第12話 専属侍女の添い寝任務と、なぜか脱ぎ気味!? ドキドキ体温測定
ルシアに言われたとおり、今日は完全休養日。
午前の日差しが差し込む部屋はほどよく暖かく、心地よい静けさが部屋を包んでいる。
休養日と言っても、この異世界では特にやることもなく、客室のベッドに寝ころぼうとしたところ――
「こちらに着替えてから休んでください」
例のごとく、俺はミーナによってあっという間に上着とズボンを脱がせられて、半袖のパジャマを着せられていた。
着替え終わってベッドの上に横なるとなぜか「こちらを見ないで、あちらを向いていてください」と言われ、俺は体を壁側に向ける。
次の瞬間、聞こえてきたのはファスナーの開閉音のような音。続いて、スルリと衣服を脱ぐような音。
(え……)
「それじゃあ、添い寝しますね」
おもむろにミーナがそう告げ、当然のようにベッドに上がり、布団に潜り込む。
「……もうこっちを向いていいですよ」
……何か着てるよな?
「いや、添い寝って……観察ってそういう意味だったのか?」
体の向きを元に戻しつつも、なるべく隣のミーナの方を見ないように、天井に視線を向けながら俺は訊ねる。
「ええ。私、領主様から命じられてますから。異変があったらすぐ報告するように、って。……べ、別に好きでやってるわけじゃないので」
「……異変って?」
「寝汗の量とか、寝相の崩れ具合とか……あ、発熱もですね。というわけで――」
ミーナはくいっと俺の右腕を引き寄せ、自分の胸元へとぎゅっと抱き寄せた。
柔らかな感触が二の腕に密着する。
「うわっ……!」
「はい、体温測定です」
「その測り方ある!?」
着てるんだよな!?
「肌を触れ合わせて五分間じっとしててくださいね。あ、動いたらもう一回やり直しです」
ルシアもたいがいだが、ミーナの言動もだいぶおかしい。
いや、そもそも「観察」とか言っていたが、これではもうただの――
(……いや、考えるな。今は、ただ休養していればいいだけだ……!)
だが、ミーナの頬が微かに赤く染まり、視線を泳がせているのに気づいてしまう。
こっちだって、何も感じないわけがない。
「……落ち着きませんか?」
ミーナがぽつりとつぶやく。
「そりゃあな。どうしても、変に意識しちまうっていうか……」
「……べ、別に。私は命じられただけですから。こうしているのも、体温測るためですし。勘違いしないでくださいね」
「……ああ、わかってるよ」
「それに……あなた様は、この世界のことを何もわからず、いろいろ戸惑ってるでしょ。少しくらい……こういうのも、悪くないかなって……ちょっとだけ思っただけで」
彼女の言葉は、半分正解で、半分違っていた。
不思議なことに、俺はこの世界のことを何もわからないわけではない。なぜか言葉や文字を理解できている。そして、「魔力」や「魔石」といった、元の世界にはなかったはずの概念を、現代知識と組み合わせて理解できている。たとえば、ルシアの地下研究施設の風呂の応急修理も、自然と頭に浮かんだ方法で成し遂げることができた。
……なぜ、こんなにもこの世界に順応できているのだろう?
その理由を考えようとすると、体も心もひどく疲れてしまう。――今みたいに。
「そういうの……気にかけてくれて、ありがとな」
俺がそう言うと、ミーナはぷいと顔を背けた。
「べ、別に。感謝されるようなことじゃ……っ。これは、仕事なんですから」
でも、彼女の声はどこか優しくて、ほんのわずかに震えていた。
「……体温、少し高めかも。観察のため、もう少しこのままでいましょう。あくまで観察ですからね?」
それからしばらくのあいだ、俺たちは同じ布団の中で静かに横になっていた。部屋には俺とミーナの呼吸音が小さく響くだけだ。
「……この世界のこと、少しずつ慣れてきましたか?」
ミーナがぽつりと尋ねてくる。俺は天井を見上げたまま、少し考えてからうなずいた。
「うん。最初は何が何だか分からなかったけど、君やルシアのおかげで、少しずつだけど居場所ができてきた気がするよ」
するとミーナは、ほんの少しだけ声を緩めて言った。
「それは……良かったです」
静かな言葉。でも、そこには本心が滲んでいるような気がした。
「ミーナって、なんでそんなに世話焼きなんだ?」
俺の問いに、彼女はそっぽを向いて答えた。
「ふ、ふん。勘違いしないでください。これは専属侍女としての仕事です。あなた様のお世話をすることが出来て嬉しいなんて、これっぽっちも思っていませんから」
俺は、そっと布団の中で体を少しだけ彼女の方へ向ける。
「うん、わかってる。でも……なんか、君のこと、もっと知りたくなってきた」
その言葉に、ミーナはわずかに肩を揺らし、そっぽを向いたまま小さく呟く。
「今は……ゆっくり心身を休ませることが第一です。……余計な発熱は厳禁です」
彼女は相変わらず無表情で、だけど、その声は少しだけ嬉しそうでもあった。
やがて、まどろみが俺の意識を包んでいく。
遠のく意識の中、ミーナの声がかすかに聞こえた。
「……おやすみなさい」
その言葉に包まれるようにして、俺は静かに眠りへと落ちていった。




