異郷の剣
夕陽が赤く沈む北の集落で、義経は初めて彼らの剣を目にした。
それは日本の刀とは異なる形状を持ち、独特の輝きを放っていた。集落の長と思われる男が、その剣を手に立ち上がる。
「殿」弁慶が緊張した声で告げる。「敵意があるようです」
しかし、義経は首を振った。男の目には敵意ではなく、何か別のものが宿っていた。それは...
「見極めの時だ」
義経はゆっくりと歩み寄り、自らの刀を鞘ごと外して地面に置いた。
集落の人々が息を呑む。長の男が眉をひそめ、何か言葉を発する。言葉の意味は通じないが、その声音に込められた緊張は理解できた。
義経は両手を広げ、ゆっくりと一礼する。
長の男は暫し黙して立っていたが、やがて同じように自分の剣を地面に置いた。
そして、素手で構えた。
「なるほど」義経の口元が緩む。「武芸の交わりというわけか」
二人の間に、緊張した空気が流れる。集落の人々が輪を作り、見守り始めた。
最初に動いたのは長の男だった。しなやかな動きで距離を詰め、独特の体捌きで組み技を仕掛けてくる。義経は瞬時にそれを読み、受け流した。
「見事な技」
言葉は通じずとも、義経の表情に込められた賞賛は伝わったようだ。長の男の目が僅かに輝く。
今度は義経が技を仕掛ける。源氏の武術に込められた理合いの数々。しかし、それらは全て長の男の技によって妙に受け流されていく。
「これは...」
義経は気付いていた。彼らの技には、厳しい自然との戦いで培われた知恵が込められている。それは源氏の武術とは異なる、しかし同じように洗練された術理なのだ。
組み合いは夕暮れの中、しばらく続いた。
やがて、二人は同時に歩を止めた。互いの技を理解し、認め合った瞬間だった。
長の男が、初めて笑みを浮かべる。
義経も答えるように微笑んだ。言葉は通じずとも、武芸は通じ合った。それは異郷の地での、最初の信頼の証となった。
長の男は地面の剣を取り上げ、義経に差し出した。
「これは...」
集落の人々から、驚きの声が上がる。それが並々ならぬ信頼の表れであることは、明らかだった。
義経は深々と礼をし、その剣を受け取った。そして、自らの刀を長の男に差し出す。
「共に北の海を目指そう」
言葉の意味は通じなくとも、その思いは確かに伝わった。
夕陽は完全に沈み、北の空に最初の星が瞬き始めていた。