第三章:永遠の命の犠牲者
地上と海が静まり、循環の流れが整い始めたころ、ゼヴェルィドラは深海から聞こえる声を耳にする。
地球の鼓動が静まり始めた頃、ゼヴェルィドラは深い海底から伝わるかすかな振動を感じた。
風でも波でもない。
それは星の内側から発せられる、痛みの声だった。
耳を澄ますと、幾千の響きが重なり合い、ひとつの願いに収束していく。
――終わらせてくれ。
その波を辿り、ゼヴェルィドラはゆっくりと海へ降りた。
光の届かぬ闇の底で、鉱物と熱が入り混じり、
原始の海がうごめいている。
そこには、命の形を持とうとするものたちが、
無限の再生を繰り返していた。
ゼヴェルィドラが近づくと、
柔らかな光を放つ塊がゆるやかに動いた。
その存在は、言葉の代わりに記憶の波を放ち、
彼の意識へ直接届く。
「私は……タンタロス。
長く、痛みの中にいる。
崩れても戻り、戻っても崩れる。
眠れず、終わらず、
ずっと痛みだけが残る。」
それは声ではなく、細胞そのものの震えだった。
ゼヴェルィドラは静かに応じた。
「君は、なぜこの状態にある?」
「見せよう。」
タンタロスの体が淡く光を帯び、海の暗闇を照らす。
その光が届いた範囲に、いくつもの生命が姿を現した。
「あれはアヴィム。
彼はかつて、守るように動いていた。
だが、今は動きをやめられない。
動くことだけが痛みを忘れる手段になった。
けれど、止まればすぐに苦しみが戻る。
だから叩く、砕く、動き続ける。」
ゼヴェルィドラは岩を打つ音を聞いた。
アヴィムは意思ではなく、反射で動いていた。
肉が裂け、再生し、そのたびに震えが海を伝う。
「あの糸を見て。サーズィンッツ。
他の肉を奪い、形を変える。
けれど、奪った痛みが自分に戻る。
それでもやめられない。
体が覚えてしまったから。」
淡い光が流れ、無数の管が他の生命を包み、
溶かし、またひとつの形を作り直す。
そのたびに、悲鳴のような泡が立ち昇った。
「あれはエボダルヒ。
動かないが、死ねない。
私たちの欠片を飲み込み、
自分の中に閉じ込める。
もう何も出てこない。
彼の中には、終わらぬ命だけが沈んでいる。」
黒い塊が静かに揺れていた。
周囲の生物の破片が吸い込まれ、
そのまま二度と戻ってこない。
命の墓場のような沈黙が、そこにあった。
タンタロスの光が弱まり、
ゼヴェルィドラは問いを投げた。
「君は終わりを望むのか?」
「死にたいとは言わぬ。
だが、生を続けたくもない。
壊れても戻る。
それが罰のように繰り返される。
終わらぬ命は、星を腐らせる。
だから、終わりを与えてくれ。」
ゼヴェルィドラはしばらく黙っていた。
海水が体を抜け、星の記憶が肌に染みる。
永遠の命――それはかつて、
短命な生命に学ぶ時間を与えるためのものだった。
だが今、それは星の循環を止め、
命を閉じ込める牢となっている。
「分かった。君たちを静めよう。」
ゼヴェルィドラは掌を広げ、
海そのものに共鳴する波を放った。
水が光を帯び、柔らかな振動が広がっていく。
再生を支える仕組みがゆるやかにほどけ、
痛みの鎖が断たれていく。
アヴィムの動きが止まり、
サーズィンッツの糸が海にほどけ、
エボダルヒの黒い殻が静かに沈んだ。
すべてが静まり返る中、
タンタロスの光が消える寸前に震えた。
> 「ありがとう。
これで、やっと眠れる。」
光が完全に消えたあと、
海底には穏やかな沈黙が広がった。
それは滅びではなく、安息だった。
死と生の循環が、再び星の中で動き始める。
朽ちた肉体は養分へ還り、
他の命の糧となっていく。
“死”という機能が、初めて意味を取り戻した。
ゼヴェルィドラはゆっくりと浮上した。
海面を抜けると、空は薄雲に覆われ、
風が柔らかく頬を撫でた。
その風の中に、かすかな命の匂いがあった。
しかし地上では、
マリアラムが依然として永遠の命を与え続けていた。
タンタロスの声が、まだ彼の内に残っている。
――終わらせてくれ。
ゼヴェルィドラは空を見上げ、
静かに決意を固めた。
永遠は、優しさではない。
それは、痛みの延長だ。
「……話をしよう、マリアラム。」
彼は風をまとい、地上へ向かった。
そして、静かに歩き出した。
マリアラムとの対話が決裂し、ロンドベェティを交えた最終判断が下される




