5 フフフ……奴は犯人の中でも最弱……
騎士ソーンパス。犯行時刻、南の渡り廊下の見張りでした。
証言「往来した者はおりませんし、怪しい人影も見ておりません」(2話「オオカミがきたぞー!)
第一の被害者、騎士キルラレタ=コルチカム。
第二の被害者、ポンド=フーオル上級神官。(定期)
第二王子達が訓練場での感想を思い思いに話していると、黙って話を聞いていた騎士ソーンパスが思いつめた表情で口を開いた。
「……神は、いつも見ておられる……本当に、我らは――私は、見守られているのですね……」
福音を反芻するように胸に手を当て、言葉とは逆に沈痛な表情を浮かべた騎士ソーンパスは、やおら席を立ち、リリアムの前に跪いた。
「神はご存知であられる。
ポンド=フーオル上級神官を殺したのは――私です」
騎士ソーンパスは隠しに隠していた言葉を、誰にも知られたくなかった事実を告げた。よりにもよって本物の癒し手に。
神官達が涙した、胸に木霊する福音。
昨日までの自分ならば共に喜び合うことができましたが、今は、これほどまでに苦しい、と唇をかみ締めて懺悔する。
騎士ソーンパスは剣を床に置き、騎士の徽章を外し、首を垂れて断罪を待った。
そして弁解も釈明も一切せず断たれるを待つ彼に対し、真っ先に言の刃を振り下ろしたのは、アンダロだった。
「ですが、ソーンパス殿は騎士キルラレタ=コルチカムの殺害には何一つ関係ありません。
そんなことより」
「そんなことより!?」
大きく斜めに振り下ろされた言の刃に、全員の――アンダロを除く全員の声が重なった。
大きな声に、客室の扉が叩かれる。人払いした為、外に出された王宮護衛兵が、扉の外から少々心配げな声で何かあったかと尋ねてきた。
「すまん、驚いただけで、こちらは何もない。
大丈夫だ!
…………いや、うん、何かあったし大丈夫じゃないけどな……」
大声で心配ないと扉の外の護衛に返した第二王子が、小声で真逆の本音を零す。ロサ嬢が大きく頷き、大きな目を騎士ソーンパス、そしてアンダロと、交互に向けた。
「えっと、犯人だけど、犯人じゃないってことなのかしら?」
あら、意味が分からないわ、と困惑するロサ嬢に、大丈夫だ、俺も分からん、と第二王子が堂々と頷く。
「よし、アンダロ。もうちょっと言葉足して、説明しろ。
とりあえず、ポンド=フーオル上級神官を殺した犯人は、ソーンパス騎士殿なんだな?」
「はい。あの状況では、ソーンパス殿しか殺すことができません。靴跡がはっきりと、霊廟から出て南の渡り廊下に向かっていましたから」
そこで、第二王子が首を傾げた。明け方の会話を思い出し、口に出す。
「えっと、靴跡って、敷地から渡り廊下に行く途中で途切れてたよな?」
「はい。だからこそ、殺害方法が絞れました。
渡り廊下も、石壁の魔法で出来てますね? 境目の柱に、陸と霊廟区を繋ぐ石橋と同じ『魔道具』が設置されてありました」
アンダロが、緑の目を真っ直ぐに騎士ソーンパスに向けた。
「石壁の魔法を解除すれば、上にいた者は否応もなく池に落ちます。
僕たちが渡ったあの渡り廊下、あれは『新しい』渡り廊下だったのでは」
「その通りです。
見張り時間も半ばすぎた頃、突然フーオル上級神官が来て、私にローブを預けて霊廟に向かいました。
何をしに向かったのかと思いましたが、それほど間を置かず出て来たので、すぐに分かりました。
ええ、返り血塗れの神官服そのままに、顔にかかった血の滴さえも拭わずに出てきましたから」
騎士ソーンパスが視線に耐えきれぬとばかりに俯き、両手で顔を覆って首を振った。枯れた藁色の髪が動きに従い、力なく揺れる。
「あの者は、私を見て嗤いました……確かに、嗤ったのです。『これでお前も共犯だ』と、そう、言われた気がしました。
明け方前のあの時分、いるのはフーオル上級神官と私のみ。
手元には特注品の魔道具。
だから、だから咄嗟に私は……」
「なるほど。殺るなら今だと、いらん決断力を発揮してしまったと」
第二王子の言葉に、騎士ソーンパスは項垂れたまま、苦しげな声で懺悔を続けた。
「フーオル上級神官は、私にとっては命の恩人……だと思っていました。
以前、魔獣退治の任務に向かった時、私は命を救われたのです。しかし私を優先したせいで、一人の騎士の治癒が間に合わず命が失われ……。
そのことでフーオル上級神官は糾弾され、評価も落ちました。
私の治癒を優先させたが為に、不当に貶されたと、そう思い。私は、私のできる限りで恩を返そうとしました。
初めの頃は、見張りの順番変更などの他愛のない事を。フーオル上級神官は顔が広く、多くの騎士や神官と親交があったようで、小さな頼み事をいくつか。
……それが段々、討伐隊参加への交代が頻繁となり、内勤でも見張りであれば夜番に交代を頼まれ――ただ単に利用されていると、早々に知ることになりました」
私が愚かだったのです、と項垂れたまま騎士ソーンパスが語る。
「治癒の間に合わなかった騎士のことを調べました。真面目な人柄で賄賂に屈せず、コルチカム関係の騎士や神官に厭われていたと、知りました。
フーオル上級神官は、かの騎士をわざと見殺しにして、その理由に私を使っただけなのだと。
ですがそれでも……それでも、命の恩人であることは間違いなく……。
どうすれば、と悩みながらも日々を過ごしている内に、あの夜を迎えてしまいました」
「手渡されたローブは、そのまま池に捨てましたか。まぁ、持っていたくもないでしょう。
おそらくフーオル上級神官は、後から受け取り、血まみれの姿を隠すつもりだったのでは。ついでに、東通路の見張りにローブ姿を見せて、本物の目撃証人を作っておく、ぐらいでしょうか」
アンダロの言葉に頷く騎士ソーンパスに、もはや言葉はない。自らの罪は白日の下に晒され、告解を経て審判の時を迎えた罪人として、再び、断罪の言葉に身構えた。
そして、改めて下された言葉が――。
「というわけで、ソーンパス殿は無関係です」
「なるほどなぁ。
じゃあ、次だ、次。キルラレタ=コルチカム騎士を殺したのは?」
ソーンパス殿、ちゃんと後で話すからな、今はこっち優先な、と第二王子が言葉を下し、断罪はどんぶらこと流された。
「ポンド=フーオル上級神官ですね。
ダイイングメッセージを偽装するのに、血だまりに長くいたのでしょう。靴に血が染み込んだようですね。
凶器の血を拭いもしてなかったのは、恐らく、後で僕の部屋に仕込むつもりだったのではないかと」
遠い目をして、あー、お前が先読みして潰してしまったアレな、と呟く第二王子に、皆も、あー、アレ、と頷く。
「なるほど、仕込むブツも無かったから、実行されなかったと……」
そっかー、という呟きに皆が腑に落ちた表情を浮かべた後、何となく顔を見合わせた。
生まれる妙な連帯感。
皆の心が一致団結したのを余所に、アンダロが淡々と言葉を続ける。
「元々、この事件はダイイングメッセージが示す通り、僕を陥れる――引いては、リリアム様の風評を落とす為に仕組まれたものです。
キルラレタ=コルチカム、殺されてしまいましたが、事の始まりは彼が言い出したことではないか、と僕は思っています」
「え? 被害者が首謀者? いや、そりゃ、コルチカム家だし……。お前やリリアム嬢とは敵対するだろうが……でも、死んでるぞ?」
「死ぬつもりはなかったと思います。
単なる傷害事件――足を傷つけられたと、犯人を追うことができなかったと、嘘の傷害事件を起こすつもりだったのだと思います」
「狂言か」
第二王子は思い出した――足に一突き、心臓に一突き。
「逃がさない為に、足を封じたんじゃ無かったのか……」
「争った跡がありませんから。
大方、霊廟の扉が開いたので確認に入ったら、ローブ姿の怪しい奴にやられたと、騒ぐつもりだったのでは。
ただ、共犯のポンド=フーオル上級神官が足だけで済まさず、心臓まで突いて殺人事件にしてしまったのかと」
「なるほど、共犯かぁ……。しかし、えらく体張った狂言だな? 足ぐっさり刺されてたよな。
いくら狂言でも、いや、狂言だからこそ、そこまで相手を信用するものか? 無防備に急所一突きで殺されてるんだが」
「それは、ポンド=フーオル上級神官が、曲がりなりにも『神官』だったからですね。
さして抵抗の跡もなく殺されていた理由は、あの訓練所の見学で腑に落ちました。
キルラレタ=コルチカム、騎士の彼は『神官』の治癒術に慣れすぎて、血を流すことに慣れすぎて、傷を負おうとも後で神官が治すと疑わず、危機感が麻痺してしまっていた結果かと」
「そういや、訓練所の神殿騎士って、妙に神官を見下してたよな、無意識かもしれんが」
神官を守るのが神殿騎士だろうに、と第二王子が嫌そうに顔をしかめた。
アンダロも深く頷き、それはつまり神官、引いては癒し手を見下しているということですよね、と冷え冷えとした口調で言葉を落とす。
「キルラレタ=コルチカムは、痛覚遮断の魔法で痛みもなく安全に足を突かれて、安心した所をぐっさりと。
そしてポンド=フーオル上級神官は、騎士が血を流して倒れた後、ダイイングメッセージを。
そして、偽のダイイングメッセージを描いて霊廟を出たら――ポンド=フーオル上級神官の寿命が尽きたといった所ですね」
「…………寿命なら仕方ないよな!」
「そうね!」
淡々と、寿命だったんですというアンダロに、力強く第二王子とロサ嬢が頷き合った。騎士ソーンパスが再び、え? を顔一杯に浮かべる。
アンダロは困惑した表情を浮かべた騎士ソーンパスを一瞥し。
「もう十分苦しんでいる人に、塩を塗り込むような真似、しませんよ。せっかくの福音を苦しんでしまう様な者に、さらに石を投げろと? 僕はそこまで、人でなしではありません。
そもそも、神官の皮を被った強欲治癒術師が、自分の行動によって自分の寿命を縮めただけの話じゃないですか。
それで、そんなことより」
話を続けていいですか、と言うアンダロに、第二王子が真っ先に頷いた。さすが付き合いが長い分、切り替えが早い。
「ああ、うん、そうだな、確かに『そんなこと』だな」
思いがけない言葉に、騎士ソーンパスは膝を就いた。許されたわけでもない、まだ罰を与えられてさえいない。
それでも。
十分苦しんでいると。
慈愛の福音が身を苛む刺のように感じる罪悪感を。
騎士ソーンパスは、顔を覆い、言葉もなく地に伏せた。
そっと見ないフリをして話す第二王子とアンダロの、ちょっと後ろで満足気に微笑むリリアムを。
――わかったわ、あれが後方彼女面、もとい、後方主面って言うのね!
かしこさが1上がったロサ嬢が、訳知り顔で見ていた。
~・~・~
――申し上げた通り。
この事件は僕を殺人犯にして、専属護衛騎士から引きずり下ろす謀です。
そしてもう一つ。
お披露目を殺人事件で台無しにし、新しく来たリリアム様という癒し手に対して負の印象を抱かせ、風評を落とすために仕組まれました。
この計画が上手くいったとして、その時、犯人に仕立て上げられた僕を、当然リリアム様は犯人とは違うと否定するでしょう。そうすると、その姿は――証拠も無しに依怙贔屓で専属護衛騎士を庇う、愚かで我が儘な癒し手、に成り下がります。
相手を下げれば、相対的に古参の神殿側の方が上がると……。
そうですね、殿下のおっしゃる通り、マウントを取ろうとしたのだと思います。
予想ですが、マウントを取ろうとしたのはキルラレタ=コルチカム、その人だったと思います。
僕に怪我を負わせられたと騒ぎ立てる――さすがに、命じられても実行する者はいないでしょう。仮にいたとしても、計画を明かした瞬間に密告に走られても困るでしょうから、自分で実行するしかありません。
なので、恐らくこの事件の、本当に最初の首謀者は、キルラレタ=コルチカムだったと思います。
まぁ、誰がそんな騒ぎを信じるのか、とか、どう考えても騒ぎを扇動する者が必要だとか、少し考えただけでも杜撰に過ぎますが。
彼の考えた幸せな未来は。
僕をグレーの専属護衛騎士として、犯人は捕まらないまま。
犯人を庇い立てするような癒し手の威光なぞ、大したことないのだと吹聴し。
これまで通り、癒し手も専属護衛騎士も知ったことではないと、神殿内で好き放題する。
その為にこの事件を思いつき、実行したのだと――結果、殺されましたが。
比べて、専属護衛騎士を交代させたいというのは、似て非なる思惑でしょう。さすがに、コルチカム勢力から専属護衛騎士を、リリアム様が選ぶとは思わないでしょうし。
では、専属護衛騎士を交代というと――ダイイングメッセージといい、こちらは明らかに標的は僕です。
信仰心があるとはとても思えない、神殿に属したこともないどころか、逆に今までは神殿と距離を置いていた、ぽっと出の若造が待望の癒し手の専属護衛騎士に。
古参の神殿騎士からすれば、納得できるものでは無いでしょう。
この二つの、親和性の大変高い思惑が絡み合った結果が。
事あるごとに、『癒し手様の仰せの通り』と繰り返し、まるで白であっても黒だとするかのような言い回しを。
ポンド=フーオル上級神官は鍵を持っていませんでしたので、霊廟は開けられません。だから、犯人ではないのではと、誰でも思います。
その上で、僕に『鍵』のことを一切問わず。
癒し手様がそう仰るから、専属護衛騎士を犯人とは致しません、聞きもしません、と言わんばかりに。
印象操作も甚だしい。
さて、この二つの思惑の懸け橋になったのが……そうですね、殿下のおっしゃる通り、イヤすぎる懸け橋ですね。
ゆすりたかり脅迫恐喝と、多くの騎士や神官と顔の広かったフーオル上級神官。
古参で、経理に明るく、隊を越えて頼られる顔の広い、騎士ゲトサゥス殿。
印象は真逆ですが、お二人とも神殿内に大変広い人脈を築いておられたようで。
これで知り合いじゃないといったら嘘でしょう。
僕の予想では。
まずはキルラレタ=コルチカムが杜撰な計画を立てて。
前から金銭で関係のあったポンド=フーオル上級神官に、防御魔法や治癒術の為に計画を持ち掛けたら。
あまりに杜撰すぎる計画に、ポンド=フーオル上級神官が騎士ゲトサゥスを巻き込んで。
騎士ゲトサゥスが、見張りの偽証その他諸々を付け加えて、もう少し説得力のある計画に仕立て直して。
その「もう少し説得力のある計画」を実行する為には、僕を専属護衛騎士から外したい者の協力が必要で。
僕を専属護衛騎士から外したい者にとっては、騎士ゲトサゥスから回ってきた話は渡りに船で。
そうして最終的には、首謀者のキルラレタ=コルチカムの知らない所で作戦は練り直されて――実行された結果がこの事件です。
狂言の実行者なんて、生きたまま下手なことしゃべられるより、死んでおいてもらった方が後腐れないですから――
「あー、うん、すごいなー、よくわかったぞー」
最後の感想、実感篭ってたけど気のせいだよな、と第二王子が小声で呟く。
もはや日もとっぷりと暮れ、騎士ソーンパスを交えての話し合いは、そろそろ終盤に差し掛かろうとしていた。
「でも、ポンド=フーオル上級神官がゲトサゥス殿を巻き込んだっていうのは、ちょっと無理がないか?」
根拠があるのか、という第二王子の疑問に、アンダロが打てば響くように応えを返す。
「騎士ゲトサゥス殿は、殺された騎士の、前のシフトの見張りでした。時間帯で言うと、深夜から深夜過ぎの見張りです。
霊廟に、僕たちより前にいて、総騎士団長殿の横に控えていました。
聞けば、飛び起きて駆けつけた、と言ってましたが。
警鐘が鳴って、僕たちも呼ばれて、急ぎ駆けつけ――僕たちはかなり早く駆けつけたはずです。
現に、寝巻に祭服を被っただけの姿で走ってきた大神官長殿は、僕たちよりも随分と遅かった。
夜明けのお勤めで起きていた神官や騎士、増員された回廊の見張り騎士。彼らが霊廟に真っ先に着き、敷地からも溢れて渡り廊下に。これは理解できます。
ですが、就寝していたはずの彼が、勤務中の騎士と変わらない姿で、僕たちよりも先に霊廟に着いていたのは、あまりにも不自然です」
第二王子が聞いたっていつだ、と問えば、訓練場に案内してもらった時ですよ、との返事。
「事件発生直後、犯人を逃がさない為、などと言って石橋を落としましたが。
僕やリリアム様が容易に逃げられないよう、最初から落とすと決めていたのかもしれません。計画通りであるなら、僕は殺人犯になっていたはずですから。
そして、命令を受けて真っ先に橋を落としに走ったのは、ゲトサゥス殿です」
「裏付けは、ばっちりか……」
ほんと、なんでこいつを犯人にしようとしたんだ、と第二王子が何度目かの呟きを零す。
すると考え込んでいたロサ嬢が、困惑した声で疑問を口にした。
「でも、『鍵』がないと霊廟は開かないわ。
どうやってポンド=フーオル上級神官様は、霊廟に入ったのかしら」
「単純な話です。霊廟の扉は、開いていたのですよ。総騎士団長の『鍵』が確認されてるのは、犯行時刻頃だけですから」
アンダロの答えに、全員が、あ、と顔を見合わせた。騎士ソーンパスも、霊廟は閉まっているものと思い込んでいました、と呟く。
「え、じゃあ、いつから開いてたんだ……? え、もしやずっと開きっぱなし? あ、いや、『捧げもの』の後は、ちゃんと閉めてたよな」
第二王子が慌てて思い返す。
初日、リリアムが『捧げもの』を霊廟に納め、その後、総騎士団長が施錠していたのを、確かに全員が見ていた。
しかし。
「深夜から深夜過ぎの見張り当番が、騎士ゲトサゥス。
深夜過ぎから明け方までの見張り当番が、騎士キルラレタ=コルチカム。
そして、『鍵』の持ち主。
彼らが共犯なら、問題はなくなります」
アンダロは、それよりも、と言葉を継いだ。
「明日、ベニスィー国から来る癒し手様を、神殿は勢ぞろいして迎えますが。その時、恐らく騎士キルラレタ=コルチカム殺害の件が蒸し返されます。
犯行時刻には総騎士団長は『鍵』を持って別の場所にいたこと。
残されたダイイングメッセージ。
見張りの偽証。
『癒し手様の仰せの通り』。
これらを上手く組み合わせて説明すれば――表向きは庇う様子を装いながらも、僕を犯人に仕立て上げることができるでしょう」
そして、その言い分に迎合する者が多ければ多いほど信憑性が増します、と言って、アンダロは全員の顔を見渡した。
「僕が犯人でないという事実を明確にしたとしても。
現状、僕たちは今、敵地にいます。地の利は敵方にあり、敵方の人数が多いのが現状です。
僕たちは口の数と声の大きさで劣ります。
……火力で勝っているのは知ってます」
アンダロが握り拳を作ったロサ嬢に向かって、わざわざ言い足した。追加の言葉に、にっこりと満足げにロサ嬢が笑う。
その横で、第二王子が困り切った表情と口調で、挙手するかのように片手を上げた。
「多数決で負けるなら、圧倒的事実で迎え撃つしかないが。
え、客観的に犯人じゃない、なんていう証拠、あるのか? へたすると、悪魔の証明じゃないか。
王家代表の俺が言った所で、リリアム嬢と同じくただの依怙贔屓、王家が圧力をかけただけのことになるぞ」
ベニスィー国からの癒し手様にどう思われるか、と難しい表情を崩すことができない第二王子に、だがしかし、アンダロは平然と返した。
「いえ、そこは問題ありません」
「ないのかよ!」
思わず、という風に口を挟む第二王子を余所に、リリアムが心配げに見つめ、斬鬼に耐えかねた様に口を開いた。
「わたしが、神殿の主にはならないと、我が儘を言ったせいで……」
即座にアンダロはリリアムに向き直り、心配ありません、と言葉を紡いだ。
「ご安心ください。この身の潔白は必ずや証明致します。
まだそれを明かしていないのは、せっかくのお披露目に影を落とした者を、僕が許せないからです。
リリアム様が所属する組織ですから、つい掃除を、と思ってしまいました、申し訳ありません」
黙って聞いていた騎士ソーンパスが、掃除、と力なく呟いた。
つい、なのね、とロサ嬢が感想を漏らした。
アンダロが改めて全員に向き直り、宣言する。
「僕が犯人ではない証拠は、今は示すことができません。ですが必ず、明日、衆人環視の下で証明します。
ただ、その時に、多勢に無勢で有耶無耶にされては困りますので。万が一の時は、殿下とロサ嬢に助力をお願いしたいのです――勝っている火力で武力制圧を」
「任せて! わたし、そういうのは得意よ!」
ロサ嬢が太陽の如く輝かしい笑顔で、言い切った。花咲くような、陽が差したような、華やかで明るい笑顔に場が和む。
少し明るさを取り戻した一行は、明日の段取りを張り切って組み始めた。
~・~・~
話を終えて。
「では、私はこれで。また明日……」
「ソーンパス殿、お待ちを。
ポンド=フーオル上級神官の死に貴殿が関わっていることは明白。
明日、と約束して別れた次の朝、待てど暮らせど来ない――よくある話です」
「『また明日、それが彼を見た最後だった』。……フラグ立てるのやめようぜ? それとな、よくある話じゃないからな???
とりあえず、心配としては妥当だから、予備の寝台を用意しよう。
泊っていけ」
果たして、全員無事に、明日を迎えることはできたが。
平穏、であるかどうかは、また別の話だった。
<人物紹介>
キルラレタ=コルチカム
殺された被害者の騎士。明け方前の南扉の見張り。
一作目の、癒し手と偽った悪役令嬢の親戚。
グロリオサ=コルチカム侯爵令嬢
一作目のナレ死な悪役令嬢。
リリアム(本物)を脅迫して、癒し手と偽っていた。
騎士ゲトサゥス
殺された騎士の、直前の南扉見張りシフトに入っていた騎士。
騎士トーク=ソーンパス
犯行時刻の、南通路の見張り。
上級神官ポンド=フーオル
水死体な池ぽちゃ神官。
治癒術の腕は良い、強欲神官。
(前書きからの)自問自答
問)嘘発見の魔法に引っかからないの?
答)結局は「往来」してないし、フーオル神官は怪しい人じゃないもん!
「真実を告げる魔法」はこーゆー言い逃れが自由なので、使いものになりません。
(Q 夜の暗がりの中、霊廟から出てくる血まみれの人物は怪しくないの?)
(FA 怪しいですが身元はしっかりしてます。「怪しさ」の意味が異なります。「真実を告げる魔法」は、だから使いものになりません、定期)
(小ネタ)
あひる探偵先生の「ミステリテンプレ・あるあるをツッコムだけのエッセイ」。
名言、迷言?がいっぱい出てきて面白いですよ!
例「いらん決断力を~」名言です(断言)。
(どんぶらこと流された断罪の救い上げ)
少し落ち着いたのか、騎士ソーンパスがぽつぽつと語る。
――やってしまった、と橋を戻して見に行ったら霊廟の扉は開いており、やはり思った通り人が血を流して明らかに死んでいて。どうすれば、と思いながらも見張りの定位置に戻ったら交代の時間になり。恩人では無かった、利用されていただけだった、見殺しにされた騎士になんと詫びれば――
後悔の滲む懺悔に、リリアムは黙って耳を傾けた。
声を届けることもできず、姿を見せることもできず、何一つできない無力な神が、ただ見守るがごとく。
リリアムは、黙って耳を傾け続けた。
長い後書きを読んでいただいて、ありがとうございました!
六話「事件の鍵は告げる 犯人はお前だ!」
明日19時更新予定です、お楽しみに!