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アニティドローム  作者: 夏海也哉
水守もゆり編
3/6

 もゆには、幼い頃から抱いてる大切な夢があった。

 家族の前で当時人気だったアイドルのモノマネをすると、お父さんもお母さんも笑顔になって…もゆを見てくれるのが、たまらなく好きだった。

 だからもゆは、いつか絶対にアイドルになってやる!って心に誓ったの。

 ……なのに。みんな、みんなみんなみんな、もゆの夢をバカにするの。

 こんなにももゆは真剣なのに。

 お父さんも、お母さんも、友だちみんな。

 もゆをバカにするの。

 ……そうして中学の卒業間近、もゆの頭の上には長く長く伸びた、耳が生えていた。

 それが、もゆの発症の始まり。










 -----------------------------------------------










 二月。もゆは、残り少しの中学を休みがちになっていた。

 その理由は見た目に変化があったから。

 お医者さんが言うには、『思春期性動物(アニマルバティ)症候群(シンドローム)』らしい。略してアニティドローム。

 もゆの心の揺らぎが、動物になって身体的に現れたらしい。


「……今日も消えないな、耳……」


 ウサギは可愛い。小さくて、ふわふわで。

 女の子は誰しもウサギを好きになるんじゃないかな?ってくらい、もゆの中に可愛い動物=ウサギが根付いていたことによる見た目の影響らしい。

 今となってはウサギが心底嫌い。ウサギっていう存在があるから、もゆが困ってるんだ。


「もゆり、今日も学校行けそうにないの?」


 ノックも無しに扉の向こうで声を掛けてくるお母さん。

 最近は、もゆが学校に行かないもんだからイライラとした声でもゆに話しかけてくる。

 ……無視が一番楽なんだけど……怒ると今日の晩御飯無しになっちゃうからなぁ。お腹が空くのは嫌だ。


「……行きたくない、また…耳笑われちゃう」

「はぁ………あなた、そんなんで高校とかどうするのよ?いつまでもそうやってなんていられないわよ?」


 知ってるもん。

 ほとぼとり?が覚めるまでここにいるだけだもん。

 お医者さんだって、もゆの心の整理がついたら治るって言ってたもん。

 ……でもそれっていつなんだろう?

 発症した理由は分かってる。もゆの夢をバカにされたから。

 でも、お母さんはたったそれだけで?ってまたバカにしたの。

 こんなにも、こんなにももゆは真剣なのに。


「お母さんのバカ……」


 涙は枯れ果てて、もうもゆの瞳から涙はこぼれ落ちない。

 枕元に置いてあったスマートフォンがポンッと光り、何かしらの通知が来たことを知らせてくれる。

 ……お医者さんからだ。


水守(みなもり)もゆりさん、お元気ですか?もう学校へ通えるようになりましたか?』


 メールの一文目はもゆを心配する言葉だった。

 いつもとおんなじ並び。もう見飽きた。

 そう思ってスマートフォンを閉じようと電源ボタンに指を添えて、ふと下に続く文字に目をやる。


『もゆりさんに朗報です。葉咲(はざき)高等学校をご存知ですか?数年前に設立されたまだまだ新しい高校なんですが、その高校で今年からアニティドロームの子たちのための専科を設けるみたいなんです』


 勢いよくスマートフォンを持ち上げる。

 まるで、もゆのためのような展開。

 神様が……もゆに手を差し伸べてくれてるみたい。


『お母様と一緒に良ければ葉咲高等学校に見学へ行ってみて下さい。今年からの新設になるみたいなので、受験方法が少し変わるみたいです』


 もう、いても立ってもいられなくてもゆは部屋を飛び出し、お母さんの目の前まで走っていった。

 もうもゆは止まれなかった。


「お母さん!!もゆ……この高校受けてみたい!!」


 突然のことにお母さんは目を丸くしてもゆを見つめる。

 また何かバカなことを言って……って怒られるかと思った。今回は違った。


「もゆり!!………良かった…もう、高校にも行かないんじゃ無いかって……思ったから……」


 お母さんの目からは、今までに見たことのないくらい大粒の涙が、ボロボロとこぼれ落ちていた。

 もゆ……ここまでお母さんを追い詰めていたのかな?

 また心がぎゅっと痛くなる。

 もゆだって止まっていたくない、進みたい。多分、これが最後のチャンス。

 ここに受かって、勉強もしっかりやれば…きっとみんな、もゆがアイドルになるっていう夢を応援してくれるよね……?


「いいわ、今度その高校に見学に行きましょう?」

「……っ、うんっ…!ありがとう………お母さん……っ」


 ぐちゃぐちゃとした心の中で、お母さん大好きっていう気持ちがぽわんと溢れる。

 涙は枯れたと思ったんだけどなぁ……まだ、出てくるや。

 お母さんと抱き合って、もゆもボロボロに泣いた。











 -----------------------------------------------











 二月中旬。葉咲高等学校に見学に来た。

 お母さんと二人で。

 耳と尻尾を隠すように制服の上からフードを被って街を歩く。

 まだ、人からの視線に慣れなくて俯きがちに歩く。


「ほら、前を向かないと転ぶよ?」

「…わかってるもん……」


 お母さんのその言葉を言われても、顔を上げてしまえば耳がぴょこんと出てきてしまうかも……と不安に駆られる。

 まだまだ慣れない、この見た目。

 でも葉咲高等学校に受かれば、もゆみたいな人たちが沢山集まってくるってことだよね?

 そうしたら………きっともゆの悩みも分かってくれるはず。

 淡い期待を胸に、もゆは少しだけ顔を上げる。


「まあ、まあまあまあ!結構な人数受けるのねえ。葉咲高等学校なんて、あんまり聞いた事のない高校だったから知らなかったわぁ……」


 お母さんはあふれんばかりの人混みの中を、難なくスルスルと前へと進む。

 慌ててお母さんの後ろへ着いて歩くけど、下を向いてると人混みにのまれそうになってしまう。


「ぐっ……ふうぅっ……!」


 少しでもお母さんとはぐれないようにと必死に目の前を歩くお母さんに着いていく。

 きっと今、もゆの顔すんごいブサイクだ。必死な顔で……あぁきっとまた笑われてしまうんだろうな。

 そう思っていても一生懸命着いて行くのに必死だった。


「あらやだ、もゆり遅いわね〜」

「っ……ぜぇ…はぁ……お母さんが、グイグイ行き過ぎ……なんだよぉ……ぜぇ……」


 なんとか逸れずにすんだけど、息が乱れてしまう。

 整えながらゆっくりと校舎を見て回る。

 数年前に出来たばっかりって言ってたからやっぱり結構……うん。綺麗。

 旧校舎とかあったらどうしよって思ってたけど…これなら全然…!


「綺麗ねぇ……生徒さんが一生懸命に綺麗にしてくれてるのねぇ」


 お母さんの瞳もキラキラしてる。

 こんだけ綺麗な校舎だったら毎日通ったってきっと気分いいよね。


「あら、あれここの制服かしら?まあまあまあ、すっごく可愛いじゃない!」


 お母さんの指さす方へ視線を向けると、セーラー服のような見た目の少し変わった制服。

 正直に言って……めちゃくちゃ可愛い!ベストも何種類かあるみたいで、すごくカラフルになっていた。

 すごいすごい!ピンク色のベスト、着たい!

 もうもゆの中では受かったも同然というか、通う未来しか見えずにいた。

 制服を見て浮かれていると、校内放送が入る。


『これから新設されました専科の受験についてのご説明を行います。該当者はご自身で判断の上、体育館へお越しください。』


 これって、もゆのことだよね?

 もゆのことっていうか……アニティドロームの。

 校内放送の意味を理解していない人達はひそひそと、新設された専科って何?と会話しているのが聞こえる。

 あーあ、これが芸能科とかだったら鼻が高いんだけどな。


「ほら、もゆり!行くわよ!」

「うん……」


 お母さんに手を引っ張られ、体育館へと向かう。

 数人もゆと同じ方向へと歩いていく人が横目に見えるから、あの人たちもきっとアニティドロームなんだろう。

 もゆ以上に……悩んでる人なんているのかな。






 体育館へと入ると、数席用意されてあり教師っぽい人が一人だけいた。

 小さなおじいちゃん。

 ぽやぽやと笑いながら椅子へと案内してくれる。


「ふほほ……こちらにお座り下さいけね」


 誘われるままにお母さんと一緒に並んで座る。

 もゆが席に着くと、続々と他の生徒も入ってくる。でも人数はそんなに多くない。


「ぉほん、それではね。えー…受験についてのご説明をさせていただきますね。新設告知を出しましたのも結構ギリギリでしたので、今年のアニティドロームの生徒のみ面談だけの受験にしたいと思います」


 おじいちゃん先生は淡々と言葉を告げる。

 両親たちはざわざわとしてたけど、もゆ的には勉強をパス出来そうでラッキーぐらいにしか思わなかった。

 でも、もゆの耳に入ってくる両親の言葉は「試験をパスして実力が合わなかったどうするの?」とか「うちの子に悪影響を及ぼす生徒が混ざってないか心配」とか、アニティドロームっていう点を思うんじゃなくて受験方法に不信がいってるみたいだった。

 もゆのお母さんもあんまりいい顔はしていない。


「まあまあ、ご父母さんたちのお話も分かります。アニティドロームの子たちばかり贔屓している状態になっておりますね。……ですが、あくまでも我々はアニティドロームの子たちに心の拠り所を作って欲しいという思いから専科を設けました」


 おじいちゃん先生が、もゆたちアニティドロームのことを理解しようとしている姿になんとなくもゆの心はほわんとした。

 今までアニティドロームは異質な存在で、見た目が他の人と違うっていうだけで、陰でコソコソされたり腫れ物扱いされたりで。

 もうウンザリだった。


「きっとこの子達も中学校では肩身の狭い思いをしているでしょう。もしかすると、それが理由で通えていない子もいるかもしれない」


 その言葉にもゆはギクリとした。

 ……耳と尻尾が生えてることに、触れて欲しくなかった。

 だって朝起きたら突然生えてるなんて、早々起こりうる事案じゃないと思うの。

 それを他の人は面白がったり、気味悪がったり……。

 対応は様々だけど、もゆには耐え切れる状況じゃなかった。


「そんな子たちが安心して、高校を通える場所を作れば少しでも助かる命が……おっと。この話はこの辺りで。一般生徒にももちろん尽力を尽くしますし、アニティドロームの子たちも、一般の生徒と分け隔てなく生活できるように我々は動く次第ですね」


 あくまでももゆたちを他の生徒と同じ扱いにしたい、おじいちゃん先生はそう言う。

 ……叶うならもゆも、普通の女子高生をしたい。

 友達といっぱいお喋りしたり、放課後に買い物に出かけたり……。

 それで、アイドルのレッスンを受けて在学中にアイドルデビューなんてしちゃったり……って、夢見て。

 もう、叶わないかもなんて思ったりもしてるけど。

 諦めてるわけじゃない。


「面談日は追ってご連絡させて頂きますね」


 ふほほ、とおじいちゃん先生は優しい顔で笑ってもゆたちを見送ってくれた。

 良い先生だなぁ…老い先短いだろうけどあんな先生が担任だったらきっと楽しいだろうなぁ。


「………まあ、普通の高校でこの見た目をからかわれて、また通えないってなるよりかは、ここを受けてみるのが良いわよね」


 行く前と打って変わってお母さんはあまり乗り気じゃなさそう。

 でも、もゆもこの学校がいい。

 同じアニティドロームの子たちがどんな人なのかも知りたいけど、きっとここでならもゆはもゆであれる気がする。

 ……そんな気がしてるだけかもだけど。

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