第五章:侵蝕する紫の星
長い静寂ののち、地球に新しい流れが生まれた。
その奔流は星の理とは異なる「力」──魔力。
ゼヴェルィドラが眠る間に、それは地表へと根を張り、星の姿を変えていく。
海底の奥深く、静まり返った岩盤の隙間にゼヴェルィドラは身を休めていた。
生命の循環は穏やかで、星の鼓動も安定していた。
地殻の振動は柔らかく、風は一定の周期で吹き、
海流は音を立てずに流れている。
だが、ある時、その律動に微かな「乱れ」が混ざった。
それは振動でも音でもなかった。
星の深部に微かな歪みが生まれ、周期のわずかな差として現れた。
ゼヴェルィドラは目を開けた。
耳を澄ますと、遠い場所で何かが「生き急いでいる」音がした。
地球の時間は穏やかに進むはずだった。
しかし、どこかで流れが変わっている。
それはまるで、星の根に異なる脈動が入り込んだかのようだった。
ゼヴェルィドラは海底から立ち上がり、
ゆっくりと星の記憶を読み取った。
その記録の中に、新たな現象が刻まれている。
「……これは、何だ」
生命の活動が急速に加速していた。
たった数百万年で形が変わり、数億年分の進化が凝縮されていた。
地球の時間の流れが歪んでいる。
ゼヴェルィドラは海面を抜け、空へと昇った。
地上に降り立つと、そこには見たことのない世界が広がっていた。
かつては緩やかに成長していた命が、
今や飽和するように膨れ上がり、次々と姿を変えている。
巨大な節足生物、突如形成された殻、急激に分岐する器官。
それはまるで、生命が何かに「急かされている」かのようだった。
ゼヴェルィドラは星の深層へ意識を沈め、
その異常な成長を生んだ根を探った。
すると、星の中心を流れる地脈に、
地球本来のエネルギーとは異なる波が混ざっているのを感じた。
それは熱でも磁場でもない。思念と自然を結びつける不可思議な循環。
彼はそれを読み解いた。
魔力──生命エネルギーと地球エネルギーを結ぶ変換現象。
「マナ」が思念の命令波を発し、「オド」が地球の力を媒介する。
両者が結びつくことで、現実が変容する。
「……これは星が作ったものではない」
星の記憶の外から流れ込んだ力。
そして、その根は地球の外──星の彼方から降りてきていた。
ゼヴェルィドラが空を仰ぐと、
雲の向こうに、ひときわ強い紫の光が瞬いた。
その中心で、二つの力がぶつかり合っていた。
一方は緑と青の大地を象徴する龍、ロンドベェティ。
もう一方は、赤と蒼の混じり合う巨大な影。
ゼヴェルィドラの瞳が細くなった。
「……あれが、原因か」
彼の視界の先、空を覆う影が地上を焦がしていた。
赤い体表が灼熱を放ち、青い部分が冷気を帯び、
その全身が真紫に染まった異形の龍。
額には黒く乾いた亀裂があり、
そこにはマリアラムの頭骨と思しきものが冠のように嵌められていた。
「アゼェルとレヴィアンの気配……そして、マリアラムの痕跡」
ゼヴェルィドラは一瞬、息を詰まらせた。
「まさか……喰われたのか」
紫の龍──アストイヴスは、天を裂くほどの咆哮を上げた。
大地が揺れ、海が反転する。
空気が振動し、雷が大地を穿つ。
その攻撃を、巨木のような体を持つロンドベェティが防いでいた。
彼の枝葉のような四肢が地に根を張り、
風と水を制御して衝撃を押し返している。
「貴様は何者だ!」
ロンドベェティの声が雷鳴に混じった。
アストイヴスの瞳が、薄く笑ったように光る。
「我は星を魅せる龍、アストイヴス。
この星に新たな力を流し込み、命に“進化”を与えた。
故に私の理のもとに再構成される」
ロンドベェティは怒りに震えた。
「お前がやったのか。マリアラムを……!」
「彼女は拒んだ。だから、取り込んだ」
アストイヴスの声は冷たい。
「彼女の創造を継ぐために、私はその力を得た」
その瞬間、地面が裂け、樹海が燃え上がった。
ロンドベェティが体をひねり、嵐の風を放つ。
だが紫の龍はその風を飲み込み、逆に炎の奔流へと変えた。
風は火を運び、火は土を焦がす。
世界が紫の光に包まれていく。
その戦いの衝撃が、ついに海底の眠りを完全に破った。
ゼヴェルィドラの全身を通して、星が悲鳴を上げる。
大地の脈動が乱れ、海流が不安定になる。
彼は静かに立ち上がり、目を開けた。
「──星が、怒っている……」
ゼヴェルィドラは空へと飛び立った。
水圧が割れ、海が彼の通り道を開ける。
彼の背から淡い光が流れ、星の深部が呼応する。
飛びながら、彼は再び星の記憶を読み取った。
魔力はアストイヴスが外宇宙から持ち込んだもの。
地球に存在しなかった理。
生命の進化を加速させ、星そのものを燃焼させる危険な力。
「進化ではない。消耗だ」
ゼヴェルィドラの視界に、戦いの光が広がる。
ロンドベェティの枝葉が折れ、地面に深い裂け目が走っている。
アストイヴスの咆哮が空を割り、雷が連続して落ちた。
地上は形を変え、地球の姿はもはやかつてのものではなかった。
高温の海、膨れ上がる酸素、短い周期の命たち。
全てが狂った速さで動いている。
ゼヴェルィドラは深く息を吸い込み、呟いた。
「星の声が届かぬ場所で、星が壊されている。
ならば、私が行くしかない」
風が割れ、空の層が裂ける。
ゼヴェルィドラは光の尾を引きながら上昇し、
戦いの渦へと突き進んだ。
地球の理を守るため、初めてその翼を広げて。
魔力という異質な理との邂逅、ゼヴェルィドラがアストイヴスと初めて相まみえる。




