第3話 ツンデレ美少女の着替えと、実験材料の限界点
今回の話には、かの有名な『ゼロの使い魔』をオマージュしたシーン(パンツを見られても動じないツンデレ少女と、なぜか洗濯を押しつけられる主人公)があります。作者の敬愛とギャグ心を込めてお届けします。
夜。
ルシアの風呂場は、俺の現代知識による応急処置で無事に機能を取り戻した。バカみたいに熱湯を噴き出すことも、氷の柱を作り上げることも、なぜか花火を打ち上げることも、もうないはず。
「ルシアー? 最終チェックで風呂の温度だけ見てもいいか?」
脱衣所の向こうから、相変わらず軽い調子の返事が返ってきた。
「いいわよー。どうせ実験材料のくせに、今さら何見たって意味ないでしょー」
……なんだそのフラグ。
俺は戸惑いながらも、扉をガチャリと開けた。
その瞬間、視界に飛び込んできたのは――
上半身の服を脱ぎかけたルシアの姿だった。
白い背中。肩からずり落ちた下着のストラップ。足元には脱ぎ捨てられたスカート。そして横にたたまれていたのは、明らかにアレ。可愛らしいリボン付き。
「……あ」
ルシアがくるっと振り返る。
「ん? どしたの?」
堂々と下着姿のまま、けろっとしている。
「お、おいっ!? 今、お前……その……下着!」
「うん、そうだけど?」
「なんでそんなに平然としてんだよ! 普通、怒るとか、隠すとかあるだろ!?」
「なんで? 別に見られて困るほどのもんでもないし。あんた、実験材料でしょ? 動物とか使い魔みたいなもんだし」
「人間扱いしろぉぉぉ!!」
「むしろパンツ見て取り乱す理由がわかんないわ。パンツよ? 布よ? 布を見たくらいで騒ぐとか、どんだけ思春期こじらせてるのよ」
「いや、そういう問題じゃ――っていうか! 顔赤いぞ、お前!」
「赤くないっ! 全然赤くないしっ! べ、別にあんたに見られたからって……だ、だだ誰が恥ずかしいなんて……!」
顔を真っ赤にしながら、目をそらす。
……やっぱり恥ずかしいんじゃねえか。
「で? パンツの洗濯、お願いね」
「どうしてそうなる!?」
「だって、見たんだから。責任とって洗濯ぐらいして当然でしょ?」
「理屈がバグってる!!」
「文句あるなら魔法で燃やすわよ?」
「なんで選択肢が『洗濯』か『焼却』しかないんだよ!!」
◇
入浴を終えてパジャマに着替えたルシアが、タオルで濡れた髪を拭きながら部屋に戻ってきた。
「はい、これ。お願いね?」
当然のように、手にはさっきまで履いていたパンツ。
そしてすぐに、「ついでにこれも」と言って、机から紙束を取り出してきた。
「はい、これ。新しい実験課題」
「……なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「今回はね、“空腹状態における魔法制御の精度変化”を調べるの」
「つまり、お前が対象ってことか?」
「そうよ。ちゃんとしたデータを取るには、食事量と魔力量の相関を記録しないといけないの。だから今は絶食中」
「……で、俺は?」
「実験補助兼記録係兼、食事監視担当」
「それってただの付き添いじゃ――」
「というわけで、あなたも食べちゃダメ!」
「なんでだよ!!俺は魔法使いじゃないぞ!?」
「横でごはん食べてるの見たら、気が散って失敗しちゃうかもしれないでしょ!? つまり、それも実験妨害!」
「どんな理屈だそれ!」
「魔法より食欲に負ける私が悪いとでも言いたいの!?」
「いや言ってないけどさ……いや、ちょっとは思ってた!」
「問答無用。あなたも絶食」
「巻き添えかよぉ……」
◇
この世界に来てからというもの、まともな飯なんて一度も出てこない。
その日の夜も結局、謎のスライムゼリー(無味)を食わされている。
異世界グルメってどこにあるんだ。
「ねぇ、わりと真面目に聞きたいんだけど」
「なに?」
「このゼリー、食べて大丈夫なやつ?」
「三日以内なら死なないから安心して」
「“死なない”が最低保証ってどういうことだよ!!」
ルシアは、俺のリアクションを見てくすくす笑っている。
風呂の件も、下着の件も、スライムの件も……
こいつのペースに巻き込まれっぱなしだ。
「……お前、わざとやってるよな?」
「えー? 何のこと?」
そう言って無邪気に笑うその顔は、
この世界で一番信用できない笑顔だった。
だが、なぜか――
悪くなかった。