3 推しのロールプレイ
この世界、多神教です。
力の強弱はあれど、実際に存在してます。
昔々、御伽噺の勇者や魔王よりももっと昔。
ある一人の善良な人間が、身を粉にして人々の為に働いていたという。東に戦があれば怪我人を治しに、西に飢饉があれば畑を耕しに。
そしていつしか、その人間は神より力を授かり、遍くすべてを癒したという。
癒し――魔法による治癒術ではなく、病や四肢欠損までをも含む、まさに神の回復であり。
癒し――干ばつによる大地の飢え、嵐による天の怒りをも宥め、豊穣をもたらした。
今、その存在は「癒し手」と呼ばれる。
~・~・~
海の神、火の神、戦の神、信仰は地域によって様々だ。
兵士には戦の神、農民には豊穣の神、商人には商売の神、信仰は人の職種によっても様々だ。
人は己が身を置く環境に応じて、自らが選んだ、状況に適した神に祈りを捧げる。
そして、一概に戦の神や商売の神と言っても。
所変われば品変わる――神であってさえも。
商売の神、山の神、狩の神と言っても、それは同じ『神』であるのか、確かめる術は人に無く。
元より、神ならぬ人の身で神を真に理解することも。
そもそも、どれほど言葉を尽くそうとも、神を真に表現することも。
――できるわけがなく。
時に、完全無欠の無謬なる創造神、一柱の絶対神を掲げる集団もあれど、それさえも多種多様な信仰の一つでしかなく。
様々な神の加護や祝福、時に怒りや裁きが現実に存在する時点で、絶対神信仰も、「我が神が一番強い」という、ただの張り合いの中に埋没する。
そんな風に世界共通の信仰、世界共通の神などありえないだろう状況において、ただただ「神殿」と呼ばれる、ありえないはずの宗教団体があった。
その神は、神託一つ無く、渡り一つ無く、祈りに応えるお告げ一つ無く、名前さえ伝えられることがなく――なのにそれでも、ただ「神殿」と呼ばれる宗教勢力は、世界に雑草のごとく蔓延った。
歩くこと、走ること、魔法を使うこと。体力や魔力を使って、当たり前にできること。
そしてその当たり前が、人間の限界である。
けれども。
我が身を省みない献身を捧げ続けたある一人の「善良な人間」は、いつしかその当たり前以上のことができるようになっていた。
神から力を授かり、魔法ではない奇跡を起こす。
人の身でありながら、神の力を僅かでも振るい得るのであれば、それすなわち神による現世への介入、すなわち顕現。
その者は、現人神とさえ言える。
多くの者が、「始まりの方」に付き従った。神の名前さえわからずとも、「始まりの方」と力を授けた神の慈悲を、多くの者が信じた。
そして利益を、富を生み出せば、それに人は群がり集る。
いつしか「始まりの方」を奉じる建物が建てられ、そして誰もが、その癒しの力を、豊穣をもたらす神の力の秘訣を尋ねた。
どうすれば、神の力を得ることができるのか。
力を授かる前と同じく、目の前の人々を貴賤なく癒し続けていた「始まりの方」は、驕ることなく、謙遜するでもなく、ありのままに答えた。
神様はすべて、見ています。太陽や金銀の月、あるいは星のように、見守って下さってます。そして、私の行いに目を留めて、力を貸し与えて下さいました。
お姿も、お声も、何一つ無く、夢でさえ姿を垣間見ることもありませんが――頑張れと、見守っていると、励まされているような、暖かい気持ちが流れてくる、ような気がします。
……治しても、実りをもたらしても、不幸は後から後から湧いて出て。終わりのないこの行いに、何の意味があるのかと自問することもありますが……。
お借りした神力を振るうたびに、声はなくとも、励まされているような気がします。
きっと、お優しい神様なのでしょう。だから頑張っていれば、応援してくださるのではないかと。
私が言えるのは、これぐらいです。
地域に依らず、職種に依らず、血統に依らず。
その行いでもって、神の力を自らの意思で行使し得る、尊き神の慈悲の体現者となりえたことこそが、奇跡。
最後の最後まで人に尽くし続けた「始まりの方」が天寿を全うし。
残されたのは、多くの付き従った者たちと、生前はほとんど居つかなかった「始まりの方」のために建てられた、空っぽの建物。
奉じる者がいなくなり、途方にくれた信者たちの前に、一年後、新たに神の力を授かった者が現れた。
後に「二代目」と呼ばれる新たな者は、亡くなった「始まりの方」に祈りを捧げた後、途方にくれていた信者たちに告げた。
自分は三十年前、神の力を得る秘訣を尋ねた、お前たちと同じ信者の一人だと。
新たな者は言う。
自分は、真似たのだと。人に尽くした「始まりの方」の行いを、自分はただ、模倣しただけなのだと。
旅に出て、人に尽くして……飽きるほどに、倦むほどに尽くして。
――他人に尽くして何になる、自分のことは後回しなんて馬鹿らしい。
何度も何度もそう思いながらも。「始まりの方」の姿が忘れられず、模倣を続けたという。
時が経ち、もはや神の力を授かる為に奉仕しているのか、本当に人の為に奉仕しているのか曖昧になりながら――子供を助けようと、治癒術をもはや惰性でかけようとした時。
ふと、背中が温かく感じられ。
その瞬間、魔法による治癒術ではない癒しが施され。
姿は見えず、声も聞こえず。
前触れさえなかったけれども。
確かに、神の訪いがあったのだと。
そして、今。
憧れた「始まりの方」ほどではないけれども、それでも確かに、この身にお力を授けて下さっている。
故に。
神の目に留まろうとするならば。
今すぐこの建物を出て、奉仕の旅へ出よ。「始まりの方」に倣い、人に尽くせ、生涯かけて尽くせ、野に果てるまで尽くし通せ。
それが大願成就の道と心に刻め。
こうして、世界各地を彷徨い、貴賤も信仰も区別なく、布教するでもなく、ただただ奉仕を勤めとする人の群れが生まれた。
そして名もなき神の目に留まった者は、いつしか「癒し手」と呼ばれるようになった。
さて。
彼らが人に尽くせば、それはもう、利用された。
ある意味、神の力という究極の現世利益を目指した者達は、比すれば俗な見返りを求めなかったがゆえに。
一見すれば純然たる無私の奉仕。
神の目に留まる為に、わき目も降らず一直線、なりふり構わず身を削り――結果、癒し手を目指す者達は、ありとあらゆる悪意に集られ、骨の髄まで利用された。
神殿騎士は、そんな癒し手志望者を守ろうとする者達の集団だ。
奉仕にいそしむ「癒し手」を主として、「神殿騎士」が従い守る。
これが世界に雑草のごとく蔓延る、神の名さえ冠せず、聖典の一つも無い、ただただ「神殿」としか呼ばれない宗教集団である。
~・~・~
神殿に行くことになった前日、お茶会を名目に、四人は王城に集まった。
「リリアム嬢の後ろ盾に王家が付く、ということで、俺達も一緒に行くことになった。
よろしく頼む」
わたしも一緒よ、とロサ嬢が第二王子と嬉し気に笑い合う。
リリアムも少し頬を緩ませ、こちらこそよろしくお願いします、と嬉しそうに微笑んだ。
政治的に見れば、神殿に「癒し手」を独り占めさせず、国も関与するぞ、と言っているに等しいが。
前回の、癒し手を偽ったグロリオサ=コルチカム。
神殿が全力で後ろ盾となり、国も遠慮して手控えたせいで、とんでもないことになってしまった経緯がある。
だから新たな――本物の癒し手リリアム=ロンギフロラムは、まずは王城で保護し、王家から神殿へ送り届け、今後とも神殿との友好を、という段取りに。
当然、これが王家からの圧力であることは、神殿側も承知である。
「そういや、リリアム嬢宛てに神殿から『鍵』が届けられていたな。
アンダロ、もう渡されたか? 神殿に行く前から持たせて、どれだけ『待ってますよ』、アピールなんだか」
「ナシー様、どういうこと?」
政治的な、というよりも、暗喩に不慣れなロサ嬢が不思議そうに尋ねる。
「『鍵』は権威の象徴だからな。前のグロリオサのこともあったし、リリアム嬢という本当の主へ今度こそ、ということかもしれんが。
俺には『主様、早くお越しください』っていう熱烈な催促にしか思えん」
難し気な表情を浮かべて第二王子が言葉を続けると、リリアムが眉根を下げて困ったように呟いた。
「わたしは……神殿の主になるつもりは、ないのですが」
「そうは言っても、大神官長なんかは熱烈なラブレターもどきを送って来てるしなぁ。
ラブレターと言えば。
神殿騎士からの、専属護衛騎士の自薦他薦、ほんとにあれ、ラブレターだよな。『あなたに相応しいのは』、ってそうは見かけない、すごい言い回しだと思う」
友人だって言う俺にまで口添えを頼まれた、と第二王子が口にした所で、アンダロがそっと茶器を置いた。
まずは第二王子に視線を向け、次いで、ゆっくりとリリアムに顔を向けた後、しばし二人で見つめ合う。
やがて、目で会話していた二人の内、リリアムがわずかに頬を染めて口を開いた。
「わたしの専属護衛騎士はアンダロ様だと、ご返事させていただきました」
「リリ様ったら、初々しいわ!」
甘酸っぱいわ、と楽し気なロサ嬢と、照れるリリアムを見ながら。
――今のやり取りの、どこに照れる要素があった!?
いささか腑に落ちない気分になりながらも、第二王子は要注意事項を思い出した。
「ああ、神殿と言えば。どうもな、コルチカム家一党がまだ神殿にしがみついてるらしい。そうなると、送られてきた『鍵』は、媚びの一貫かもしれんが……。
ちょっと気を付けていた方がいいかもしれないぞ」
「お披露目まで、リリ様のことはわたしが守るわ!」
第二王子がリリアムとアンダロの顔を見ながら忠告すれば、ロサ嬢が鈴鳴る声で勇ましく宣言した。
「それは頼もしい。万が一の時は強行突破で神殿を脱出しますので、よろしくお願いします」
アンダロが即答した。
一瞬の迷いも無かった。
そして、リリアムが生真面目に宣言する。
「ロサ様の足手まといにならないよう、頑張ります」
武力行使を躊躇わない友人に、任せてと胸を張る恋人、止めもせず頑張るという女友達。
「……気を付けろ、と言ったのは俺だが。
お前たち、一体何を想定してるんだ……?」
第二王子の困惑混じりの呟きに、応える者は誰もいなかった。
~・~・~
第二王子の『気を付けろ』の言葉を守り。
夜戦軍事演習並みに、いつでも飛び起きれるよう準備していたアンダロ。
孤児院時代の夜盗対策リターンねとばかりに、いつでも飛び出せるよう準備していたロサ嬢。
お嬢様の気まぐれに出される御命令は時間を問いませんでした、と、いつでも動けるように準備していたリリアム。
そして、事件当日。警鐘が鳴り――。
「俺が最後かよ! いや、俺だって十分、早かったぞ!?」
上着を羽織って手櫛で髪を整えながら出て来た第二王子が、扉を開けての第一声で叫び。
警鐘が鳴ってからほぼ間を置かず、四人は霊廟へと向かった。
推しのロールプレイ、それって布教。
四話「犯人だぁれ?」「……返事がない、ただの屍の様だ」
明日、19時更新予定です、お楽しみに!
(小ネタ)
そして、名も姿も伝えてこない、神託一つない、名もなき神。
何もできない無力な神様。
「いいえ、そんなことはありません」に、ちょこっとだけ出てきた、あの神様です。
あと、「新たな者(二代目)」が神の力を授かった時の感動。
文章にすると途端に難しくなりますが。
ぶっちゃけ「感想が書かれました」の感動です。
書き手にはとても共感性の高いパワーワードですが、メタすぎて使えませんorz