表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5 フフフ……奴は犯人の中でも最弱……

騎士ソーンパス。犯行時刻、南の渡り廊下の見張りでした。

証言「往来した者はおりませんし、怪しい人影も見ておりません」(2話「オオカミがきたぞー!)


第一の被害者、騎士キルラレタ=コルチカム。

第二の被害者、ポンド=フーオル上級神官。(定期)

 第二王子達が訓練場での感想を思い思いに話していると、黙って話を聞いていた騎士ソーンパスが思いつめた表情で口を開いた。


「……神は、いつも見ておられる……本当に、我らは――私は、見守られているのですね……」


 福音を反芻するように胸に手を当て、言葉とは逆に沈痛な表情を浮かべた騎士ソーンパスは、やおら席を立ち、リリアムの前に跪いた。


「神はご存知であられる。

 ポンド=フーオル上級神官を殺したのは――私です」


 騎士ソーンパスは隠しに隠していた言葉を、誰にも知られたくなかった事実を告げた。よりにもよって本物の癒し手に。

 神官達が涙した、胸に木霊する福音。

 昨日までの自分ならば共に喜び合うことができましたが、今は、これほどまでに苦しい、と唇をかみ締めて懺悔する。


 騎士ソーンパスは剣を床に置き、騎士の徽章を外し、首を垂れて断罪を待った。

 そして弁解も釈明も一切せず断たれるを待つ彼に対し、真っ先に言の刃を振り下ろしたのは、アンダロだった。

 

「ですが、ソーンパス殿は騎士キルラレタ=コルチカムの殺害には何一つ関係ありません。

 そんなことより」

「そんなことより!?」


 大きく斜めに振り下ろされた言の刃に、全員の――アンダロを除く全員の声が重なった。

 大きな声に、客室の扉が叩かれる。人払いした為、外に出された王宮護衛兵が、扉の外から少々心配げな声で何かあったかと尋ねてきた。


「すまん、驚いただけで、こちらは何もない。

 大丈夫だ!

 …………いや、うん、何かあったし大丈夫じゃないけどな……」


 大声で心配ないと扉の外の護衛に返した第二王子が、小声で真逆の本音を零す。ロサ嬢が大きく頷き、大きな目を騎士ソーンパス、そしてアンダロと、交互に向けた。


「えっと、犯人だけど、犯人じゃないってことなのかしら?」


 あら、意味が分からないわ、と困惑するロサ嬢に、大丈夫だ、俺も分からん、と第二王子が堂々と頷く。


「よし、アンダロ。もうちょっと言葉足して、説明しろ。

 とりあえず、ポンド=フーオル上級神官を殺した犯人は、ソーンパス騎士殿なんだな?」


「はい。あの状況では、ソーンパス殿しか殺すことができません。靴跡がはっきりと、霊廟から出て南の渡り廊下に向かっていましたから」


 そこで、第二王子が首を傾げた。明け方の会話を思い出し、口に出す。


「えっと、靴跡って、敷地から渡り廊下に行く途中で途切れてたよな?」


「はい。だからこそ、殺害方法が絞れました。

 渡り廊下も、石壁(ストーンウォール)の魔法で出来てますね? 境目の柱に、陸と霊廟区を繋ぐ石橋と同じ『魔道具』が設置されてありました」


 アンダロが、緑の目を真っ直ぐに騎士ソーンパスに向けた。


「石壁の魔法を解除すれば、上にいた者は否応もなく池に落ちます。

 僕たちが渡ったあの渡り廊下、あれは『新しい』渡り廊下だったのでは」


「その通りです。

 見張り時間も半ばすぎた頃、突然フーオル上級神官が来て、私にローブを預けて霊廟に向かいました。

 何をしに向かったのかと思いましたが、それほど間を置かず出て来たので、すぐに分かりました。

 ええ、返り血塗れの神官服そのままに、顔にかかった血の滴さえも拭わずに出てきましたから」


 騎士ソーンパスが視線に耐えきれぬとばかりに俯き、両手で顔を覆って首を振った。枯れた藁色の髪が動きに従い、力なく揺れる。


「あの者は、私を見て嗤いました……確かに、嗤ったのです。『これでお前も共犯だ』と、そう、言われた気がしました。

 明け方前のあの時分、いるのはフーオル上級神官と私のみ。

 手元には特注品の魔道具。

 だから、だから咄嗟に私は……」


「なるほど。()るなら今だと、いらん決断力を発揮してしまったと」


 第二王子の言葉に、騎士ソーンパスは項垂れたまま、苦しげな声で懺悔を続けた。


「フーオル上級神官は、私にとっては命の恩人……だと思っていました。

 以前、魔獣退治の任務に向かった時、私は命を救われたのです。しかし私を優先したせいで、一人の騎士の治癒が間に合わず命が失われ……。

 そのことでフーオル上級神官は糾弾され、評価も落ちました。


 私の治癒を優先させたが為に、不当に貶されたと、そう思い。私は、私のできる限りで恩を返そうとしました。

 初めの頃は、見張りの順番変更などの他愛のない事を。フーオル上級神官は顔が広く、多くの騎士や神官と親交があったようで、小さな頼み事をいくつか。


 ……それが段々、討伐隊参加への交代が頻繁となり、内勤でも見張りであれば夜番に交代を頼まれ――ただ単に利用されていると、早々に知ることになりました」


 私が愚かだったのです、と項垂れたまま騎士ソーンパスが語る。


「治癒の間に合わなかった騎士のことを調べました。真面目な人柄で賄賂に屈せず、コルチカム関係の騎士や神官に厭われていたと、知りました。

 フーオル上級神官は、かの騎士をわざと見殺しにして、その理由に私を使っただけなのだと。

 ですがそれでも……それでも、命の恩人であることは間違いなく……。

 どうすれば、と悩みながらも日々を過ごしている内に、あの夜を迎えてしまいました」


「手渡されたローブは、そのまま池に捨てましたか。まぁ、持っていたくもないでしょう。

 おそらくフーオル上級神官は、後から受け取り、血まみれの姿を隠すつもりだったのでは。ついでに、東通路の見張りにローブ姿を見せて、本物の目撃証人を作っておく、ぐらいでしょうか」


 アンダロの言葉に頷く騎士ソーンパスに、もはや言葉はない。自らの罪は白日の下に晒され、告解を経て審判の時を迎えた罪人として、再び、断罪の言葉に身構えた。

 そして、改めて下された言葉が――。


「というわけで、ソーンパス殿は無関係です」

「なるほどなぁ。

 じゃあ、次だ、次。キルラレタ=コルチカム騎士を殺したのは?」


 ソーンパス殿、ちゃんと後で話すからな、今はこっち優先な、と第二王子が言葉を下し、断罪はどんぶらこと流された。

 

「ポンド=フーオル上級神官ですね。

 ダイイングメッセージを偽装するのに、血だまりに長くいたのでしょう。靴に血が染み込んだようですね。

 凶器の血を拭いもしてなかったのは、恐らく、後で僕の部屋に仕込むつもりだったのではないかと」


 遠い目をして、あー、お前が先読みして潰してしまったアレな、と呟く第二王子に、皆も、あー、アレ、と頷く。


「なるほど、仕込むブツも無かったから、実行されなかったと……」


 そっかー、という呟きに皆が腑に落ちた表情を浮かべた後、何となく顔を見合わせた。

 生まれる妙な連帯感。

 皆の心が一致団結したのを余所に、アンダロが淡々と言葉を続ける。


「元々、この事件はダイイングメッセージが示す通り、僕を陥れる――引いては、リリアム様の風評を落とす為に仕組まれたものです。

 キルラレタ=コルチカム、殺されてしまいましたが、事の始まりは彼が言い出したことではないか、と僕は思っています」


「え? 被害者が首謀者? いや、そりゃ、コルチカム家だし……。お前やリリアム嬢とは敵対するだろうが……でも、死んでるぞ?」


「死ぬつもりはなかったと思います。

 単なる傷害事件――足を傷つけられたと、犯人を追うことができなかったと、嘘の傷害事件を起こすつもりだったのだと思います」


「狂言か」

 第二王子は思い出した――足に一突き、心臓に一突き。

「逃がさない為に、足を封じたんじゃ無かったのか……」


「争った跡がありませんから。

 大方、霊廟の扉が開いたので確認に入ったら、ローブ姿の怪しい奴にやられたと、騒ぐつもりだったのでは。

 ただ、共犯のポンド=フーオル上級神官が足だけで済まさず、心臓まで突いて殺人事件にしてしまったのかと」


「なるほど、共犯かぁ……。しかし、えらく体張った狂言だな? 足ぐっさり刺されてたよな。

 いくら狂言でも、いや、狂言だからこそ、そこまで相手を信用するものか? 無防備に急所一突きで殺されてるんだが」


「それは、ポンド=フーオル上級神官が、曲がりなりにも『神官』だったからですね。

 さして抵抗の跡もなく殺されていた理由は、あの訓練所の見学で腑に落ちました。

 キルラレタ=コルチカム、騎士の彼は『神官』の治癒術に慣れすぎて、血を流すことに慣れすぎて、傷を負おうとも後で神官が治すと疑わず、危機感が麻痺してしまっていた結果かと」


「そういや、訓練所の神殿騎士って、妙に神官を見下してたよな、無意識かもしれんが」


 神官を守るのが神殿騎士だろうに、と第二王子が嫌そうに顔をしかめた。

 アンダロも深く頷き、それはつまり神官、引いては癒し手を見下しているということですよね、と冷え冷えとした口調で言葉を落とす。


「キルラレタ=コルチカムは、痛覚遮断の魔法で痛みもなく安全に足を突かれて、安心した所をぐっさりと。

 そしてポンド=フーオル上級神官は、騎士が血を流して倒れた後、ダイイングメッセージを。

 そして、偽のダイイングメッセージを描いて霊廟を出たら――ポンド=フーオル上級神官の寿命が尽きたといった所ですね」


「…………寿命なら仕方ないよな!」

「そうね!」


 淡々と、寿命だったんですというアンダロに、力強く第二王子とロサ嬢が頷き合った。騎士ソーンパスが再び、え? を顔一杯に浮かべる。

 アンダロは困惑した表情を浮かべた騎士ソーンパスを一瞥し。


「もう十分苦しんでいる人に、塩を塗り込むような真似、しませんよ。せっかくの福音を苦しんでしまう様な者に、さらに石を投げろと? 僕はそこまで、人でなしではありません。

 そもそも、神官の皮を被った強欲治癒術師が、自分の行動によって自分の寿命を縮めただけの話じゃないですか。

 それで、そんなことより」


 話を続けていいですか、と言うアンダロに、第二王子が真っ先に頷いた。さすが付き合いが長い分、切り替えが早い。


「ああ、うん、そうだな、確かに『そんなこと』だな」


 思いがけない言葉に、騎士ソーンパスは膝を就いた。許されたわけでもない、まだ罰を与えられてさえいない。

 それでも。

 十分苦しんでいると。

 慈愛の福音が身を苛む刺のように感じる罪悪感を。


 騎士ソーンパスは、顔を覆い、言葉もなく地に伏せた。


 そっと見ないフリをして話す第二王子とアンダロの、ちょっと後ろで満足気に微笑むリリアムを。


 ――わかったわ、あれが後方彼女面、もとい、後方主面(あるじづら)って言うのね!


 かしこさが1上がったロサ嬢が、訳知り顔で見ていた。



 ~・~・~



 ――申し上げた通り。

 この事件は僕を殺人犯にして、専属護衛騎士から引きずり下ろす(はかりごと)です。

 そしてもう一つ。

 お披露目を殺人事件で台無しにし、新しく来たリリアム様という癒し手に対して負の印象を抱かせ、風評を落とすために仕組まれました。


 この計画が上手くいったとして、その時、犯人に仕立て上げられた僕を、当然リリアム様は犯人とは違うと否定するでしょう。そうすると、その姿は――証拠も無しに依怙贔屓で専属護衛騎士を庇う、愚かで我が儘な癒し手(前の偽物と同じ)、に成り下がります。

 相手を下げれば、相対的に古参の神殿側の方が上がると……。

 そうですね、殿下のおっしゃる通り、マウントを取ろうとしたのだと思います。


 予想ですが、マウントを取ろうとしたのはキルラレタ=コルチカム、その人だったと思います。

 僕に怪我を負わせられたと騒ぎ立てる――さすがに、命じられても実行する者はいないでしょう。仮にいたとしても、計画を明かした瞬間に密告に走られても困るでしょうから、自分で実行するしかありません。


 なので、恐らくこの事件の、本当に最初の首謀者は、キルラレタ=コルチカムだったと思います。

 まぁ、誰がそんな騒ぎを信じるのか、とか、どう考えても騒ぎを扇動する者が必要だとか、少し考えただけでも杜撰に過ぎますが。

 

 彼の考えた幸せな未来は。

 僕をグレーの専属護衛騎士として、犯人は捕まらないまま。

 犯人を庇い立てするような癒し手の威光なぞ、大したことないのだと吹聴し。

 これまで通り、癒し手も専属護衛騎士も知ったことではないと、神殿内で好き放題する。

 その為にこの事件を思いつき、実行したのだと――結果、殺されましたが。

 

 比べて、専属護衛騎士を交代させたいというのは、似て非なる思惑でしょう。さすがに、コルチカム勢力から専属護衛騎士を、リリアム様が選ぶとは思わないでしょうし。


 では、専属護衛騎士を交代というと――ダイイングメッセージといい、こちらは明らかに標的は僕です。

 信仰心があるとはとても思えない、神殿に属したこともないどころか、逆に今までは神殿と距離を置いていた、ぽっと出の若造が待望の癒し手の専属護衛騎士に。

 古参の神殿騎士からすれば、納得できるものでは無いでしょう。


 この二つの、親和性の大変高い思惑が絡み合った結果が。


 事あるごとに、『癒し手様の仰せの通り』と繰り返し、まるで白であっても黒だとするかのような言い回しを。

 ポンド=フーオル上級神官は鍵を持っていませんでしたので、霊廟は開けられません。だから、犯人ではないのではと、誰でも思います。

 その上で、僕に『鍵』のことを一切問わず。

 癒し手様がそう仰るから、専属護衛騎士を犯人とは致しません、聞きもしません、と言わんばかりに。

 印象操作も甚だしい。


 さて、この二つの思惑の懸け橋になったのが……そうですね、殿下のおっしゃる通り、イヤすぎる懸け橋ですね。

 

 ゆすりたかり脅迫恐喝と、多くの騎士や神官と顔の広かったフーオル上級神官。

 古参で、経理に明るく、隊を越えて頼られる顔の広い、騎士ゲトサゥス殿。

 印象は真逆ですが、お二人とも神殿内に大変広い人脈を築いておられたようで。

 これで知り合いじゃないといったら嘘でしょう。


 僕の予想では。

 まずはキルラレタ=コルチカムが杜撰な計画を立てて。

 前から金銭で関係のあったポンド=フーオル上級神官に、防御魔法や治癒術の為に計画を持ち掛けたら。

 あまりに杜撰すぎる計画に、ポンド=フーオル上級神官が騎士ゲトサゥスを巻き込んで。

 騎士ゲトサゥスが、見張りの偽証その他諸々を付け加えて、もう少し説得力のある計画に仕立て直して。

 その「もう少し説得力のある計画」を実行する為には、僕を専属護衛騎士から外したい者の協力が必要で。

 僕を専属護衛騎士から外したい者にとっては、騎士ゲトサゥスから回ってきた話は渡りに船で。


 そうして最終的には、首謀者のキルラレタ=コルチカムの知らない所で作戦は練り直されて――実行された結果がこの事件です。

 狂言の実行者なんて、生きたまま下手なことしゃべられるより、死んでおいてもらった方が後腐れないですから――




「あー、うん、すごいなー、よくわかったぞー」


 最後の感想、実感篭ってたけど気のせいだよな、と第二王子が小声で呟く。

 もはや日もとっぷりと暮れ、騎士ソーンパスを交えての話し合いは、そろそろ終盤に差し掛かろうとしていた。


「でも、ポンド=フーオル上級神官がゲトサゥス殿を巻き込んだっていうのは、ちょっと無理がないか?」


 根拠があるのか、という第二王子の疑問に、アンダロが打てば響くように応えを返す。


「騎士ゲトサゥス殿は、殺された騎士の、前のシフトの見張りでした。時間帯で言うと、深夜から深夜過ぎの見張りです。

 霊廟に、僕たちより前にいて、総騎士団長殿の横に控えていました。

 聞けば、飛び起きて駆けつけた、と言ってましたが。

 警鐘が鳴って、僕たちも呼ばれて、急ぎ駆けつけ――僕たちはかなり早く駆けつけたはずです。

 現に、寝巻に祭服を被っただけの姿で走ってきた大神官長殿は、僕たちよりも随分と遅かった。


 夜明けのお勤めで起きていた神官や騎士、増員された回廊の見張り騎士。彼らが霊廟に真っ先に着き、敷地からも溢れて渡り廊下に。これは理解できます。


 ですが、就寝していたはずの彼が、勤務中の騎士と変わらない姿で、僕たちよりも先に霊廟に着いていたのは、あまりにも不自然です」


 第二王子が聞いたっていつだ、と問えば、訓練場に案内してもらった時ですよ、との返事。


「事件発生直後、犯人を逃がさない為、などと言って石橋を落としましたが。

 僕やリリアム様が容易に逃げられないよう、最初から落とすと決めていたのかもしれません。計画通りであるなら、僕は殺人犯になっていたはずですから。

 そして、命令を受けて真っ先に橋を落としに走ったのは、ゲトサゥス殿です」


裏付け(根拠)は、ばっちりか……」


 ほんと、なんでこいつを犯人にしようとしたんだ、と第二王子が何度目かの呟きを零す。

 すると考え込んでいたロサ嬢が、困惑した声で疑問を口にした。


「でも、『鍵』がないと霊廟は開かないわ。

 どうやってポンド=フーオル上級神官様は、霊廟に入ったのかしら」


「単純な話です。霊廟の扉は、開いていたのですよ。総騎士団長の『鍵』が確認されてるのは、犯行時刻頃だけですから」


 アンダロの答えに、全員が、あ、と顔を見合わせた。騎士ソーンパスも、霊廟は閉まっているものと思い込んでいました、と呟く。


「え、じゃあ、いつから開いてたんだ……? え、もしやずっと開きっぱなし? あ、いや、『捧げもの』の後は、ちゃんと閉めてたよな」


 第二王子が慌てて思い返す。

 初日、リリアムが『捧げもの』を霊廟に納め、その後、総騎士団長が施錠していたのを、確かに全員が見ていた。

 しかし。


「深夜から深夜過ぎの見張り当番が、騎士ゲトサゥス。

 深夜過ぎから明け方までの見張り当番が、騎士キルラレタ=コルチカム。

 そして、『鍵』の持ち主。

 彼らが共犯なら、問題はなくなります」


 アンダロは、それよりも、と言葉を継いだ。


「明日、ベニスィー国から来る癒し手様を、神殿は勢ぞろいして迎えますが。その時、恐らく騎士キルラレタ=コルチカム殺害の件が蒸し返されます。


 犯行時刻には総騎士団長は『鍵』を持って別の場所にいたこと。

 残されたダイイングメッセージ。

 見張りの偽証。

 『癒し手様の仰せの通り』。


 これらを上手く組み合わせて説明すれば――表向きは庇う様子を装いながらも、僕を犯人に仕立て上げることができるでしょう」


 そして、その言い分に迎合する者が多ければ多いほど信憑性が増します、と言って、アンダロは全員の顔を見渡した。


「僕が犯人でないという事実を明確にしたとしても。

 現状、僕たちは今、敵地にいます。地の利は敵方にあり、敵方の人数が多いのが現状です。

 僕たちは口の数と声の大きさで劣ります。

 ……火力で(まさ)っているのは知ってます」


 アンダロが握り拳を作ったロサ嬢に向かって、わざわざ言い足した。追加の言葉に、にっこりと満足げにロサ嬢が笑う。

 その横で、第二王子が困り切った表情と口調で、挙手するかのように片手を上げた。


「多数決で負けるなら、圧倒的事実で迎え撃つしかないが。

 え、客観的に犯人じゃない、なんていう証拠、あるのか? へたすると、悪魔の証明じゃないか。

 王家代表の俺が言った所で、リリアム嬢と同じくただの依怙贔屓、王家が圧力をかけただけのことになるぞ」


 ベニスィー国からの癒し手様にどう思われるか、と難しい表情を崩すことができない第二王子に、だがしかし、アンダロは平然と返した。


「いえ、そこは問題ありません」

「ないのかよ!」


 思わず、という風に口を挟む第二王子を余所に、リリアムが心配げに見つめ、斬鬼に耐えかねた様に口を開いた。


「わたしが、神殿の主にはならないと、我が儘を言ったせいで……」


 即座にアンダロはリリアムに向き直り、心配ありません、と言葉を紡いだ。


「ご安心ください。この身の潔白は必ずや証明致します。

 まだそれを明かしていないのは、せっかくのお披露目に影を落とした者を、僕が許せないからです。

 リリアム様が所属する組織ですから、つい掃除を、と思ってしまいました、申し訳ありません」


 黙って聞いていた騎士ソーンパスが、掃除、と力なく呟いた。

 つい、なのね、とロサ嬢が感想を漏らした。 

 アンダロが改めて全員に向き直り、宣言する。


「僕が犯人ではない証拠は、今は示すことができません。ですが必ず、明日、衆人環視の下で証明します。

 ただ、その時に、多勢に無勢で有耶無耶にされては困りますので。万が一の時は、殿下とロサ嬢に助力をお願いしたいのです――勝っている火力で武力制圧を」


「任せて! わたし、そういうのは得意よ!」


 ロサ嬢が太陽の如く輝かしい笑顔で、言い切った。花咲くような、陽が差したような、華やかで明るい笑顔に場が和む。


 少し明るさを取り戻した一行は、明日の段取りを張り切って組み始めた。



 ~・~・~



 話を終えて。


「では、私はこれで。また明日……」


「ソーンパス殿、お待ちを。

 ポンド=フーオル上級神官の死に貴殿が関わっていることは明白。

 明日、と約束して別れた次の朝、待てど暮らせど来ない――よくある話です」


「『また明日、それが彼を見た最後だった』。……フラグ立てるのやめようぜ? それとな、よくある話じゃないからな???

 とりあえず、心配としては妥当だから、予備の寝台を用意しよう。

 泊っていけ」


 果たして、全員無事に、明日を迎えることはできたが。

 平穏、であるかどうかは、また別の話だった。


<人物紹介>


キルラレタ=コルチカム

 殺された被害者の騎士。明け方前の南扉の見張り。

 一作目の、癒し手と偽った悪役令嬢の親戚。


グロリオサ=コルチカム侯爵令嬢

 一作目のナレ死な悪役令嬢。

 リリアム(本物)を脅迫して、癒し手と偽っていた。


騎士ゲトサゥス

 殺された騎士の、直前の南扉見張りシフトに入っていた騎士。


騎士トーク=ソーンパス

 犯行時刻の、南通路の見張り。


上級神官ポンド=フーオル

 水死体な池ぽちゃ神官。

 治癒術の腕は良い、強欲神官。


(前書きからの)自問自答

問)嘘発見の魔法に引っかからないの? 

答)結局は「往来」してないし、フーオル神官は怪しい人じゃないもん!

「真実を告げる魔法」はこーゆー言い逃れが自由なので、使いものになりません。

 (Q 夜の暗がりの中、霊廟から出てくる血まみれの人物は怪しくないの?)

 (FA 怪しいですが身元はしっかりしてます。「怪しさ」の意味が異なります。「真実を告げる魔法」は、だから使いものになりません、定期)


(小ネタ)

あひる探偵先生の「ミステリテンプレ・あるあるをツッコムだけのエッセイ」。

名言、迷言?がいっぱい出てきて面白いですよ!

例「いらん決断力を~」名言です(断言)。



(どんぶらこと流された断罪の救い上げ)


 少し落ち着いたのか、騎士ソーンパスがぽつぽつと語る。

 ――やってしまった、と橋を戻して見に行ったら霊廟の扉は開いており、やはり思った通り人が血を流して明らかに死んでいて。どうすれば、と思いながらも見張りの定位置に戻ったら交代の時間になり。恩人では無かった、利用されていただけだった、見殺しにされた騎士になんと詫びれば――


 後悔の滲む懺悔に、リリアムは黙って耳を傾けた。

 声を届けることもできず、姿を見せることもできず、何一つできない無力な神が、ただ見守るがごとく。

 リリアムは、黙って耳を傾け続けた。


 長い後書きを読んでいただいて、ありがとうございました!


六話「事件の鍵は告げる 犯人はお前だ!」

明日19時更新予定です、お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリーズ一作目 「癒し手の偽り ~おお、悪役令嬢よ、死んでしまうとは情けない~」
https://ncode.syosetu.com/n7095ie/

聖女と勇者の御伽噺(短編)「だからあなたを守ります」
https://ncode.syosetu.com/n2896id/

神殿関連の御伽噺(短編)「いいえ、そんなことはありません」
https://ncode.syosetu.com/n6038ii/

「これは政略結婚です」(異世界恋愛中編)
https://ncode.syosetu.com/n1556iq/

アルナシィオン国がいかにして文化の国となったか「彼方にて幻を想う」
https://ncode.syosetu.com/n8732id/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ