ネバーネバーギブアップ
薄暗い雑貨店の片隅にある丸テーブルで、いただきますとコン太は両手を合わせた。目の前には、小皿に盛られた稲荷寿司が二つ。一口頬張り、美味しさに目を細める。
「そういや最近、ネバネバした液体を全身にかけられる現象が発生してるみてぇです」
向かいの席でほうじ茶を淹れる、店主のイナリが首を傾げた。
「変質者じゃないよね?」
「えぇ。ネバネバをかけられたっても、物証がねぇみてぇで」
「何かかけられた気がするけど、何もない状態か」
イナリの言葉にコン太は頷く。
「被害者が緑の草が見えたってんで、わかめ事件って言われてやす」
「放っておいたら自然に消えそうな怪奇現象だね」
イナリがほうじ茶を啜る。おしぼりで手を清め、コン太もイナリに倣った。
「怪奇現象ですから、記憶は曖昧になりやす。でも、ネバネバした感触は残るみてぇですよ」
「じゃあ後で、乾燥わかめを戻してみようかな。妖力を込めれば、惹かれてやってくるはずだ」
*
翌週。定期報告に訪れたコン太は、定番の稲荷寿司の他に、緑の汁物を出された。
「わかめの味噌汁ですかい?」
先の事件と、漂う香りから当たりをつける。イナリが優雅に微笑んだ。
「モロヘイヤだよ」
「モロヘイヤ?」
「緑黄色野菜の一種。麻袋を作るジュートの仲間だね」
コン太は興味深そうにお椀のモロヘイヤを見つめる。
わかめ事件の犯人はわかめではなかった。様々なネバネバ食材がイナリの食卓に並び、ようやくモロヘイヤへたどり着いたのだ。
味噌汁を飲んだコン太は、ほっと息を吐く。ネバネバしているが、クセがなくて美味しい。
「そもそも海藻じゃなかったんすね」
「そう。やっと見つけたと思ったら、知名度向上を目指してるみたいでさ」
「なかなか出てきやせんよね、モロヘイヤ。でもそれで事件を起こすなんて、迷惑なこって」
コン太は稲荷寿司へ手を伸ばす。
「何となくそんな感じがしたって程度だけどね。放っておいても良かったけど、せっかくだから」
齧った稲荷寿司に違和感を覚え、コン太はその断面を見た。刻みモロヘイヤが、知名度向上を狙っていた。