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アニティドローム  作者: 夏海也哉
大八木椈編
1/6

 僕の心は、大人になれますか?







 


















 新たな年を迎えて早々、僕の心はソワソワと浮き足立っていた。

 初めてのことだらけの年になりそうで、不安もあるが楽しみが勝って落ち着いてはいられなかった。


「………とうとう、この春に…僕の夢が叶うのかぁ……」


 そう。幼い頃からの夢だった『教師になる』という夢。僕はその夢を叶えるために、教員免許を取得してこの春に晴れて教師だ。

 長い道のりだった……。でも、教師になるには通らなければならない道だ!

 ぐっと拳を握り、自分を鼓舞する。

 ふう、とソファに腰掛けて一抹の不安が脳裏によぎる。

 僕には、現代においてとても不思議な病を患っている。病といっても精神病が起こす奇病のようなもので。その名を〈思春期性動物(アニマルバティ)症候群(シンドローム)〉、通称 " アニティドローム " という。

 これは思春期を迎えた少年少女らに身体的な動物の特徴が現れるという摩訶不思議な病。

 あまりに不思議で症例も少ないことから、その存在を知らない人も多く、その特徴的な見た目から奇異の目で見られる。

 しかし、その病も永遠に続くわけでは無い。本来は。

 僕はアニティドロームの中でも稀に見る存在で、二十三歳になった現在でも、発症し続けている。

 ………その為、より一層奇異の目で見られると言うわけだ。

 それが、一抹の不安。

 不安を振り払うように、ふるふると頭を振る。

 四月には、新しい職場で新しい人生を歩むんだ。アニティドロームを気にしていては前には進めない。


「……僕も、変わらなきゃいけないんだ」


 強い思いを胸に宿し、一歩を歩き出そうとしていた。















 -----------------------------------------------















 二月。僕がこれから働く学校に顔を出す日が来た。

 早くももう二ヶ月後には教師として学校へ通わなければならない。あたふたしないためにも、事前に校長先生や他の先生にもご挨拶を兼ねて赴くことになった。

 高鳴る胸を沈めるように、鏡の前に立ち身だしなみを整える。

 見慣れないスーツに苦笑しつつも、気合いを入れて整える。

 まだ生徒たちに会うわけではないものの、緊張はする。


「………優しい先生たちばかりだといいなぁ……」


 へら、と笑ってはいかんと顔を引き締める。

 でも想像をするとすぐに顔は緩んでしまう。

 ……いかん癖だ。

 気付けばもう出なければいけない時間になっており、慌てて鞄を持ち家を出る。

 家から学校までは差程遠くない。

 自身の大きな体に空気を沢山取り込んで、大きな足で一歩一歩、歩みを進める。


「さあ、待ってろ…新しい職場!」






 今日は平日ということもあり、卒業式を間近に控えている為か少しばかり浮かれた雰囲気のある生徒たちで溢れていた。

 ……やはり、視線が刺さる。

 節々に聞こえる、『知らない人』や、『耳が生えてる』など色々な声が上がっていた。

 気恥しさで足早に職員玄関の方へと向かう。

 荒くなる息を整えながら職員玄関に設置されたチャイムを鳴らす。すると、綺麗な声色の女性が出た。


《はい、どちら様でしょうか》

「あっ、えと…こちらの学校で春から働くことになりました、大八木(おおやぎ)(ひのき)と、申します…です…」

《……大八木…?………………、あぁっ!アニティドロームの方!》


 声色のみだが、僕が余程奇異の目に晒されているんだなぁと実感する。アニティドロームを発症している人、って先生たちに伝わってたりするのかなぁ……。

 ははは、そうです。と苦笑しながらも受け入れている自分に少し嫌気がさす。


《入って貰って大丈夫です。職員室、入ってすぐ右側にあるので扉の前で少し待っててください》


 そう言うと返事を待たずにブツっと切られてしまう。

 せっかちな人なんだなぁと思うようにし、校舎内に足を踏み入れる。

 懐かしいような、でも見たことの無い校舎にドキドキと心臓が高鳴る。

 な、何か悪いことをしているみたいだ……。


「え、っと…ここで待ってればいいんだよね」


 扉の横で壁に背をぴったりくっ付けて待つ。

 ただでさえ僕は体が大きいもので、前を歩く生徒たちにちらりちらりと視線を貰う。

 だけど、興味本位でも声を掛けてくる人生徒はいなかった。


「お待たせしました……って、でっか!あ、……失礼しました」

「いえいえ、慣れてますので」


 女性は口に手を当てたまま気まずそうに僕を見る。

 こほんと小さく咳払いをし、自己紹介をしてくれた。


「初めまして、斎藤(さいとう)日向(ひなた)です。とりあえず、校長先生に呼ばれてますので、校長室に案内しますね」


 斎藤先生はくるりと踵を返してスタスタと前を歩いていく。

 小柄な割に足がとても早い……。

 僕も慌てて後ろをついて行く。


「大八木さん、今年からの新任なんですってね。私は去年新任だったんです」

「えっ、そうなんですね。ベテランの空気が漂ってたので、もう少し教師をされているのかと」


 校長室に向かう道中に斎藤先生から話題を頂いた。

 確かに空気だけはベテラン感を出していたけど、違ったのか…。


「一年も経てばそれなりに慣れますからね。大八木さんもきっと、来年にはおんなじになってると思いますよ」


 くすくすと笑う斎藤先生。冗談なのか、事実を述べているのか……。判断しかねるがとりあえず僕も笑っておいた。

 それにしても一年後……か。まだ、初日すら終えていないけれど、未来の話は楽しい。

 夢がいっぱいで、どうなるかわからないけど、分からないのがまた、楽しい。

 そして斎藤先生が言ったように、本当に一年後には貫禄のある立派な教師になれているといいなと、思う。


「さて、着きました。中には私も同行させて頂きますので」


 コンコンとドアをノックすると、中からはーいと気の抜けた声が聞こえる。

 ……気の抜けたっていうのは失礼だったな。優しい声色で返事をされた。


「し、失礼します。大八木椈です」

「君がアニティドロームの………どうも初めまして」


 にっこりと笑う校長先生。とても優しい雰囲気だ。

 接待用のソファに腰掛けて、僕にも座るよう手招きされる。

 斎藤先生も僕の隣に腰をかけ、一緒に話を聞く。


「大八木先生を呼んだのはね、まだ新任の君だけどお願いしたいことがあるからなんだね」

「お願い……ですか?」


 うむ、とゆっくり深く頷く校長先生。

 その優しくも重々しい空気に思わず息を飲む。斎藤先生も同様に。


「昨今、まだまだ希少とはいえ確実に例年より増えている、アニティドローム。見た目がどうしても、奇異になってしまうね?」


 確認を取るように、僕をじっと見つめる。

 校長先生の言う通り。僕は慣れたとはいえ、少年少女たちは戸惑うこと間違いないだろう。

 人とは少しだけ違う、その見た目に。


「だからね、わたしたちの高校では今年からアニティドロームの生徒たちのみで構成された学科を設けることにしたわけね」


 その言葉に僕はきらりと視界が光り輝いた気がした。

 僕の時には無かった、救いの場所が作られるということ、なのだろうか。

 もしもそれが叶うのならば、きっと生徒たちは心の拠り所を作り心穏やかに学生生活を送れるのではないか。


「そうすることで、生徒たちの心の拠り所を作り安心して高校に通うことが出来るのではと考えたわけなのね、それについてまず君はどう思うかね?」

「あ、……その、僕の当時には無かったものなので、正直………すごくいいと思います。心の拠り所……同じアニティドローム同士で手を組んで切磋琢磨出来る場所であると、きっと救われると………思います」


 うんうん、とまたもゆっくり深く頷く。

 人と違うというのはとても寂しいこと。同じになりたいと願っても簡単になれるものではない。

 アニティドロームの子達で協力していけば、きっと自分だけじゃないって思えて早急に症状の緩和に繋がるかもしれない。

 それだけでも、とても心強い。


「そして、アニティドローム学科の担任の話なんだけどね……君が適任ではないかと話が上がってね、どうかな?」

「ぼ、僕………?」


 し、新任の僕が………?

 副担任ならまだしも……担任なんて……。

 だけど同じ境遇の僕ならきっと生徒に寄り添うことが出来るだろうし、何よりも……ずっと夢だった自分のクラスを持つという夢がすぐに叶えられるわけだ。

 出来るだろうか、そんな重荷を。僕なんかに。

 生徒に頼られ、信頼されるようなそんな強い教師に。

 悶々と自分の中で悩みと葛藤を繰り広げ、僕の表情はもうぐっちゃぐちゃだった。


「ふほほ、安心してくださいな。副担任を斎藤先生に頼む予定ですなのでね」

「え、私ぃ!?」


 隣に静かに座っていた斎藤先生が突然話を振られて驚いたのか椅子から立ち上がっていた。

 わなわなと震えている。


「お、大八木先生おひとりに任せるには確かに荷が重すぎると思いますよ?でも………私なんかが、アニティドロームの子たちを見れるとは、到底思えないです」

「…それは如何なる理由なので?」

「え…?」


 校長先生の表情が、先程とは打って代わりピリッとしていた。

 斎藤先生が、何かおかしな事を言ったのか……?

 場の空気が、途端にずしりと重たい。


「斎藤先生は、アニティドロームをどんな風に思っているんですかな?身体的に、動物のような耳と尻尾が生えているという事実だけを見て、変な子たちと思っているんですか?大八木先生にも?」

「え……?いや、そんな風には……」

「でも、斎藤先生はおっしゃいましたな?アニティドロームの子たちを見れるとは到底思えない、と。そう思っていなければ、その様な言葉で生徒たちを突き放すようなこと言えるわけないはずなのでは?」


 斎藤先生は、俯き拳を震わせていた。

 僕たちアニティドロームはこんな風に色んな人に奇異な目で見られ、危ない物に触れるかのように繊細に扱う。

 少しだけ、ほんの少しだけ人と違うだけなのに。

 そういった扱いを受けて、僕は症状が長引いてしまっているのかもしれない。

 なら、こうならないようにこれからの子たちには僕が、味方してあげないといけないのではないだろうか?


「………校長先生、僕…引き受けます。一人ででも、生徒たちを正しく導かせてみたいと思います」

「………ふほほ、そう言って頂けて何よりですな。あぁ、斎藤先生も副担任よろしくお願いしますよ」


 小声で、はい。と呟く斎藤先生は、怒りに震えているのか図星をつかれ項垂れているのか、分からなかった。

 それでも謎の信頼で僕には、きっと全うしてくれるのではないだろうかと、そう思う。





「先程は、すみませんでした」


 職員室へと戻り、僕の席を案内され一息ついていると斎藤先生が頭を下げていた。

 僕は慌てて頭を上げてくださいという間もなく斎藤先生は続ける。


「あの言葉……深く考えず発してました。大八木先生にもきっと、不快な思いをさせてしまったと思って…でも、何はともあれ、生徒は生徒。私も副担としての役割を全うさせて頂きますので」


 では。と再び足早に自席へと戻っていく斎藤先生。

 相変わらずスピーディー……。

 ふう、とため息を零し自分の机を見つめる。こうして見ると、僕も教師になったんだなぁ……と実感する。

 まだ、新一年生として入ってくるアニティドロームの子たちとは顔を合わすには日があるけれど、今からドキドキで楽しみだ。

 そうして、少年少女らを見て僕もアニティドロームを抑える事が出来たなら…………。

 なんて夢を描きながら僕の教師人生の幕が上がった。

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