は様子を見ないとね」
「領主館って、あの立派な建物か? ……あそこ、ルシアの?」
「そうよ。フェルナードはアストレイン領の中心都市よ。領主の仕事場ぐらいあるわ」
「へぇ……貴族って、やっぱりすごいんだな」
「べ、別にすごくなんかないし。ただの仕事よ、仕事!」
フェルナードの町の中心部に建つ石造りの屋敷。その正門では、槍を携えた衛兵が姿勢を正していた。
ルシアが顔を見せると、彼らは軽く敬礼をして門を開く。
その傍らで、俺をちらりと見た若い衛兵が、わずかに目を見張る。
「彼は研究の協力者よ。すぐに拠点に戻るから、対応は不要」
ルシアが簡潔にそう告げると、衛兵は深くうなずいた。
玄関ホールに入ると、数人の使用人が一礼しながら出迎えた。
その場でもルシアは「挨拶だけでいいわ」と軽く手を振り、奥の執務室へと向かう。
「実務は役人に任せてるけど、書類だけは目を通しておかないと」
そう言いながら、机上の報告書にぱらぱらと目を通す。
ほんの短い滞在を終えると、俺たちは再び地下拠点へと戻った――。
帰り道の足取りは、どこか軽かった。