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平泉脱出

闇は深く、雨が降っていた。


文治五年初夏、平泉の街を覆う雨雲は、世の移ろいとともに灰色に沈んでいた。源義経は、堅固な鎧の背を濡らす雨滴に、運命の重さを感じていた。


「殿、準備は整いました」


薄闇の中、静かな声が届く。愛刀の鞘に手をかけたまま、義経は頷いた。大手門の向こうで、藤原泰衡の軍勢が動いているのを感じる。彼らは今宵、平泉のこの地で、源義経を討ち取ろうとしていた。


「弁慶」


「はっ」


「先陣は任せた。北の門へ」


月光を隠す雲の切れ間から、冷たい光が甲冑の小札を照らす。武蔵七党で鍛えられた弁慶の大太刀が、雨粒を切り裂いて閃いた。


突如、松明の灯が夜を染める。大手門が開かれ、泰衡の兵が怒涛のごとく押し寄せてきた。


「殿!」


弁慶の声と共に、義経は瞬時に居合の構えを取った。濡れた大地を蹴る足音が、リズムを刻むように近づいてくる。


「まず、敵の包囲網を突き破る」


冷静な声で指示を下す間も、義経の眼は周囲の地形を読み取っていた。北へ。そして、さらに北へ。活路はただ一つ。


「いくぞ!」


弁慶の大太刀が風を巻き起こし、先陣の兵を薙ぎ払う。義経は、その隙を縫うように疾走した。小柄な体躯を活かした速さで、敵陣の死角を突き、一足ごとに的確な足場を選び取る。


「源義経、観念せよ!」


泰衡の怒号が響く中、義経の刀が閃いた。鍔迫り合いの一瞬の後、敵の首級が闇に消える。血飛沫が雨に溶けていく。


「殿、こちらです!」


弁慶が切り開いた活路に、義経は躊躇なく飛び込んだ。背後から追っ手の雄叫びが響く。しかし、義経の動きは水の流れのように滑らかで、敵の太刀筋をことごとく かわしていく。


「北の門、まもなくです!」


弁慶の声に応えるように、義経は刀を鞘に収めた。次の戦いは、この平泉を出てからだ。荒ぶる世の中で、新たな活路を見出すために。


雨は、終夜降り続けていた。

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