美味しい本棚
どこかにある、不思議な雑貨店のお話。
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朗読目安:三分
登場人物二人+ナレーション
薄暗い雑貨店を迷いなく進んだコン太は、奥にある丸テーブルに紺色のランドセルを置いた。椅子に座り足元へランドセルを移す。
店の裏から店主のイナリが現れた。手にはお盆があり、おしぼりと、小皿に盛られた二つの稲荷寿司、白い急須と二人分の湯呑みが乗っている。
コン太の向かい席に着いたイナリが、ほうじ茶を淹れる。店内に客はおらず二人きりだ。いただきますと手を合わせて、コン太は稲荷寿司を口にした。
「そういや最近、妙な噂がありやして。なんでも、夜中に本棚が消えちまうらしい」
稲荷寿司を飲み込んで街の様子を報告する。ほうじ茶を啜ったイナリが小首を傾げた。
「消えるのは、中にある本もかい?」
「えぇ。うちのクラスの東山さんも、やられちまったみてぇでさぁ」
コン太はぺろりと親指を舐めた。同級生の話を思い出し、唇を尖らせる。
「東山さんが言うには、本棚が消えちまったみてぇだって、なーんかあやふやなんすよねぇ」
「そっか。認識阻害されてるってことは、妖案件かな」
「違いねぇ」
コン太は頷き、二つ目の稲荷寿司を手に取った。
「本棚を消す怪奇現象、か。放っておくと妖怪になりそうだ。消えた本から知識を得てたら、面倒なことになるかもね」
「そぉさねぇ。イナリ様もたくさん本をお持ちなんだから、どうぞお気をつけなすって」
*
翌週。定期報告に訪れたコン太の前には、定番の稲荷寿司がある。
「そうそう。この前の本棚が消える件、解決したよ」
ほうじ茶を淹れる音に相応しいのどかさで、イナリが告げた。
「へぇ。事の顛末をお聞きしても?」
「コン太が帰った後、私の本棚に妖力を込めてね。釣り餌にしたんだ」
コン太はお茶を啜って呆れを誤魔化した。
「そりゃあ大層なこって。イナリ様の妖力なんてパクついた日にゃあ、あっという間に怪奇現象が妖怪になっちまう」
「うん。だから本棚には、春画を詰めといた」
「ぶふぁ! ……オ、オイラ今、小学生ですぜ」
「ふふ。集めた春画から知識を得た妖怪は、然るべき所に引き取られたよ」
イナリが優雅に微笑む。咳き込んだコン太は涙目になった。