記憶カイロ
どこかにある、不思議な雑貨店のお話。
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朗読目安:三分
登場人物二人+ナレーション
テスト勉強はするべきだが、したくない。かといって休日に何もしないのはいたたまれない。というわけで七海は、言い訳になりうる行動、つまり部屋掃除をしていた。
「お腹すいた……」
世の中はペーパーレス化が進むが、高校のお知らせは未だに紙である。書かれた内容を確認し、こんなこともあったなと思い出し、気づけば昼になっていた。大した情報はないが念のためと、プリントを破り続けた手が微かに熱い。
気を取り直して、軽く身支度を整える。腹が減っては戦はできぬ。親がくれた千円で昼食を買いに、いざコンビニへ。
冬の空は晴れ渡っているものの、凛としていた。白い息を吐きながら歩いていると、和風の平屋がある。見知らぬ建物に疑問を抱くこともなく、七海の足はそちらへ向かった。
初めて入る、馴染みの雑貨店。
目についたのは、使い捨てカイロだ。そういえば小学生の頃、カイロに漢字を書くと百点が取れる、っておまじないが流行ったっけ。油性ペンで、個包装袋いっぱいに書いたことを思い出す。
気づけば七海は、使い捨てカイロの箱を持ってレジにいた。三十個入り。初対面の見知った顔、店主のイナリへ、おまじないの話をしながら会計をする。
「だから帰ったら、このカイロいっぱいに教科書写す予定です」
「おや。漢字ではなく?」
「えぇ。あのおまじないって、実際に漢字練習してるし、特殊な状況だから記憶に残るだけだと思うんですよね」
「なるほど。つまり不思議な力ではない、と」
「不思議な力、頼りたいですけどねー。でもそろそろ現実見なきゃ」
苦笑する七海の周りには、白い息よりも儚い怪奇現象の気配がある。
おまじないのような、怪奇現象の存在が消えるのは、科学の檻に入れられた時ではない。人々の意識から消えた時だ。
七海の思い出を拠り所に、今この怪奇現象は淡く存在している。とはいえ、現実を捻じ曲げるほどの力はないため、教科書を書き写すのは正しい。
「それじゃあ、また来ますね」
七海は、出会ったばかりの長年の知人へはにかむ。店を出たらここでの記憶が深層へ沈むことを知っている、イナリは優雅に微笑んだ。