サメザメシャーク
どこかにある、不思議な雑貨店のお話。
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朗読目安:三分
登場人物三人+ナレーション
出された稲荷寿司を一口食べ、コン太は目を眇めた。足元に置いたランドセルには不釣り合いな表情で、本題を切り出す。
「そういや最近、街中でサメが泣いてるらしいですぜ」
客のいない薄暗い雑貨店の片隅。丸テーブルの向かいに座る店主のイナリは、手元にあるほうじ茶を見つめた。
「サメザメシャーク……」
それは近日公開予定の映画タイトルだ。サメ映画好きの日本人監督が、ジャパニーズシャークを見せてやるとメガホンを取った。
人の思念は時に怪奇現象を生む。もしかしたら身近な所にサメが潜んでいるかもしれない。街中で泣くサメは、人々の漠然とした願望の結果なのだろう。
「具体的な被害は?」
「うちのクラスの小野さんが遭遇したみてぇで、何だかさめざめと泣きたくなった、って言ってやした」
イナリがほうじ茶を啜る。
「サメ映画だし、放っておいてもいいかな」
「そぉさねぇ。サメ映画ですし」
*
翌々週。コン太がイナリの店を訪ねると、先客がいた。
「これでぐっすり眠れそうです」
三メートル程のサメが宙を漂っている。腹には丸めた布団が括りつけられており、目からは止めどなく涙があふれていた。体に壁を透過させつつ、サメは退店した。
コン太が定位置に座る。客がいなくなった薄暗い雑貨店の、片隅にある丸テーブル。一度裏側へ行ったイナリが、お盆を持って現れた。おしぼりと、稲荷寿司が二つ乗った小皿がコン太に出される。
「さっきのお方、サメザメシャークさんですかい?」
「そうだよ」
「サメって布団で寝るんすねぇ」
コン太の向かいに座ったイナリが苦笑した。稲荷寿司と共に持ってきた急須を傾け、湯呑みにほうじ茶を注ぐ。
「うーん。まぁ、映画の評判がね……」
「サメ映画の宿命、ですかねぃ」
「時短やタイパが叫ばれる今、人の噂は七十五日も保たない。あの人が顕現できる期間はそう長くないはずだ。だから、対処療法だね」
「なるほど。せめて穏やかに過ごせるようにってぇ、あの布団をお勧めしたわけだ」
イナリは優雅に微笑む。泣きすぎて怨霊みたいになったら困るという側面を、守秘義務に隠して。