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穴があったら入りたい

作者: はやはや

 ここは子ども専門のクリニック。といっても、小児科ではない。嵌ったものを取り除く、除去科だ。


 わかりやすく説明すると、鼻の穴に小石や大豆を入れたり、耳の穴にスイカの種を入れたり、そういうのを取るのが専門だ。

 それなら耳鼻科だろうと思われるかもしれないけれど、このクリニックは耳鼻科よりも子どもに恐怖心を与えることなく異物を除去してくれる上、出張サービスもしている。


 この間は側溝の蓋の穴に、指を入れてしまった子どもの救助要請が来た。他にも駐車場のフェンスに腕を入れてしまい抜けなくなったとか、観光地にあるような顔出しパネルに頭を入れてしまい抜けなくなったとか。


 消防や救急を要請するのは、大ごとになって気が引ける……という保護者が、このクリニックの出張サービスを利用する。




 このクリニックは二人の医師と二人の看護師、受付一人の、計5名で運営している。全員女性。

 医師は迫田さこだ古河ふるかわと言う。年齢は迫田が一つ上で、院長を兼ねている。迫田と古河は同じ医大の出身だ。ともに30代。

 看護師は豊田と原田と言う。どちらも27歳。化粧が派手でなく、子どもが好きそうな〝うたのお姉さん〟のような声と見た目をしている。

 受付担当は恩田おんだ。50代で最年長。娘とともに韓国の文化にはまっている。


「それでは今日もよろしくお願いします」

 朝礼が終わり、それぞれの持ち場に着く。迫田と古河は隔週で診察室担当と出張サービス担当を交代している。豊田と原田も同様だ。

 今週は古河と豊田が診察室担当、迫田と原田が出張サービス担当になっている。



 午前10時過ぎ、クリニックの電話が鳴った。恩田が電話に出る。「はい、はい」と言いながらメモを取っている。電話を切ると恩田は迫田に向かって言った。


「出張サービス依頼です。場所は大山公園」


 大山公園は住宅街にある、ごく普通の公園だ。子どもが遊具の隙間にでも、頭か指か足か腕か入れたのだろうか。


「依頼内容は?」迫田が尋ねると、恩田は

「こんなことで依頼していいのかわからないから、とにかく公園に来て欲しいとのことでした」と答えた。


「まぁ、とりあえず行ってみますか」


 迫田はそう言って原田に声をかけ、クリニック所有の軽自動車に乗り込んだ。どんな場面でも対応できるように、この自動車には消防車や救急車ばりの装備が積んである。だから、どんな近距離でも医師と看護師は、自動車で出張サービスに出かける。



 5分で大山公園に着いた。

 そこにはベンチに座った母親と、その前の砂場に2歳くらいの女児がいる。女児は「いや、いや、いやー!」と泣いている。

 母親が迫田と原田に気付き会釈する。その表情は申し訳なさそうだった。


「すいません……どうしようもなくて……」


 母親が切り出した。娘は相変わらず泣いている。


「砂場で一緒に遊んでいて、私が掘った穴に娘を入れたら、思いのほか喜んで。はじめはよかったんですけど、穴から出そうとすると大暴れして……」


 迫田は初めて出会った症例に、驚きとやりがいを感じた。


「穴から出られなくなったんですね。大丈夫ですよ。何とかします」


 迫田の言葉に母親はほっとした表情を見せた。


「おーい! こっちだよー!」


 手にうさぎのパペットを付けた原田が、離れたところから女児に声をかける。歌のお姉さん的な声のおかげが、女児は泣き止んだ。


「あーそーぼー」


 女児の母親の後ろに周り、うさぎの顔を覗かせる。


「うしゃちゃん!」(うさちゃん!)


 女児はいとも簡単に穴から出た。

 しばらく原田の演じる、うさぎと遊んだ後、女児は機嫌よく「ばいばーい」と手を振りながら母親と帰って行った。


「こういうパターン、初めてですね」


 原田がうさぎをポケットにしまいながら言う。


「確かに抜けられなくなってたけどね」


 迫田がそう返す。「帰りましょう」迫田が続けて言うと、原田が「ちょっと待ってください」と言う。

 何をするのかと思えば、親子が掘った穴を埋め始めた。


「また、抜けられなくなる子どもがいると、困りますからね」

「確かに」


 二人は、せっせと穴を埋めた。

読んでいただき、ありがとうございました。

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