学園で起こりがちな婚約破棄の解決法
「陛下、どうなさったのです?」
清々しい朝の景色を望む回廊で、いつにも増して渋面を作っている国王陛下に王妃は尋ねた。
「王妃か・・・」
陛下は疲れた様子で彼女へ目をやる。
「非常に悩ましい事態なのだ」
国王がここまで憔悴するとは珍しい。
いや、シンパイだわ。
王妃は眉根を寄せて、微かに首を傾げて見せた。
「何が貴方をそこまで悩ませておられるのですか?」
憂えている表情は王の口を軽くさせる。
「・・・近頃、王国一の名門校で流行っているアレをそなたは知っておろうか」
「アレ?でございますか??」
国王は忌々し気に答えた。
「婚約破棄だよ」
*
王国一のその学園に、この国の王族と婚姻を約束された者は通わない。
今現在、王妃と国王の息子である王子とその婚約者である令嬢は、城で全ての教育を受けている。
言うなら帝王学を学んでいる。
国のトップだからという理由だけではない。
二人の間に亀裂を作らぬためである。
亀裂とは?
例えば、別の相手の闖入。
例えば、互いの仕事を大人の知らぬうちに押し付け合う。
それによりもたらされる不穏な空気。
エトセトラエトセトラ。
結婚するのに妨げはいらない。
王族に亀裂無し。
それがこの国の考え方である。
ちょっと行き過ぎだけれども。
しかしそのおかげで、婚約破棄となると二人の相性がよほどに悪いような場合を除いてない。
正妃をめとった後で、跡継ぎが決まるまで好きそうな異性とは交流はさせないから、互いに誰かに気持ちが移り浮気の虫が騒ぐことはあまりない。
何年か経って側妃を立てることはあっても政治的な関係がほとんどだから、浮気の果てにどうのということは、まあ滅多にない。
よしんば愛する者ができてしまったとしても、王子はわきまえているし、正妃となる者は少々のことではまず動じない。
その地位が絶対揺るがないから。
けれど、臣下は別なのだ。
学園にて秩序交流を学ばせる。
それが決まっている。
王国はこの世界にいくつもあり、帝国なんかもいくつかあるから、交流が不可欠なのだ。
学園は小さな国であり、外交もできる体験型「国家」である。
最初からそうしてしまったという事情があるにしても、共学だから、当然色々問題も起こる。
・・・特に恋愛関係で。
王妃はそこが前々から疑問だったのだ。だから言った。
「学園制度をなくしたらよいのでは?」
「そうもいかぬ」
国王はにべもなく答えた。
「一存でどうにかなる場所ではもうないのだ、王妃よ」
「まあ、確かにそうですわね・・・」
学園は様々な貴族が、商人が、力を持った者たちが、それぞれの思惑によって建てたものだ。
さすがに一番偉い王家でもどうこうできない。
家の取りつぶしや、命がかかったような婚約破棄は勘弁してほしいというのが多くの者の共通の思いではあるのだが。
利権もあるし。
「では、私にお任せください」
けれど王妃はこともなげにそういった。
「どうするのだ?」
王は王妃の賢さを知っている。いざという時、必ず助けてくれるのだ。
だから国王陛下は側妃も寵姫も作らない。
ラブラブだ。
・・・話が逸れた。
王妃はきっぱりと言い切る。
「令嬢と令息の学ぶ場を分ければよろしいのです」
’’男女七歳にして席を同じゅうせず’’
王妃は前世持ちであった。
そしてその世の昔の風習を覚えていたのである。
この世界は、前世の王妃の生きた時代の100年~200年くらい前の状況のように思う。
つまり、そんな世界で最先端の「共学」なるものをすえるから困ったことになるのだ。
一度、昔に戻ろう。
王妃は思った。
そして彼女は王妃という最も力のある立場だったから、簡単に実現することができたのである。
それから、学園内での婚約破棄という流行はほとんど流行らなくなった。
学校が二勢力に分かれたからである。
令嬢は湖(堀)に囲まれた不可侵の美しい学園に。
子息は城に近い(見張れる)実習もできる森の中に。
行きも帰りも道が交わることはないから、会わない。
距離も遠いから、会わない。
そもそも、会えない。
けれども、交流はそれぞれの家で行っているし、参加できる舞踏会なども少しはある。
王妃は思う。
この世界において共学なんてことにしてしまったら、そりゃ問題も起こりますわ。
だって序列社会なんだもの。
しかも上に逆らえないという因習ですもの。
だったら、学園などという先端の場所など、やめてしまえばよいのです。
はっきり言って今の状況では早すぎます。
私の生きていた世界だって、学校ができるのは結構近代だったのだから。
王妃は次々と改革を行っていった。
その結果、学園内で偉い家の人とどうのや、身分違いの恋は起こらなくなった。
まあ、変化に乏しくてつまらないような気もするけれど。
それでも国家が転覆したり、家が断絶されたりしなくてよいじゃないかと王妃は思う。
その後500年くらい(100年ではこの世界の人々の考えはあまり変わらなかった)、身分で隔てられたこの国で学園が共学になることはなかった。
そして、その間意外と平和だったのはこの王妃様のおかけだと皆は言う。
おわり。