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第2話 実験材料、仮採用。あと、風呂掃除しておいて。

 朝、目覚めると天井が見えた。

 拘束は外れていた。代わりに、腰のあたりに何か重いものが乗っている。


「おっはよう。観察対象一号くん」


 俺の腹の上に座っていたのは、もちろん彼女──ルシア・エルヴェラ・アストレイン。赤髪で琥珀色の瞳、そして、恐ろしいまでに無遠慮な笑顔。


「おま、朝から人の上に乗るな!」


「大丈夫よ。あなたのお腹は必要な初期圧力としては適正値。むしろ感謝して?」


「いや、何が適正だよ!」


 慌てて起き上がると、ルシアはコロリと床に転がった。

 まるで猫のように、くるりと身をひねってすぐに立ち上がる。


「ま、いいわ。観察は一時中断してあげる。代わりに――ほら、それ」


 そう言って、指差した先にはバケツと雑巾。

 どうやら朝から嫌な予感は的中らしい。


「……風呂掃除?」


「うちのお風呂、ここ数日調子が悪くてね。お湯が出たり爆発したり凍ったり、忙しいの。あなた、理系でしょ?何か仕組みを見て直せるかもしれないって期待してるわけじゃないけど……ほんのちょっとだけ、期待してなくもないというか……べ、別に感謝とかしないけど!」


 どっちだよ。


「じゃあ見てみるけど……火傷したら治せる?」


「たぶん。たぶんね」


「そこは自信持てよ!」


 ◇


 ルシアの住居の生活スペースは、想像以上にカオスだった。


 キッチンには、焦げ跡だらけの鍋。

 冷蔵庫らしき木製の収納棚を開けると、謎の紫色のゼリー状物体がうごめいていた。


「うおっ!? 冷蔵庫に……スライム?」


「あ、それ間違えて入れた魔法素材ね。三日以内に食べれば死なないわよ」


「選択肢として“食べない”はないのか!?」


 やれやれ、とため息をつきながら、俺はとりあえず風呂場に向かった。

 

 ◇


 風呂場は思ったより普通だった。

 石造りの床と壁、木製の湯船、そしてその隣に設置された小さな炉のような装置。

 少し古めかしいが、しっかりとした造りだった。


「で、問題は?」


「出力が不安定で、温度調整が利かないの。先日は凍って、おとといは沸騰。昨日はなぜか花火が上がったわ」


「なんで風呂で花火……」


 とにかく中を見てみる。

 浴槽の裏側に回って、炉のパネルを開けると、魔石やら導線やらでゴチャゴチャしていた。

 ……でも、ふと気づく。


(これ、要するに“加熱炉に魔力を送って温水を作る”ってだけだよな。燃焼炉と考えれば、家庭用給湯器と構造的に変わらない……)


 なるほど、なら現代知識でいける。

 俺は懐から取り出したペンで、導線の繋ぎ方を少し変え、魔石の位置を微調整し、最後に熱を逃がす通気口を確保した。


「よし、試してみて」


 ルシアがスイッチらしきものを押すと、ゴォッという音とともに、浴槽から蒸気が立ちのぼる。


「……安定してる! お湯の温度も完璧!」


「まあ、物理的には当然だな。あの構造なら熱暴走するに決まってる」


「な、何よそれ……。い、意外とやるじゃない……べ、別にすごいとは思ってないけど、ちょっとくらいなら認めてあげてもいいわ!」


「素直にありがとうで良くない!?」


 赤くなったルシアがそっぽを向いて、手に持っていた紙に何かメモしている。


「……それって、俺の修理成功率でも記録してんの?」


「ち、違うわよっ! べ、別に期待してたわけじゃないけど……その、最初にしてはまあまあ合格って感じ? ちょっとだけ、実験材料として仮採用してあげてもいいかなって……な、なによその顔! 調子に乗らないでよね! あと、修理だけじゃなく掃除もちゃんとしておいてね!」


 こいつ、本当にテンプレ通りのツンデレだな……。


 ◇


 その日の夕方、ルシアが俺に紙束を手渡してきた。


「はい、これ」


「なにこれ?」


「異世界への転移に必要な素材リストよ。あなた、元の世界に帰りたいんでしょ?」


「……マジか」


「ただし一つ問題があるの」


「どうせ簡単にはいかないんだろ?」


「うん。“希薄化魔素結晶”っていう超レア素材があってね。それ、召喚に使ったら砕けちゃったの。自然にできるまで八百年かかるらしいわ」


「いや、無理ゲーすぎるだろ」


「でも、再生成できるかもしれないのよ。似た性質の素材をいくつか組み合わせて、魔力で圧縮して……」


「待て、それって現代で言うところの、合成ダイヤモンドを魔法で作るようなもんだぞ?」


「そうそう、それ! やっぱり、あなたちょっと役に立つかもしれないわね」


 ルシアが無邪気に微笑む。でもその笑顔は、どこか危なっかしい。


「ま、私がいればなんとかなるわよ。べ、別にあなたのためじゃないけど、研究の成功率を上げるための協力ってだけだからね!」


 ルシアが、不意にこちらを見た。


 まっすぐには見てこないその目と、わずかに頬を染める様子に、何かが胸に残った。


(……こいつ、案外いいやつなのかも)

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