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6 事件の鍵は告げる 犯人はお前だ!

 陽も十分に上った頃合いに、ベニスィー国からの癒し手一行が大聖堂の大門前に着いたと、連絡があった。

 本来なら昼過ぎ頃の到着予定だったが、事件の報告を受けて、先方が急ぎに急いだという。


 五十の歳から神の目に止まり、以降二十年、唯一の癒し手として各地を回り続けている癒し手ヒーラリオ。

 老いがその体から頑健さを奪い、さながら枯れ木のような姿ではあるが、しっかりとした足取りで大門を抜け、大聖堂前の大広場で足を止めた。

 彼に付き従う専属護衛騎士と神殿騎士の一団もまた、その背後に整列する。


「新たなる癒し手リリアム=ロンギフロラム様。お初にお目にかかります」


 白を基調とした祭服を身に纏ったリリアムに、丁寧に、それはもう丁寧に深々と腰を折り、(こうべ)を垂れた。

 この神殿に属する者がほぼ総出の、大広場。

 鈴なりに集まる人々の目の前で、聖人と名高い癒し手ヒーラリオが、まるで自らが格下であるかのように、孫ほどに年の離れた娘に頭を垂れた。


 無音のどよめきが静寂(しじま)に広がる。

 第二王子一行も当然驚いたが、一番驚いていたのは、当のリリアムだった。


「あ、あの……ヒーラリオ様……初めまして……あの、リリアム=ロンギフロラムと申します……」


 どうかお顔をお上げくださいと、リリアムはどもりながらも慌てて伝えた。

 その声に、年経て老いを深くした癒し手は顔を上げ、心配気にリリアムを覗き込んだ。


「この度の事件、さぞかしや御心を痛めたことでございましょう。

 解決の目途は立っておりましょうや? なにか、お役に立てることはございませんでしょうか」


 異様に腰の低い癒し手ヒーラリオに驚きながらも、リリアムはしっかりと頷いた。


「事件のことは、大丈夫です。

 お頼みしたいことは、立会人になっていただきたいと。

 わたしの決意の証を『捧げ物』と致しました。ヒーラリオ様には、それを見届けていただきたく存じます」


 凛とした眼差しで告げるリリアムに、ヒーラリオは安心したように目を和ませた。

 穏やかな雰囲気が漂い始めた所に、総騎士団長が少し後方から――大聖堂を背景(バック)に、口を挟んだ。


「ご来訪、歓迎いたします。癒し手様不在が長く続きましたが、ようやくこのアルナシィオン国の神殿に、癒し手様を迎えることができました。

 偽物に騙された不甲斐なき我らですが、このハイトップ=ダンリダ率いる神殿騎士団が、此度こそ、必ずやお守り致します」


 胸に手をあてて総騎士団長が礼を取ると、背後にいた大勢の神殿騎士団員達も合わせて一斉に礼を取った。


「霊廟で殺された騎士キルラレタ=コルチカム、犯人はポンド=フーオル上級神官でございます。犯行後、足を滑らせて池へ転落、そのまま亡くなりました。

 霊廟の『鍵』の管理が甘く、お披露目にこのような事態を招いてしまったこと、深くお詫び申し上げます」


 総騎士団長が黒紫色(ディープパープル)の瞳を陰らせ、腰に下げた『鍵』を持ち上げて、深く悔いるように握りしめた。

 癒し手ヒーラリオが、老いた眼を細めてその様子を眺め見る。


「三代目様の作られた『鍵』でございますな」


「はい、犯行のあった夜明け前、お披露目前夜ということで落ち着かなく、神殿内を見回った時には、確かに持っていたのですが。

 私の不徳の致すところでございます」


「……『鍵』は二つ、あったのでは。もう一つは、専属護衛騎士殿が……」


 癒し手ヒーラリオの言葉に、自然とリリアムの背後、専属護衛騎士であるアンダロに視線が集まる。

 そのタイミングで、総騎士団長が口を開いた。


「確かに、ダイイングメッセージもあり、回廊の見張りからも、ローブを被った人物が貴賓室のある北館に向かったとの証言もあります。

 しかしながら!」


 総騎士団長が周囲を見回し、そして言い聞かせるように声を張り上げた。


「癒し手様はおっしゃられた、キーパー殿は犯人ではないと!

 皆も心せよ! かの方の信頼する、専属護衛騎士殿は犯人ではない!」


 総騎士団長の言葉が浸透するにつれ、ざわめきが広がっていく。

 表向きは否定しているも、その言葉はまるで――。


「先だって我らを偽ったグロリオサ=コルチカムの、その親戚であるキルラレタ=コルチカムの死亡。

 今後の、神殿の主はリリアム=ロンギフロラム様であると。

 この神殿内で幅を利かせていたコルチカム家所縁の者達も、大きな釘を刺されたことでしょう」


 語り終えた総騎士団長が、一礼して後ろへ下がる。

 下がった総騎士団長の右隣にコルク色の髪をした騎士ゲトサゥス、左隣に騎士ドアノスが側近のように控え、背後に大多数の騎士が私兵のごとく付き従った。


 ――騎士ドアノス。


 犯行時刻、北扉の見張りであり、アンダロと思しき者が霊廟に入って行ったと証言した騎士で。

 真っ先に尋問室に連れていかれたはずの騎士、だった。

 総騎士団長の背後に付き従う神殿騎士の中には、東回廊の――偽証した東回廊の見張りが多く紛れている。


 状況を見回し。

「……やっぱ俺、二周目のモブだな……」

 第二王子がこっそりと感想を漏らし、ロサ嬢と頷き合った。

 隣で騎士ソーンパスが、打ち合わせ通りすぎる、と崩れ落ちそうになるのを必死でこらえる。


「アンダロ様は、犯人ではありません」


 総騎士団長の言葉で疑惑の視線が集まる中、リリアムが静かな、厳かともいえる声音で宣言した。

 横にいるアンダロに視線を向け、お願いします、と後を任せる。


 騎士服姿のアンダロがリリアムの横に並び、癒し手ヒーラリオの前に出て一礼する。


「アンダロ=キーパー、リリアム様の専属護衛騎士です。僭越ながら、僕からこの事件の説明をさせていただきます」


 老いのため真っ白になった眉を器用にも片方だけ上げ、癒し手ヒーラリオは検分するかのように視線を向けた。

 聖人とも名高い老人からの視線を、アンダロが怯むことなくその緑の瞳で真っ直ぐに見返す。


「この事件の要は、霊廟でどうすれば殺人を行うことができるのか、に尽きます。『鍵』が無ければ、開けることが不可能ですから。

 まず前提として、リリアム様が来た初日に『捧げ物』のために開き、その後、総騎士団長殿が施錠しました」


 ここで、癒し手ヒーラリオも含め、聞いていた全員が頷いた。


「その後、深夜過ぎから明け方の見張り当番だったキルラレタ=コルチカムが、ポンド=フーオル上級神官に殺されたのですが。

 さてそれでは。ポンド=フーオル上級神官が、どうやって霊廟に入ったのか。

 答えは簡単です。彼が来た時には開いていた、ただそれだけのことです」


 第二王子たち以外の聴衆が、一気にどよめく。


「そもそもこの事件、共犯者が非常に多いのです。

 犯行時刻に北扉の見張りをしていた騎士ドアノス、偽証したことから彼も共犯者と判りました。東回廊で偽証した多くの見張りも、軽い共犯者と言えるでしょう。

 そして第一の事件の被害者、キルラレタ=コルチカム。彼自身が、本来は事件の首謀者でした――殺されてしまってますが」


 癒し手ヒーラリオが途中で「え?」という表情を浮かべるも、殺された、というアンダロの言葉に、素直に頷いた。


「彼が考えた最初の計画では、狂言で傷害事件を起こそうとしたのだと思います。死ぬつもりは無かったはずですから。

 けれども、その計画は改善……改悪……変更されて実行されました。


 そして、キルラレタ=コルチカムの前の見張り当番、深夜から深夜過ぎまでの見張りの騎士ゲトサゥス。

 夜明けに起きた事件に、就寝していたはずの騎士が、何故か正規の騎士姿で総騎士団長のそばに控えており――その後の行動からも、僕は彼も共犯者と考えました。

 

 ですので、僕が考えた『鍵』の最短ルートは。


 狂言で傷害事件を起こそうとして結果的に殺された騎士キルラレタ=コルチカムが、見張り直前に持ち主から『鍵』を借り受け。

 霊廟の扉を開け、当番の終わった騎士ゲトサゥス殿に渡して『鍵』を持ち主に返してもらう、というルートです」


 ――そして持ち主、つまりは総騎士団長殿が、夜明け前の犯行時刻に、これ見よがしに王家筋の護衛兵に『鍵』を見せびらかした。


 語ったアンダロが話し終えると、沈黙が落ちた。


「殺された本人が、自分で『鍵』を開けた……?」


 癒し手ヒーラリオが愕然と呟き、全員が内容を咀嚼し、顔を見合わせる。


「総騎士団長殿が……?」

「いや、でも……」


 詳しくは知らされてなかったのか、大聖堂前に私兵のごとく整列した神殿騎士たちにも動揺が広がっていく。


「なるほど。それが、専属護衛騎士殿のお考えであられると」


 前に落ちかかる黒に近い濃紺(ミッドナイトブルー)の髪をかき上げ、総騎士団長はアンダロを睨みつけた。


「癒し手様の仰せであれば受け入れようかと思っておりましたが。

 無実を罪と、白を黒とするような所業を、本物の癒し手様がなさるはずもなかったか。

 (そそのか)したのは貴様であったか、アンダロ=キーパー!」


 深く響く、号令を下すに慣れた声が、総騎士団長の口から放たれた。

 長く癒し手のいない神殿を支えてきた、聖騎士とさえ称されるハイトップ=ダンリダ総騎士団長。

 威風堂々たるその姿、その宣言、その号令。下されたならば、無条件で従いそうになるそれを。


「アンダロ様は犯人ではありません。

 わたしは事実を述べたまでです」


 唆されてなどいないと、リリアムはいっそ清々しく切り捨てた。


「唆されたなどと……それは癒し手が、わたし(リリアム)が、専属護衛騎士の忠誠を得られていない、ということでしょうか」


 真正面から、揺るぎない眼差しが総騎士団長を貫く。答えようにも答えられず、言葉に詰まる総騎士団長をリリアムは静かに見つめた。


「守り手のいない癒し手など、ただの便利な道具です。

 便利に使われるだけならまだしも、悪用されればどうなることか……お嬢様の下で、国を壊す道具に使われかけました。

 国を分けての争いが起こっていたなら、どれほどの血が流れたことでしょう」


 それは、傷。リリアムにとっての、生涯に渡る戒めだった。

 リリアムは総騎士団長から視線を外し、癒し手ヒーラリオにさえ目を向けず、体ごとアンダロに向き直った。


「アンダロ様。盾となり剣となる専属護衛騎士から忠誠を得られない癒し手(リリアム)など、切って捨ててしまってかまいません。

 わたしが許します」


「拝命致しました。

 そうならないよう、全力を尽くします」


 一瞬の迷いもなくアンダロはその場で膝を就き、頭を垂れた。リリアムの覚悟と、アンダロの躊躇の無さに、見ていた全員が息を呑む。


「わたしが道具となり悪用されないよう、お守りください。ではまずは、犯人ではない証明を」

「畏まりました」


 立ち上がり、アンダロは見回し、比較的近くにいた長く伸びた真っ白いお髭が特徴の、大神官長を呼び寄せた。


「なんでございましょう?」

「初日に霊廟に納めた『捧げもの』。第一の事件から、大事に預かっていただいておりましたね、ありがとうございます。

 確認ですが、間違いなく、第一の事件の時から封は破られていませんね?」


 言われて、大神官長は手に持った長細い箱を捧げ持つようにして、確認した。

 魔法錠は当然のことながら、印璽が捺された封蠟も解かれてない。


「どうぞ、お開け下さい。癒し手様がお二人そろっている今こそ、お披露目の場に相応しい」


 狼狽え、視線をさ迷わせた先、リリアムが――捧げた当の癒し手が大きく頷いたことで、大神官長は意を決して、『捧げもの』の魔法錠を解いて封を破り、箱を開けた。


 ――納められていたものは、霊廟の『鍵』。


 大神官長が震える手で『鍵』を掴み、誰の目にも見えるように、空に掲げた。


「間違いなく、霊廟の鍵でございます!」


 広場に言葉にならないどよめきが広がる。

 初日から、リリアムも、アンダロも、『鍵』を持ってなどいなかったのだ。


鍵「犯人はお前だ!」 びしぃ!!!


七話「ひれ伏せ、者共!」

明日19時更新予定です、お楽しみに!

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