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2 オオカミがきたぞー!

備忘録:被害者は「南扉の見張り」です。

ミステリって、どこのどういう立場の誰が殺されたんだっけ? と思う時がありませんか。


 霊廟の中央付近、五段の階段で四方からせり上げられた床に、長方形の石棺が置かれている。


 外からは見えないが、納められているのは一本の杖――二代目の癒し手が使っていたという、何の変哲もないただの杖。

 木を削っただけの粗末な杖は、保存の魔法が幾重にもかけられた。

 いつかは朽ちるものだと知りながらも、その時を少しでも先延ばしするために、十重二十重と厳重に。


 神にその身を還した二代目が、残したのは共に地上を歩んだ杖のみ。


 新しい癒し手が現れれば、二代目への敬意として、「捧げ物」を石棺に捧げるのが習わしで。

 偽物だったとはいえ、当時の癒し手グロリオサ=コルチカムは使者を介して、金貨銀貨のぎっしり敷き詰められた両の手ほどの箱を捧げた。

 今回のお披露目の主役、本物の癒し手リリアム=ロンギフロラムは、神殿に入った初日に、総騎士団長、大神官長両名の立ち合いの下、小さな長方形の箱を捧げた。


 箱は大神官長の手により封がされ、中身を知っているのはリリアム本人と専属護衛騎士のアンダロのみ。

 総騎士団長が最後に扉の鍵を閉め、霊廟は式典まで封じられた、はずだった。


 お披露目の式典当日に、初めて開封される予定の「捧げ物」。


 長く伸びた白いお髭が特徴の大神官長は、殺された騎士の為に短く祈った後、ダッシュで中央へと向かった。

 寝巻に祭服(カズラ)を被っただけの姿で、第二王子たちが霊廟に勢ぞろいした、そのしばらく後に、勢いよく駆け込んできた大神官長。もう年だ、脚が、腰が、と零す普段の弱気はどこへやら。

 肩から下げた(ストラ)をはためかせ、裾をからげて五段の階段を一息に駆け上る。


 果たして、箱は封を解かれることなく、捧げられた時の状態のままそこにあった。


 安堵のあまり、箱を抱きしめて号泣する大神官長。

 そのまま抱きしめて放さず、これは式典まで自分が持ち歩くと言い張り――他の神官が預かろうとしても、頑として聞かず。

 そのあまりの形相に、誰も異を唱えることはできなかった。




 犯行が行われたと(おぼ)しき、夜明け前。

 殺されたのは、南扉の見張り騎士。

 名前は、キルラレタ=コルチカム。

 決定的な死因は急所への一突きではあるが。

 傷としては、太腿に一突き、心臓へ一突きと、二か所、刺されていたという。


 さすがに殺害現場から少し場を移し、南館の一室――霊廟から真っ直ぐ延びる渡り廊下の正面――を開放し、総騎士団長共々、そこに陣取った。

 目の前には渡り廊下と南通路の境目の柱があり、その少し太めの柱にはオブジェのように人の背丈を優に越える大きな『魔法の杖(魔法補助具)』が埋め込まれるように設置されている。


 珍しいオブジェだと、杖が少し気になった第二王子は聞こうとしたが、次々と入って来る報告の方が先かと思い直し、総騎士団長の横で大人しく報告を聞かせてもらった。


 アンダロの予測通り、北扉の見張りに加えて、夜番の衛兵の幾人かがローブを被った人物を見た、と証言しているという。

 報告を受けている総騎士団長は、この上もなく仏頂面だ。

 おまけに、姿が見えない神官が一人いるという報告もあった。


「次は、南の渡り廊下の見張りだな!

 あ、アンダロの部屋の捜索には、第二王子である俺が立ち会うし、捜索する者は先に身体を(あらた)めさせてもらうぞ!」


 第二王子の、まったく隠しきれていないウキウキとした口調と表情に、総騎士団長の仏頂面がますますひどくなる。


 呼ばれて部屋に入ってきたのは、南扉の先の渡り廊下の見張り、騎士ソーンパス。

 ちょうど交代時間での大騒ぎ。交代して、報告して部屋に戻ろうとしていた所、引き返して霊廟前の人垣の一部になっていたとのこと。

 入って来て、挨拶もそこそこに証言するも。


「往来した者はおりませんし、怪しい人影も見ておりません。

 それでは」


 そっけないと言っていいほどの、簡潔な返答だった。

 自分の仕事はこれで終わりとばかりに、戻ろうとする。


イレギュラー(お前が特異点か)な反応だった……じゃない。

 いやいや、まぁ、待て」


 第二王子は踵を返そうとする騎士を引き止めた。


「その台詞だと、犯人とは関係無さそうだ。忌憚のない意見を聞きたいから、ちょっと付き合ってくれ。

 あ、総騎士団長殿、すまんが、彼を借りるぞ」


 総騎士団長の、嫌も応も聞く気のない傍若無人な言葉だったが、だがしかし、当の騎士が強い拒否を示した。


「お断りします。王家に従う義務はないので」


 けんもほろろに、騎士が断る。

 が、第二王子はめげなかった。


「俺はダメでも……ふっ、一度言ってみたかったんだ、この台詞。

 『ここに御座(おわ)す方をどなたと心得る!』。

 ――すまん、リリアム嬢(先生)頼めるか(お願いします!)?」


 第二王子が高らかに決め台詞らしきものを告げ、後ろを振り向いて横に一歩、大きくずれた。

 王家の誘いを、一瞬の迷いもなく断った騎士の正面に、戸惑った表情のリリアム(癒し手)が来る。


 癒し手に逆らうは、神殿騎士に非ず。

 

 たまたまその夜、南の渡り廊下の警備当番になっただけの、役付きでもない、平の、一般の神殿騎士でしかないソーンパス。

 大人しく膝をつく以外に、(すべ)は無かった。



  ~・~・~



 グロリオサ=コルチカム――元々は侯爵令嬢ではあったが、すでに敬称は取り払われ、神殿においてはもはや忌み名でさえある。

 自らを「癒し手」と偽り(かた)り、よりにもよって本物の「癒し手」を虐げた。

 傲慢にも「癒し手」に成り代わった報いか、政争に巻き込まれて殺され、すでにこの世に存在しない。


 しかし。数年の間、確かに彼女は「癒し手」として認められていた。

 神殿において、「癒し手」の存在は至高。

 久しく癒し手がおらず、独りアルナィオン国の神殿騎士団を支えてきた総騎士団長は、当時、ようやく現れた主に(こうべ)を垂れて『癒し手の専属護衛騎士』の任に就いた――それが偽物とは思いもよらずに。


 数年の間、偽物であるグロリオサ=コルチカムの意向により、コルチカム侯爵家所縁(ゆかり)の者が、神殿において何よりも優遇された。


 『名もなき神の為に』と口先だけの志を掲げ、信者として騎士として神官として、今では忌み名とされる所縁(ゆかり)の者達はこぞって集まり、神殿内に蔓延(はびこ)った。

 成り代わりが発覚し、その意向や権威が崩れ去ったとしても、一度絡みついた寄生生物が容易く一掃されるわけもなく。

 むしろ、政争で表舞台から駆逐された分、神殿という隔離場所に生き汚く、見苦しく、なりふり構わず、しがみ付いた。


 今もなお、神殿に巣食うコルチカム家の勢力。


 そこへやって来た、元は虐げられていた、本物の癒し手リリアム=ロンギフロラムと、その専属護衛騎士となったアンダロ=キーパー侯爵令息。

 神殿にしがみ付くコルチカム侯爵家所縁の神殿騎士が殺され、キーパー侯爵家の家紋がダイイングメッセージとして残された。


「確かに報告だけ聞いてると、報復とか、見せしめとか、粛清として()ったのかって、思えてくる状況だよな。

 で、コルチカム側の騎士が最後の悪あがきで、ダイイングメッセージを残した、と」


 総騎士団長の横で捜査の報告を一通り聞いた後、第二王子たちは騎士ソーンパスを連れて、あてがわれた北館の客室へと移動した。

 騎士は不機嫌そうな表情を崩しはしなかったが、騒ぐことはなく、黙って話し合いに耳を傾けている。


「それにしても殺された奴、一応は騎士のくせに、剣を抜いてさえないのは、なんでだ?

 足に一突き、心臓に一突き。

 まずは逃げられないよう足を突いて、それから急所へ一撃、だと思うんだが。争った様子が無いのがわからん」


 ちなみに客室への襲撃は無く、第二王子の監視下で行われた家宅捜索は何の発見もなく、平穏無事に何事もなく終わっている。

 結果、少しではあるが、総騎士団長の仏頂面が和らいだ。


「深夜過ぎから夜明け前までなんて、まず人通りがない時間だから、目撃証言がほぼ見張りからしかないのがイタイな。

 殺された奴の、前の順番の見張り……えっと、騎士ゲトサゥスと言ったか。彼は、特に何も変わったことはなかったと証言しているが」


 第二王子が用意された茶を、気を静めるように一口飲んだ。しかし残念ながら、丁寧に淹れられた茶も効果がなかったようで、溜息と共に言葉がどんよりと吐き出される。


「北扉の騎士ドアノスと、東通路の見張りの何人かが、アンダロが予測した通りに不審人物を見たと言っている」


 堂々と嘘つかれてもなぁ、と第二王子が零す。


「大体、北扉から入って南扉の見張り殺した後、なんっでわざわざ南の渡り廊下を通り抜ける必要があるんだ。

 しかも、南に出た後、わざわざ東通路を回って目撃されてさぁ!?

 普通、もっと単純に、南扉の見張り殺した後、また北扉に引き返すだろっ」



 ・略図(神殿は湖上にあります)(再掲)


 |  北館:王子一行客室   |   

 | |ーーーー||ーーーー| |

 | |    ||    | |

 |西|    ||    |東|

湖| | 池  霊廟  池 | |湖

 |館|    ||    |館|

 | |    ||    | |

 |  ーーーー||ーーーー  |

 |     南  館     |

  ー||ーーーーーーーーーーー

   ||     

 湖 ||    湖  

   ||←※橋(一話目で落とされ)

   ||ーーーーーーーーーーー 

 陸| 下級の神官・騎士居住区

 地|      兼 訓練所 

   ーーーーーーーーーーーーーー  

        大聖堂


(東側通路の見張りが、不審者証言多し)



「そもそも、『真実を告げる魔法(トゥルーorライ)』対策をした受け答えしてる時点で、それは嘘だよな、って言いたい。

 『不審者を見た』って言いながら、いつ見たかを省略してるし。『思われる』って言い方で、真偽判定逃れしてるし。

 仮にも神殿騎士だ。剣の腕もあれば、魔法の知識もある。だからもう、大声で「嘘だー!」と言ってるも同然なんだがな!」


「ね、ナシー様。総騎士団長様に、そう直接言ってみたらダメなの?」


 呆れか、怒りか、吐き出すように愚痴る第二王子に、ロサ嬢が不思議そうに問いかけた。


 ロサ嬢の、白を基調としたドレスは淡い珊瑚色(コーラルピンク)のレースがあしらわれ、清楚な式服に愛らしさを添えている。

 王族たる第二王子の隣に寄り添う淑女として、薄紅の散った金髪は複雑に編まれて結い上げられており、髪を飾る櫛に嵌められた宝石は小粒ながらもブルーサファイア――第二王子の瞳の色。


 明け方の騒動から休憩を挟み、身支度を整え、遅くなった朝食、あるいは早めの昼食を終えての話し合い。

 いつもの四人(身内)に加え、内部事情に詳しい神殿騎士ソーンパスを交えての作戦会議である。


「俺からはっきり言ってしまうと、王家が神殿を信用してない、と明確に突きつけてしまうことになるんだ、面倒くさいことに。

 まぁ、たぶん? 神殿側が偽証した騎士たちを尋問して、追々、命じた犯人を聞き出すだろうさ。

 ただ、偽証した見張り騎士が、意外……意外?にも多かったのが、気になるんだが」


 とりあえず、と第二王子がまとめる。

 ちなみに、第二王子の指輪に嵌っている小さな宝石は淡紅色のローズクォーツ(バラ石英)――ロサ嬢(恋人)の髪の色である。


「犯人が描いたストーリーとしては。

 アンダロが犯人で、北扉から入って、南扉を開けて南扉前の見張りを引きずり込んで殺害。

 その後、ローブで返り血を隠して、残された血の靴跡が示す通り南通路を抜けて、後は東側通路を通って北館の俺たちにあてがわれた客室に戻った――と皆に思わせたかったんだろう」


 第二王子が一旦言葉を切って、全員の顔を見回した。

 皆の納得顔を確認して、話を続ける。


「北扉の騎士ドアノスの証言、ダイイングメッセージ、靴跡、東側通路の見張りの証言――これだけ揃えたら、アンダロが犯人だと信憑性が出てくるだろ?

 秒で看破されて、台無しになったけどな!」


 王家代表として白と金の華麗な礼服姿の第二王子が、胸を張って金のモールに負けないぐらい輝くように笑った。

 我が事のようにドヤ顔で胸を張る第二王子に、リリアムが安心したように問いかけた。


「では、アンダロ様への疑いは晴れたと、そう思ってもかまいませんか?」

「あー、それは……」


 期待に満ちた視線に、第二王子は口を濁した。そして一転、困った表情を浮かべ、申し訳なさそうに話し始める。


「アンダロがオチを先読みしたから、あの場にいた人間に限れば、心情的にはたぶん違うだろう、と思われてる。

 しかしな、残念なことに状況的に、客観的に、アンダロが犯人としては最有力候補なんだ。

 おまけに、偽証してる神殿騎士の人数が多い。一定数の神殿騎士が偽証してると、同調圧力で、神殿内では「やっぱり」となりそうだ。

 北側の、王家側の警備がいくら否定しても、それは身内が庇っているだけだと受け止められる。

 数の暴力だな」


「そう……ですか」


 リリアムが残念そうに肩を落とした。下げた(ストラ)が動きに合わせて揺れる。

 神殿から、癒し手様へと贈られた正礼装。シミ一つ、汚れ一つない一枚布の貫頭衣に、その上から着る白を基調とした祭服。


 ただ単に白と言っても――スノーホワイト(雪白)ミルキーホワイト(乳白色)パールホワイト(白真珠色)シルバーホワイト(白銀)ムーンホワイト(月白)


 神殿から、待望の、念願の、悲願とさえ言える「癒し手」様へと贈られた祭服は、いっそ執念じみた細かな刺繍が施され、気品と厳粛さを併せ持つ仕上がりとなっている。

 その『白』の上から、リリアムの一本の三つ編みにされた艶やかな黒髪が垂らされ――礼装して初めて会った時の大神官長の号泣は凄まじく、ここしばらくの語り草となっている。


「ダイイングメッセージとか、争った跡がないのも謎と言えば謎なんだが。

 問題は、『鍵』なんだ」

「え?」


 不意を突かれたような表情を浮かべるリリアムに、第二王子がアンダロの容疑が晴れない理由を、改めて説明した。


「霊廟の鍵は、門外漢の俺でさえ知ってる特別製でな。

 霊廟を開けることができる『鍵』は、この世に二つしか存在しない。二代目に心酔した三代目が、神の力を借りて創ったと言われてる。

 実際、どんなに魔法を駆使しても、一旦閉めてしまえば『鍵』を使わないと開かないそうだ」


 ロサ嬢が――魔法の力を見込まれて男爵家の養女となっただけの、元平民のロサ嬢が、知らなかったと申し訳なさそうに自己申告する。

 当のリリアムもまた、元々平民であり、詳しいことは後日ということで聞いておらず、と申し出る。

 それならと、第二王子が良い聞き手を得たとばかりに嬉し気に説明を続けた。


「それで今回、霊廟の中で殺されているだろう?

 霊廟を開ける『鍵』は二つ。

 一つは、神殿を守る総騎士団長が持つ。

 もう一つは、神殿の主としてリリアム嬢(癒し手)が、というか、今現在、実際に持ってるのはアンダロか。

 癒し手の信頼の証として、専属騎士に渡すのが慣例だろ?

 ここまでは俺も知っていたし、ちょっとした信者なら知ってるはずだ」


「アンダロ様は!」

「え、じゃあ、犯人は総騎士団長様!?」


 リリアムとロサ嬢の声が被った。二人が顔を見合わせ、互いに先を譲り合う。

 第二王子は二人の顔を交互に見やり、それぞれに否定を告げた。


「リリアム嬢の言う通り、俺たちはアンダロがこんなことするわけがないって知っている。

 だが、他の奴らにとってはそうじゃない。

 客観的に殺してない、犯人じゃないという証拠を出さないと――え、これ、悪魔の証明っぽいな???」


「ロサがそう言うのもわかるんだが。

 さすがにな、神殿を束ねる総騎士団長が殺人って、人の目(ひとのめ)的に無理がある」


 王城で、国王や王太子が人を殺したら目立つだろう、と第二王子が物騒かつ不敬すぎる例えで説明した。

 王族ジョークだと朗らかに言いつつ、話を続ける。


「身内で庇って隠蔽ってことも、うん、無くも無いが。

 一応、神殿にだって王家筋の神官や神殿騎士が入り込んでる。そんなことがあれば、さすがに俺に連絡が来る。

 それに今回、犯行時刻らへんに、総騎士団長が『鍵』を持ち歩いてるのが目撃されてるんだ、残念なことに。

 ……いやぁ、本当に残念なんだが、こっちは偽証でない王家筋からの報告でな。

 夜明け前の時分に、総騎士団長殿がわざわざ俺たちが泊ってる北館に、変わった様子はないかと見回りに来たらしい」



 ――今まで神殿の、本来の主である『癒し手』様の分まで、総騎士団長たる自分が、畏れ多くも鍵を預からせていただいていた。我が手にあった鍵は二本。

 ――それが今、ようやく一本になったのだ。



「――我ら神殿騎士が主と仰ぐ大切な癒し手様、お披露目までよくよくお守りくださいますように――、とウチの警備の者を訪ねて来たらしい。

 一応、態度は真摯で、真剣に言ってたそうだ。

 ……いやもうほんと、総騎士団長なんて来なかった、『鍵』なんて見なかった、ってことにしたい」


 アンダロは犯人じゃないんだから、もう犯人、総騎士団長でいいじゃん、と第二王子が投げやりに愚痴る。


「まぁ、そんな時間に総騎士団長が見回りっておかしくないか、って思ったんだが……。

 待望の癒し手様が神殿にいると思うと、どうにも落ち着かなく、だそうだ。

 あと、神官は朝早いし、それなら神殿騎士も朝早く、ってことで、そうおかしなことではないらしい。

 そうだな、ソーンパス殿?」


 むっつりと押し黙ったまま一言も口を開かず座っていた騎士に、第二王子が神殿の生活習慣の是非を問うた。


 年の頃は三十代後半、見苦しくない程度に撫でつけられただけの髪は、束から零れて道端に散らばった、朽ち枯れた藁のごとき褪せた色。

 騎士ソーンパスは灰青色(ブルーグレー)の目をじとりと向けて、不機嫌な表情そのままに、苦り切った口調で言葉を絞り出した。


「……数年前までは、それが当たり前だった。

 近頃は、神官も、騎士も、そうでない者が多い」


「そうすると総騎士団長殿は、古き良き慣習を守っている御仁、ということか」


 第二王子が、貴殿もそうみたいだな、と続ける。

 寄生生物(コルチカム勢力)の根が深い。グロリオサ(悪役)コルチカム(令嬢)は神殿内に、亀裂どころか新旧の勢力を作り出していた。

 全員が神殿の現状に思いを馳せ、重い沈黙が降りる。


「その……すまない……私も発言して良いだろうか」


 今までの無礼な態度は謝罪する、と前置きして、騎士ソーンパスが躊躇いがちに口を開いた。


「争った形跡はなかったと、聞いた。では、顔見知りが犯行に及んだのでは? 親しい者なら怪しまれず近づき、不意を突くことができる。

 専属護衛騎士殿は、あの者と面識はなかっただろう。

 その……だから犯人ではない、と言えないだろうか」


 神殿騎士からのアンダロを擁護する言葉に、真っ先にリリアムが喜びに顔を輝かせた。

 だが、第二王子が首を横に振って、即座に否定する。


「いや、『眠り』の魔法で無力化して、一撃だな。

 争いにならん」


 何故か、ロサ嬢が照れたように可愛らしく笑う。

 

「……っ、では、凶器も血まみれの服も見つかっていない! あなた方は呼ばれるまで北館でいたのだから、犯人であるわけがっ」


「あー、『水上歩行』の魔法があるな。

 凶器も服も、池にポイッだ」

 

 何故か、ロサ嬢がにこにこと、可愛らしく胸を張る。

 第二王子は眉間の皺を深くする騎士ソーンパスに、朗らかに話しかけた。


「すまん、庇ってくれて、俺たちを信じてくれて感謝する。

 だが、すまん、それでは反証にならんのだ。

 ロサは凄くてな。百年に一度の天才が、千年に一度の稀才に上方修正された。

 非公式で試合った、近衛の魔法部隊一個小隊が瞬殺だ!」


 さすがロサ! 魔法だったら大抵のことはできるぞ、と惚気とも自慢とも取れる台詞を第二王子が口にする。

 騎士ソーンパスが驚愕と疑惑の視線を、照れて頬を染めるロサ嬢に向ける一方、リリアムがアンダロを心配げに見つめた。


「わたしは神殿の主になりません。

 癒し手としてのお披露目が終われば、ここを出て、神殿にまで来ることができない人までをも、救いに行きたいのです。

 わたしは、多くの――それはもう多くの子供たちを、救わなければならないのです。

 でもそのせいで……」


「リリアム様、ご安心ください。

 状況から見て、殺されたのは確実に霊廟の中。

 せっかくのお披露目を台無しにするような者など、野放しにしておく気はありません」


 力強く言い切るアンダロに、そうではないと言いたげにゆるりと首を横に振るリリアム。

 それを見たアンダロが少し目を伏せて、謝意を――。


「あー、あー、そこの二人。目と目で通じ合うな、喋れ、口に出せ、会話しろ、会話」


 第二王子が割り込み、二人の無言劇を中断させた。


「俺たちもいるのに、二人の世界を創るんじゃない。察しが良すぎて、言葉を省くのはお前たちの悪い癖だぞ。

 とりあえず、これから――」


 第二王子が話し合いを続けようとした時、扉が激しく叩かれた。

 一人の騎士が、礼儀も礼節もかなぐり捨てて、息せき切ったまま乱暴に扉を開けて駆け込んでくる。


「大変です! 池から死体が――姿が見えなかった神官の、死体が発見されました! しかも、神官服は返り血で血まみれだそうです!」


 第一発見者は、見回りをしていた騎士パーポゥ=ピポーパーとのこと。

 彼の、朝から始まった一日は、まだ終わりそうになかった。

補足説明。

1話目、夜明けに第二王子たちが霊廟に向かったルートですが。

北館から出て、東通路をぐるっと回って南に、それから霊廟へ。

霊廟南扉が現場だったので、呼びに来た騎士がそのルートで案内しました。


<人物紹介>


キルラレタ=コルチカム

 殺された被害者の騎士。

 明け方前の南扉の見張りでした。

 一作目の、癒し手と偽った悪役令嬢の親戚。


騎士ドアノス

 犯行時刻の、北側の扉の見張り。

 door(扉でドア)、north(北でノースでノス) 


騎士ゲトサゥス

 殺された騎士の、直前の南扉見張りシフトに入っていた騎士。

 ゲート(扉)、サウス(南)、のゲトサゥス!

 おっぼえやすーい!


騎士トーク=ソーンパス

 犯行時刻の、南通路の見張り。

 トーク(話す)、ソーン(トゲ)、パス(道)。

 とげとげしい、とか、そっけないという特徴。


グロリオサ=コルチカム侯爵令嬢

 一作目のナレ死な悪役令嬢。

 元、第二王子の婚約者。

 リリアム(本物)を脅迫して、癒し手と偽っていた。

 グロリオサ(和名キツネユリ、毒草)

 コルチカム(イヌサフラン科由来)


大神官長

 白いお髭が特徴的な、神官側のトップ。

 名前はきっと「カーン=ダイシン」とかそんな感じ。

 作中では、大神官長としか表記されません。


パーポゥ=ピポーパー(ピーポーパーポー)

 朝からの南扉見張り、予定だった騎士。

 死体の第一発見者。

 再びの、死体の第一発見者。

 端的に言って、かわいそう×2。

 「一体、オレが何をしたっていうんだ……」


 三話「推しのロールプレイ」

 明日19時更新予定です、お楽しみに!

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