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アニティドローム  作者: 夏海也哉
水守もゆり編
4/6

 四月。あれから、受験の面談を受け案の定合格を果たした。

 おじいちゃん先生はなんと、葉咲(はざき)高等学校の校長先生だったみたい。

 面談をしてくれたのは、もゆよりも小さい先生。でも、何年も先生してるみたいな貫禄があったなぁ。

 色々と準備をしていたら、あっという間に入学式を直前に迎えていた。


「もゆり、制服に袖通してみた?」


 お母さんが部屋へ来て、新品の制服を前に仁王立ちしているもゆに語りかける。

 …袖を通したいけど、入学式まで取っておきたい気持ちも、ある。


「もう、そんなことしてないでっ!早く袖を通しちゃいなさいな、後で写真も撮りたいんだから」

「そうは言ってもぉ……」


 新品の制服ってだけで袖を通すのがなんだか勿体なく感じる。

 …数日後にはこの制服を着て登校しないといけないんだけど。

 背に腹はかえられないってやつ?

 透明なビニールを優しく剥ぎ取っていき、シワひとつない制服を手に取る。

 ………可愛い。もゆが着たら絶対似合うに決まってる。


「………うさ耳生えた女子高生とか、実はめっちゃ可愛くない?」


 もしかしたら高校生では、男の子たちにいっぱい告白されちゃうかも!可愛い!素敵!って!

 制服を一目見ただけで妄想が膨らむ。

 もゆももう高校生なんだ。

 どこか実感が湧かなかったけど、やっとそれらしい気持ちが湧き上がってくる。

 もう少し、もう少ししたらはれて女子高生。

 ………緊張、するなぁ。

 段々と、自分のトラウマが浄化されていってるような気がする。

 この耳も、冗談を考えられるくらいには受け入れ始めている。

 入学したらすぐにでも、治っちゃうんじゃないかな!?

 それを夢見ながら、制服に袖を通し最終確認。


「………うん。大丈夫、もゆ可愛いよ。アイドル向きだよ。だから、高校ではもっと頑張ろうね」


 鏡に映る自分に語りかける。

 鏡の向こうのもゆも、うんっと力強く頷いてくれた気がして、強く心が震える。

 早く、入学式にならないかなぁ……。















 -----------------------------------------------
















 入学式当日の朝。もゆは、家族の誰よりも早くに目が覚めた。もうぱっちりと。

 なので今朝の支度は念入りに行おうと思う。せっかくの入学式だしね。

 お母さんの少し良い乳液だったり、保湿系のクリームを顔に塗る。

 それだけでもゆの肌は綺麗になる。

 お化粧は軽めに、でももゆの可愛さが際立つ程度に念入りにやる。

 ほら、鏡に映るもゆ……最高に可愛い!


「………ふふふ、高校までの道のりでスカウトされちゃったりして〜」


 時刻はまだまだ早い。空もやっと明るくなってきた頃。

 でももうもゆの心はウキウキワクワクしてて、今にも走り出してしまいそう。

 可愛くなって気分もいいので、普段はサボりがちのラジオ体操をする。結構しっかりと。

 そうしてラジオ体操が終わる頃、程よくお腹も空いてきたあたりでお母さんが起きてくる。


「ふぁ…………ぁ……えっ!?もゆり!?………は、早起きすぎねぇ……」

「えへへっ!入学式楽しみすぎてっ」


 そ、そう……とお母さんは驚いてたけどもゆだってやる気を出せばこんなもん!

 ソファに腰掛けてテレビを見る。優雅な朝って、こんな感じなんだろうなぁ。

 心がとても晴れやか。今日はきっといい日になるに違いない!!


「……お母さん!朝ごはん、目玉焼きと食パン食べたい!」

「なによ、その組み合わせ?変なの〜」


 あははと笑い合える朝。最高にいいなぁ。

 ずっとこんな風に続けばいいのに……。

 お母さんと楽しくお喋りをしていると、カタッという音とともにお父さんも起きてくる。

 お父さんの寝起き、久々に見たなぁ。

 いつもはもゆが寝てるから顔を合わせる機会がめっきり減ったんだよね。夜も帰ってくるの遅いから、大体もゆが寝たあとに帰ってくる。

 だからかな、すごく気まずい。


「……もゆり、朝から元気だな。そんなだらしない格好して……」

「だ、だらしないって部屋着だもん、しょうがなくない?」

「何がしょうがないんだ?まったく、化粧までして………お前がめかしこむにはまだ早いんじゃないか?少し前まで中学生だっくせに……」


 ………最近顔を合わせていなかったからすっかり忘れてた。お父さんがこういう風にぐちぐちともゆの容姿に対して口を出して来る人だってことを。

 ふいっと顔を背け、せっかく楽しい朝を台無しにされた気分になり足早に自室へと戻る。

 ……そういえばもゆ、お父さんに言われた"あの言葉"を境に、色々と気にして囚われて……そしてアニティドロームを発症したんだっけ。

 "あの言葉"を思い出す度に胸がチクリとする。

 いい日になると思っていたのに、テンションはだだ下がり。朝食に呼ばれるまで布団の中に隠れるように潜っていた。



「もゆり、朝ごはんよ」


 はっと気がつけばもう七時頃。お父さんは六時半頃には家を出ているため、今はリビングにはいない。

 もゆの入学式だって来てはくれない。


「早く食べて、支度して入学式に向かいなさい」


 お母さんは変わらない。いつもみたいに接してくれる。

 …大まかに発症した理由はお父さんと友人たちにあったけど、そういえばお母さんも……そっち側だったな。

 あれ?もゆの味方、もしかしていないんじゃない?

 みんなみんな、敵なんじゃない?

 そう思った途端もゆは息が苦しくなった。どうやって呼吸をしてたか思い出せなくなった。

 今日……いいになると思ってたのになぁ……もう、散々な日だよ……。
















 -----------------------------------------------
















 高校までの道のり、お母さんは結局一緒に来てはくれなかった。

 お家のことをしてから入学式に間に合うようには行くって言ってくれたけど。

 ……フードも何も被らないでそのまま出てきてしまったからか、嫌に視線が刺さる。

 そういえばこの時間は小中学生たちも登校の時間か。子供たちの「うさ耳生えてるー」なんて言葉を耳にすると頭を隠して走り去ってしまいたくなる。

 見ないで欲しい。こんな可愛くないもゆを。

 少し前のハイテンションだった時は、この耳も愛せると思ったのに。

 本当に嫌だ、どうしてもゆが発症したの?なんで?もゆ、何かいけないことした?

 ただ、アイドルになりたいって夢を見て頑張ってただけのはずなのに?

 歩みを止めてしまったら、そのまま膝から崩れ落ちてしまいそうで、高校まで止まらないようにただただ歩く。

 もゆの心はもうはち切れそうだった。


「ぁ……生徒、いっぱい……」


 一角を除いて、沢山の生徒たちが集まっていた。

 その一角にはアニティドロームの子たちが固まって集まっている。そして、視線が集中していた。

 少し遅れて到着したもゆにも、大量の視線が浴びせられる。


「……うわ、兎の耳だ……」

「縦に長いタイプのうさ耳なんだぁ」

「え、なんか可愛いをウケ狙ってるだけじゃね?」

「なんか、エロくね?うさ耳って」


 あぁいやだ。もう。

 この学校はもゆを守ってくれるんじゃ、なかったの?

 耳を隠すように俯き、木陰に身を潜める。

 ただただ空気のように。もゆはいない存在だと思って欲しくて。

 そしたら、校舎の方から体の大きな人がこっちに走ってくるのが見えた。

 本物の、くまかと思うほど。

 そして一部の生徒の親の前に立ち、声を張り上げる。


「は、初めまして!僕は今年から教師になったまだまだ未熟な大八木(おおやぎ)(ひのき)と申します!そして、お子さんたちを責任をもってお預かりし、教育をしていく立場……担任になります!」


 その大きな見た目と声に圧倒されてほとんどの視線がくま先生に向けられる。

 そうしてそのまま、くま先生は畠中(はたなか)と呼ばれた保護者と口論し始める。

 もゆの視線は……くま先生だけを捉えてた。

 大きな大きな、くまみたいなのに優しくてもゆたちアニティドロームのことを考えてて……ていうか、くま先生もアニティドロームなのに……。

 くま先生は前方の人たちを連れて体育館の方へと向かい始めたのでもゆも慌ててその後ろに着いていく。

 その道中、同じアニティドロームの子たちに目をやる。

 畠中と呼ばれた子は猫みたい。長いしっぽがゆらゆらとしてる。

 すんごい丸い、多分……羊?っぽい子もいて、大きな耳が特徴的なネズミの子もいる。

 犬の子もいる!あ、でもこの子は男子制服着てるから……男の子?なのかな。

 んん?男の子で狐の子……か。尻尾ふっと!もふもふしたい……。

 本当に色んな動物を発症してる子ばかりなんだな、とアニティドロームに対して少し知れた。

 中学ではもゆの他にアニティドロームを発症している子なんていなかったから、こんなに沢山いるなんて新鮮だなぁ……。


「それじゃあ、好きなとこに座って!」


 くま先生はもゆたちに、パーテーションで仕切られて椅子が並べられてる場所まで連れてきた。

 わらわらとみんな好きな所へ座っている。もゆも、二列目の真ん中に座ると、隣にはあの畠中さんがいた。

 ……美人。もゆには無いものがこの子にありそうで、羨ましく思う。

 少しだけ横目でジッと彼女を見つめる。彼女は、こちらを見向きもしないけど。


「まだ入学式は始まりませんが、一足先に僕から自己紹介しますね」


 くま先生が突然話を始める。

 びっくりして、一瞬でくま先生に視線を移す。間近で見ても、やっぱり大きいなぁ。


「僕は先程も言った通り名前は大八木椈です。熊の耳と尻尾が生えてます!熊だからといって、別に乱暴とかそういうことはなくて……昔友人に言われたのはおとぎ話に出てくるような呑気な方の熊だって言われたこともあるくらい、割と………その……能天気です」


 なんだかその自己紹介が、もゆたちに信頼をしてほしいみたいな雰囲気でだんだんとバカらしく思えてくる。

 笑うつもりなんてなかったけど、ふっと笑いがこぼれた。

 それを見たくま先生がぱっと顔を明るくしてもゆに言葉をかける。


水守(みなもり)さんですよね?アイドルを目指されてるとか……」

「!……なに、くま先生もゆのこと調べたりしてんの?」


 突然もゆの夢を当てられて、くま先生が怖く思えた。

 また……バカにされると思って。しかも、こんだけの人たちに聞かれたら、それはもうもっと沢山の人にバカにされるに決まってる。

 そう思うともゆに怒りの感情が湧き上がってきて、信じようとしたくま先生が敵に見えてしょうがなかった。

 このまま飛びかかってしまうんじゃないかって時に、隣からぽつりと言葉が聞こえた。


「あなた馬鹿じゃないの?先生が生徒の情報知ってないといけないでしょ。誰もがあんたのファンしてると思うな」


 ……………はあ?何こいつ!?

 初対面なのになんでこんな辛辣なこと言ってくんの!?……っていうかもゆのこと、そんな自意識過剰だと思ってんの!?

 怒りの矛先はくま先生から、畠中さんへと移る。

 わなわなと拳を震わせて反論してやろうって思うより先に言葉が口をついて出ていた。


「はあ!?何よ、ブス!教師の仕事事情なんか知るわけないでしょ!?後々知っていくことになるかもしんないじゃん!あと、全員がもゆのファンだなんて思ってないわよ!」


 息を荒らげて畠中さんに反抗する。その際も畠中さんは静かに淡々と、もゆを捉える。

 その冷たい視線に、後ずさりしてしまいそうになる。

 ぐっと踏ん張って、精一杯の威嚇を見せるべく頬を膨らませて怒ってますとアピールをする。

 止めようとするくま先生が視界に入ってるけど、無視して畠中さんと喧嘩をする覚悟でいた。

 冷たい視線をこちらに向けたまま、かかってこいと言わんばかりに無言の圧力をかます畠中さん。

 堪えられなくて思ってもないことを言ってしまいそうで、でも止められなくて。

 口を開いたと同時に、面接の時に会った小さい先生がパーテーションの隙間からひょこっと顔を出してくる。


「大八木先生、もう少しで他の生徒たちも集まってきます。静かにお願いしますよ!あと、喧嘩してるそこのおふたりは席を離してあげればとりあえず解決しますー!」


 一部始終を見ていたかのように小さい先生は的確に指示を残してぴゅっといなくなってしまった。

 ……なんか、怒りが抑えられた気がする。

 そのままくま先生はもゆと畠中さんを離しもゆもほっとする。

 ちらりと右側に目をやると大きな耳のネズミの子が目を瞑って座っている。

 ………寝てるの、かな?

 もうすぐで式も始まるから、話しかける訳にもいかず前を向いてただただ座った。



 入学式が始まり、一般生徒の入場が始まる。

 みんなぱちぱちと拍手をし始めるから、慌ててもゆも手を叩く。ぱちぱちというよりは、ぺちぺちみたいな拍手になってるけど。

 周りの音がだんだんと静かになり始めたので合わせてもゆの拍手も静かにしていく。

 ふう、と一息つく間もなく、校長先生からのご挨拶です、というアナウンスと共に前方の舞台の上にあのおじいちゃん先生が登ってくる。

 ……本当に校長先生だったんだ。


 『えー……ぉほん、新入生の皆さま、ご入学おめでとうございますね。初めはまだまだ慣れない学校生活になると思いますが、クラスメイトたちと切磋琢磨をし成長していってくださればと思いますね。さて、本校では今年から新しく専科を設けました。皆さまも薄々勘づいていらっしゃるかと思いますが、そう…そちらのパーテンションの内側』


 真面目に聞いていると突然もゆたちを刺されてびっくりとして肩が跳ねる。

 せっかくパーテーションで隠してるもゆたち、ここにいるってバラしてどうするんだろう?

 きっと、このパーテーションの裏側ではもゆたちのことを見てるんだろうな。

 そんな気がする。


 『彼らはあくまでも本校の生徒で、君たちとなんら変わりません。少しだけ違うとすれば動物の耳や尻尾が見た目に反映している、ということだけ。決して異質な存在じゃぁありません。きっと皆さまとも関わりがあることでしょう。その際は決して忌み嫌わず、寄り添おうとしてみてください』


 おじいちゃん先生も、学校見学の時はアニティドロームを歓迎ムードだったのにやっぱりアニティドロームは変なやつ!っていうレッテルを貼りたがってるのかな、って思ったら違った。

 そりゃそうだよね、もしもアニティドロームに否定的ならそもそも専科なんて設けないし……。

 どうしたんだろう、もゆ。人を、信じられなくなってるのかな……。

 おじいちゃん先生は、よろしくお願いします。と最後に残し舞台から下りていく。

 きっとここには優しい人しかいない。でも今はその優しさが、もゆを攻撃してしてるみたいで。胸が、痛い。















 -----------------------------------------------















 式が終わり、一般の生徒たちが続々と教室へと移動していき、もゆたちアニティドロームも教室へ向かうことに。

 道中の廊下で、もゆたちは静かに口を閉ざしていた。

 他の子たちが何を思っているかは分からないけど、もゆは……。


「……ねえ、くま先生。もゆ、こんな姿だけど……他の生徒と仲良くできるかなぁ…」


 ぽつりと出た言葉は、くま先生に向けての質問だった。

 ぱっと顔を上げると他の子たちも一緒にくま先生を見つめていた。

 あぁ、同じことを考えていたんだ。

 おじいちゃん先生の言葉に、もゆの頭の中には一般の生徒と仲良くなれるかどうか、そればかり考えていた。

 まだ諦めたわけじゃない。

 もゆだって……耳と尻尾が生えただけの他は普通のことなんら変わらないんだから。

 少しだって、望んでいいよね………?


「……大丈夫、僕があなたたちに幸せな未来を送れるように尽力しますので」


 くま先生は決して『きっと友達ができる』なんて言わなくて。

 でも可能性を否定するわけじゃなくて。

 もゆたちのことを全力で考えていてくれている、ということだけは伝わる。

 ……ダメだね、もゆ。しっかりしなきゃ。

 この高校生活で、アニティドロームを完治させるんだ、絶対に。

 そうして、アイドルという夢を笑わせたりなんかしない。叶えて、みせる。

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