パン巾着
どこかにある、不思議な雑貨店のお話。
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朗読目安:三分
登場人物二人+ナレーション
下校のバスを降りると、ため息が出た。いつも通りの道なのに足が重い。香奈の心を写したかのように、空も曇っている。
「進路かぁ……」
ぽつり。悩みの種が口からこぼれた。
この十六年間、何となく生きてきた。場面を拡大すれば喜怒哀楽は勿論あるが、概ね平凡な人生だ。
小学生の時は中学生が、中学生の時は高校生が、大人に見えていた。自分も中学生になれば、高校生になればと、漠然と期待していたが、現実は上りエスカレーターのごとく、気づけば現在地だけが高くなっている。
住宅地を後ろに控える大通りを、とぼとぼと歩く。パンが焼けるような香ばしい匂いがして、辺りに目をやった。通りの奥に和風の平屋がある。こんな家あったっけ? という疑問は形になることなく、馴染みの雑貨店へと姿を変えた。
「お邪魔しまーす」
香奈は慣れた足取りで敷居を跨いだ。相変わらず店内は薄暗い。店主のイナリが、商品棚の間から顔を見せた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、イナリさん。なんかいい匂いしますね」
「あぁ。つい先程、パンが届いたんです」
香奈のお腹が鳴る。慌てて謝ると、優雅に微笑まれた。
「香奈さん、パンお好きですよね。小さい頃は、パン屋さんになる! って言ってましたし」
「あー。パン屋さんになって、毎日パン食べるって言ってたような……」
小さい頃、行きつけのパン屋で、巾着にメロンパンを一つ入れてもらったことを思い出した。大好きなパンで膨らんだ巾着を、ご機嫌で振ってたっけ。
恥ずかしさを紛らわせるため、香奈は商品棚を眺めた。昔パンを入れてもらった物とよく似た巾着が目に飛び込んでくる。
「これ、お願いします」
レジ台に巾着を置いて、通学鞄から財布を出す。レジ台の端には、透明な袋に入ったメロンパンが一つ。香奈のお腹がまた鳴った。
「良かったらどうぞ」
差し出されたパンを遠慮するには、空腹が主張しすぎていた。感謝して受け取り、買ったばかりの巾着にしまう。
太陽が西に傾いた金色の家路を香奈は歩く。パンパンになった巾着を、何となく振ってみれば、懐かしさに笑みがこぼれた。