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第1話 転移画面は突然に。しかも、あきらかに怪しい。

 夜。

 レポートの締め切りを控え、俺は自室の机にかじりついていた。

 理論物理学を専攻する俺の今回の課題は、「非線形振動系におけるカオス的振る舞いの基礎解析 — Duffing振動子を例に —」。理屈は面白いが、レポートにまとめるのは地味に骨が折れる。


 数式とにらめっこしていた俺は、ふと我に返り、キーボードを打つ手を止め、目を上げる。

 時計は午前二時を回っていた。

 いい加減、風呂入って寝るか──そう思った、そのとき。


 ポン、という間抜けな音とともに、ノートパソコンの画面が一瞬暗転し、何かが表示された。


 《あなたは魔王を倒す勇者に選ばれました!》


 ・絶対安全です!

 ・勇者は女の子にもてます!

 ・魔王を倒せば元の世界に戻れます!

 ・失敗して死んでも元の世界に戻るだけです!

 ・期間限定、無料体験キャンペーン実施中!あなたも異世界で第二の人生を!


 異世界への転移を希望しますか?

【はい】/【いいえ】


「……は?」


 思わず声が漏れた。

 いや、なんだこれは。ウイルス? 新手の悪質なスパム広告? 最近のポップアップって、こんなテンプレ異世界風になってるのか?


「絶対安全って……完全に信用できないワードランキング1位だろ……」


(……でも、本当だったら面白いかも)


 少しだけ、そんなことを思った瞬間。


 もちろん、マウスは動かしていない。なのにカーソルは勝手に「はい」の上に。


 カチッ。


「おい!?」


 クリックされたのは確かだった。しかも、自分の意思じゃない。

 ディスプレイがぐにゃりと歪む。周囲の音が吸い込まれ、視界が急激に白く、白く──


 意識が、落ちた。


 ◇


(……ここは?)


「……目、覚めた?」


 声がした。少女のものだ。無邪気で、張りのある声。


「おい、誰──っ」


「しゃべった! 発声反応あり、言語は……解析可能範囲。やった……やったわ!」


 白衣の少女は、両手を握りしめて喜びに震えていた。


 体が重い。動けない。

 何かの台の上に仰向けで寝かされていて、手足は固定されている。頭上には、見たこともないような奇妙な形状の装置。そして、真上から俺を覗き込む、一人の少女。


 赤色の髪。琥珀色の瞳。年齢は……十代半ば?

 人形のように整った顔立ちで、目を合わせるだけでドキリとするような美少女だった。


「へぇ……思ったよりも生体反応安定してる。心拍も正常。意識の回復も早い。……異世界召喚個体としては上々ね!」


「……召喚?」


「こちらの言葉も通じてるのね。よかった!次は神経系の反応を見たいから、少し刺激を加えるわよ」


「は? ちょっと待て、君は……」


 彼女は俺の言葉を遮るように、無邪気に続けた。


「安心して。まずは観察するだけで、すぐに解剖したりしないから!」


「いやいやいや、怖すぎだろそれ!」


 少女は装置のパネルに手を伸ばす。


「……質問。あなた、科学に心得がある?」


「え、ああ、一応……理系の大学生で、理論物理学を専攻してる」


「へぇ……」


 初めて、少しだけ彼女の表情が変わった。興味を持ったような目。ほんの少しだけ、口元が綻んで──すぐにまた、ツンと戻った。


「べ、別に期待したわけじゃないけど……!ちょっとは使えるのかもしれないわね。私の研究を理解できるかもって、ほんの少し思っただけだから。勘違いしないで」


「……はい?」


「私はルシア・エルヴェラ・アストレイン。王立魔法学院の召喚術トップクラスで、魔導式いじらせたら右に出る者はいないわ。そんな私がわざわざ成功率を限界まで引き上げて召喚したんだから、感謝してよね!」


「成功確率はどれぐらい? 失敗したら?」


「成功確率は低くないわ。万一失敗しても最悪死体で転送されるか、体の一部が転送されるだけで、私は安全よ。何も問題ないわ」


 ツンとすました顔で言い切る少女──ルシアは、そう言って再び手元の装置をいじり始めた。


「……で、成功確率は?」


「ところで、あなたの好きな食べ物は? 成功したお祝いに好きなものご馳走してあげるわよ?」


「いいから、成功確率は?」


「……シミュレーションではおよそ19%。これは魔導師の世界じゃ奇跡みたいな数字よ!……さ、まずは脳波計測から始めましょう。嫌なら抵抗してもいいけど、その場合は麻酔魔法で無理やりやるだけよ」


「……あの、転移画面の話、聞いていい?」


 女の子にもてるどころか、危うく死体になりかけたので、もはや騙されたのは明らかであったが念のため聞いてみる。


「転移……画面?」


 彼女はきょとんとした顔をした。

 俺は語気を強めて言う。


「“女の子にもてます”とか、“絶対安全”とか、“死んでも元に戻れます”とか……あれ、嘘だったのか?」


「……あんた、そんなもの信じたの?」


 ルシアは顔をしかめ、呆れたようにため息をついた。


「あんなのに騙されるなんて……そっちの世界、案外脳が単純なのね」


「……」


 言葉が、出ない。


(最初から全部、釣り文句だったってことか……)


 ここは異世界。俺は勇者でも何でもなく、この魔法使いのツンデレ美少女の、召喚実験のサンプルだった。


 そして──この子、たぶんマジでヤバい。

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