第50話 堕ちゆくフ女子は何を願う 13
「はあ~~~」
理子さんは会議室のドアを後ろ手に閉め、ため息をつく。
僕に非があると言われたって何も知らされていないんだから、そんなあからさまにダルそうにしないで欲しいんだけど。
「もう湊徒に話しますよ。めんどいので」
「フン、ホントロクなことしないヨ」
メイさんも僕のことを諦め気味に一瞥して言葉を吐き捨てる。
今更だけど、この人たち少し扱い酷くありませんかね。
そして僕は理子さんに、胡桃さんのここへ来るに至るまでの経緯と親友との確執、そして彼女の初恋について時に詳細だったり簡潔だったり適度に情報管理されながら説明された。
それを受けて僕は、至極どこにでもある対人トラブルだなという感想しか出てこなかった。
「うーん……でもこのまま転生して胡桃さんは本当にいいんですか?」
「どういう意味です?」
「だってそんなの言っちゃアレですけど、誤解がほとんどだと思うんですよ。その友達さんのDMから悪意が感じられなかったんでアレ? と思ったんです」
「それデ?」
「え、だから胡桃さんとその友達でしっかり話し合えば解決する話なんじゃないかと。それで改めて転生したいか聞いたらどうですか?」
僕の言葉に珍しくふたりは横やりを入れずに黙って聞いてくれているようだ。
これは僕に説得されちゃったか? でもその割にはふたりともどこか顔が怖いのが気になる。
「だかラ?」
「……え? だ、だから」
冷たく言い放つメイさんに僕は困惑してしどろもどろになってしまった。
なにか間違ったことを言ったとは思えないんだけど。
「それでクルミが泣かない保証あるカ?」
「まあ、彼女を傷つけた方が尻子玉の価値は上がりますが」
「オイデカチチ──」
その言葉に詰め寄ろうとしたメイさんを手で払うようにして理子さんは僕に視線を向けた。
「湊徒の正論は誰も救いません。何か解決した気になって気持ちよくなっているだけです」
「気持ちよくって……! 僕は解決策を言っただけで」
「その解決策をクルミは望んでたカ?」
「う……」
僕は当然のことを言ったつもりでいたが、ふたりに反論され言葉に詰まる。
「それとも弊社はもしもし電話相談室だったんですか?」
そうだった……僕たちの仕事は顧客の悩みを解決することじゃなくて新しい人生を用意することだ。
その結果、心の引っ掛かりが取れたというだけだ。
「今の言葉で良くわかりました……買い替えする客に修理を提案しているようなものですね」
もうなにひとつ言えることが無くなり、僕は首を垂れるのみだ。
「手焼かすなヨドンカン」
いや、元はと言えば僕に何も教えてくれないのが原因なのでは?
──とメイさんに言いかけて言葉を呑みこむ。
「ですから、最終的にどうしたいかはお客様がご自身で決めます。湊徒は余計な傷をえぐらないように」
僕は黙って頷いた……久しぶりにマジ説教されてしまい悲しいやら恥ずかしいやら。
「ところでメイは彼女の傍についてなくていいんです?」
理子さんは僕の問題が片付くと今現在リビングで膝を抱えているであろう胡桃さんの心配をするが、僕の想像とは裏腹にメイさんがいちばん動揺していない。
「アッチはウチのイヴ様にお願いしておけばモーマンタイネ」
「え? 社長が直々に……!?」
『ウチの』を強調したメイさんがまるで自分の手柄のように鼻をふん、と鳴らした。
「ならリコたちは少しゆっくり戻りましょう」
理子さんはそう言って椅子の背もたれに体を預けた。
今更ながら彼らの社長に対する全幅の信頼は相当なものだ。
胡桃さんには後でちゃんと謝っておこう……。
■□■□
胡桃はソファに体育座りでフードを被ったまま、じっと動かない。
そんな彼女に温かいココアが入ったマグカップを差し出したのは狂咲社長だ。
目の前に漂う甘い香りに気が付くと、胡桃はフードを被ったまま見上げ、すぐに顔を伏せてしまう。
「…………、~~~~~」
胡桃はそのまま沈黙を続けるが、やがて意を決したようにカップを受け取りさらにフードを目深に引っ張った。
「ありがと……ございます」
そしてひと口ココアをすすると、直後にほぁ、と安堵のため息が漏れる。
狂咲はそれを確認すると胡桃の隣へ静かに腰かけた。
「…………」
それからも沈黙が続き、重苦しい空気が漂ってきても互いに口を開こうとはしなかった。
「なんで、なにも喋んないの……?」
やがて胡桃が沈黙の壁を破った。
「話した方がいいかい?」
「……別に」
それからまたしばらく沈黙が続いたが、場に慣れて来たのか胡桃がぽつぽつと口を開き始める。
「どうせあの人から聞いて全部知ってるんでしょ」
狂咲は胡桃の言葉に黙って頷いた。
「……わかってる」
「ボクは……幸せなんだって」
少しずつ内心を吐露し始めた胡桃の肩は震えている。
狂咲はそれを何も話さず優しく抱いた。
「ふぁっ!? ~~~!」
胡桃は今度は別の理由で小刻みに震える。マグカップを両手に包み必死に我慢していても、その水面が波打っていた。
そして心拍が次第に落ち着いてきた頃、胡桃は再び話を始める。
「……両親に愛されて、親友もいて」
「幸のしたことは許せないけど、悪気が無いことも知ってる」
「……そうか、君は偉いな」
「子供扱い」
「失敬、十分大人だよ」
「ふふ、でもホントに子供かも」
「だって全部……拒絶しちゃったもん……」
フードで隠れてその表情は見えないが、声が詰まっている。
その小さく細い肩に触れた狂咲は、手に少し力を込めた。
「転生ってやつ」
「したら、さ……ボクのこと……みんな忘れちゃうんだよね?」
「細かい事を言うと忘れるのではなく、最初からいなかったことになるね」
「うん……いいよ、それで」
胡桃がそう言うと、肩の震えはもう止まっていた。
「謝る勇気……ないから……みんながボクのこと気に掛けたり心配するんならいっそ……消しちゃって欲しい」
「でも絵もみんな消えちゃうのは少しもったいないけど……」
「本来顧客情報は秘匿事項なんだが……以前アイドルのお客様をお送りしたことがあってね。その方の歌は残った事例があるんだ」
「じゃあ、もしかしたら残るかもしれないんだ。よかった……一応ボクの生きた証だもんね」
「絵が残るなら……ひゅッ」
胡桃はそう言ってフードを脱いで狂咲の方を向くと彼女と目が合ってしまい、しゃっくりでもしたように小さく跳ねた。
狂咲はフードの上からでもずっと胡桃のことを見ていたのだ。
「あああの……もう一回ちゃんと描かせて、くれます、か……?」
「勿論」
狂咲は優しく微笑むと、続けた。
「君の望みを、私に教えて欲しい」
聞かれた胡桃は目を伏せるが、二、三度頭を振ると勇気を振り絞って顔を上げる。
「……ここでみんなでごはん食べて……こういうのいいなって、思った」
「それから絵の話とか直接できるの……楽しいなって思った」
胡桃はそこまで言うと、狂咲の顔をまっすぐ見つめて続ける。
「だから……、だからね、普通でいい、特別なものなんていらない」
「……ボクは、やりなおしたい」
「今度は家族とも友達とも仲良くできるようにがんばる、自分の殻に閉じこもって逃げたりしない」
そう言った胡桃の目には決意の光が宿っていた。
「畏まりましたお客様、貴方様の心に負った大きな傷は、リビアンクオーツを美しく輝かせてくれるでしょう」
すると狂咲はソファから立ち上がり、胡桃の前へ傅く。
それはまるで姫に敬礼する騎士の如く荘厳で流麗だった。
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