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有限会社異世界転生(エクソダス) ~あなたの異世界転生承ります~  作者: 岩田 コウジ


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第43話  堕ちゆくフ女子は何を願う 6

 錆びついた金属の擦れる音と共にシャッターが降りていく。

 僕はその向こうで再び休息に就いたエクソダスコフィンにお疲れさまと労いの声をかけ社屋の方へ向き直る。

 理子さんはパイコメトリーのショック? で意識を失っている胡桃さんを負ぶってくれている。


「そう言えばメイさんは?」


 僕は辺りを見回しながら、先を歩く理子さんに尋ねた。


「到着する少し前に飛び立ったので、一足先に帰ったんじゃないですか。知らんけど」


「まあ、迷ってないならいいです」


 帰りは同乗者が出て定員オーバーになったので、今回もメイさんは荷台に乗ってもらった。

 いつも申し訳ないと謝ったが、彼女曰く狭い車内よりも空を見ながらの方がいいと言ってくれている。


 すると、社屋の方からメイさんが飛んでくるのが見えた。

 噂をすれば、だ。


「おオ、運んで来てくれたカ。ご苦労♪」


「分かってるんですか、大事な依頼者ですよ。捕食はもちろんセクハラも禁止です」


「フン、それより前にウチの獲物ヨ」


 そして胡桃さんを理子さんから横取りすると、軽々と抱えて再び社屋の方へと飛んで行ってしまった。


「あ、こらっ……もうっ!」


 いとも簡単に胡桃さんを奪われてしまった理子さんは口惜しそうに地面を蹴った。

 時々こうして古典的リアクションが飛び出してくるのがまた趣深い。


「いいんですか?」


「そう思うならなぜ湊徒が止めないんですか? なにもしてない人でも阻止くらいはできたでしょう」


「はい、仰る通りで」


 またハチの巣をつつくような真似をしてしまった。

 理子さんは機嫌が良くないことを失念していた。


「あ、そういえば……胡桃さんの本当の動機ってわかったんですか?」


 あの時理子さんは、ドーナツ店で胡桃さんに無理矢理パイコメトリーをした。

 その際なにか手掛かりになりそうなことは掴めたんだろうか。


「さあ、知りません」


 しかし理子さんは適当にはぐらかすばかりで結局答えてはくれなかった。

 それが気まぐれな意地悪なのか、話したくない特別な理由があるのかは今の僕にはわからないが、とりあえず今はメイさんを追うのが先決だ。


「メイさんは私室かな。でも近づいたらまた覗きだなんだって怒られないかな」


「そうなったら今度はリコが扉を蹴破ってやります。ふふふ……」


 理子さんはそう言って無表情のまま不気味に笑う。

 これはまだトイレでのことを根に持っているな。


「やあ、おかえり。軽く報告は聞いたがお客様はどちらかな」


「あ、社長……!」


 ところが玄関を入ったところで偶然廊下を歩いてきた社長と居合わせてしまった。


「そ、それがですね……」


「なんか廊下が妙に湿気てますけど」


 この場をどう繕おうか思案を巡らせていると、理子さんが立ち込める水蒸気を手であおいで不快感を示した。


「そう言えばなんですかね、これ……」


 結局特に策は思い浮かばず、下手に言い訳するより素直に話そうと決めた時だった。


「みゃああああああ~~!!」


 猫のような悲鳴が聞こえその方向を見れば、廊下の向こうから全裸にバスタオルを押し付けたあられもない姿の胡桃さんが全力疾走してくるではないか。


「おや? あれは……」


「胡桃さん!?」


 更に事態がややこしくなったが、この立ち込める蒸気の正体とメイさんが胡桃さんを連れ去った理由はわかった。


「コラ逃げんな~!」


 そして今度はバスタオルを身体に巻いてシャンプーハットを被ったメイさんが飛んで追いかけて来た。

 この時点で僕が弁解をする必要はなくなったわけだが。


「へんたいへんたいへんたい!」


「綺麗にしてやろうってだけだロ、それにオマエ女子が好きって言ってたの嘘カ!?」


「お風呂なんで聞いてない~!」


 そして逃げて来た胡桃さんがちょうど僕の真横をすり抜けた刹那、結露で濡れた床が些細な悪戯をした。


「!!!!??」


 バスタオルが宙を舞い、その下では頭を下に向け大開脚サマーソルトを披露する胡桃さん。

 その動きの一部始終はまるでスローモーションの如くゆっくりと進行していた。

 ……なるほど、これがゾーンというやつか。


 そして逆さのまま胡桃さんが落下を始め、後頭部を廊下の床に打ち付けんとしたそのまた刹那。


「危ないところでした、お嬢様」


 胡桃さんの身体は社長がしっかりと受け止めていた。

 というかいつ動いたんだろう。全く見えなかった。


「…………」


 無言のまま見つめ合う両者。

 そこへ遅れて落ちて来たバスタオルが胡桃さんの身体を覆った。


「どうかなさいましたか? それともどこか痛いところでも?」


 胡桃さんの大きく見開いた瞳は瞬きもせず、社長の言葉も届いていない様子。


「……二次元」


 そしてそうぼそりと呟いて動かなくなった。


「お嬢様……? ふむ、気を失ってしまわれた。メイ君」


「はっ! ここに」


 社長に呼ばれたメイさんは背筋をぴんと張って直立していた。

 緊張して握りしめたスポンジから泡が溢れる。


「お客様の扱いは慎重に。あと床も掃除しておくこと」


 社長はお姫様抱っこした胡桃さんを優しくメイさんに預ける。

 しかし、メイさんとは目を合わせない。


「理子君と湊徒君は今日の報告を」


「あ、はい」


 そしてそのまま踵を返し、そう言い残して行ってしまった。

 その後ろ姿を見送りながら理子さんが小声でつぶやく。


「あれ、割とおこですよ」


「え、そうなんですか?」


「まあ、多分リコたちは大丈夫ですけど」


「はあ……」


 僕は生返事で胡桃さんを抱えてしおしおと風呂場へ戻っていくメイさんを振り返る。

 彼女が怒られるのはいつものことだし、まあ平気だろう。


「じゃとりあえず報告書作りますね」


 僕はそう言うと、露の浮いた廊下を慎重に歩いて事務室へ向かった。



■□■□



「これでよし、と」


 プリントアウトした報告書をトントンとまとめ、端をクリップで留める。

 そして自分の席で仕事中の理子さんにPCチャットを送ると目配せをした。


「社長、よろしいですか」


 すると理子さんがタイミングよく社長を呼んでくれたので、僕は急いで社長のデスクに向かう。


「ああ、大丈夫だよ」


 社長は背もたれの大きな椅子をくるりと回して僕と理子さんに向き直る。


「では、お願いします」


 僕は社長に報告書を手渡し、緊張しつつも初めて任された新規顧客獲得に関しての報告を行う。

 社長は報告書に目を通しながらも拙い僕の話をきちんと聞いてくれた。


「それで先程の一糸纏わぬお嬢様が瀬戸(せと)胡桃(くるみ)さんだね」


「あーええ、あれはメイさんの独断でして──」


「大変お待たせ致しましタ! 顧客はムダ毛エチケットも適当で不衛生だったのデ、ウチが~~~~~~~~~~~~~~~~~の奥まで~~~~~~~~~~~~~参りました!」


 その時ドアが勢い良く開けられ、メイさんがなぜか敬礼しながら話さなくていいところまで詳細に報告してきた。

 僕は途中で聴覚をオフにしたので具体的にはなにも聞いていない。


「うぅ……ぐす、あんなとこボク、自分でも触ったことないのに~……」


 そしてメイさんの背中から胡桃さんのすすり泣く声がする。

 もうそれ以上話さないでくれと心の中で願う。


「あれ……? そのメガネ」


 メイさんの陰から僅かに見えた胡桃さんの顔には影乃さんがここに来た際にかけていたメガネが確認できた。

 しかし、ここでこれ以上聞くのは良くないな。


 そのとき理子さんが驚く発言をする。


「彼女はまだ転生に関してヴィジョンが不明瞭な為、それがはっきりするまで生活を共にしてみようと思いますが、どうでしょう」


「は? なんですかそれ」


「なるほど……うむ、いいだろう」


「いいんですか!? そんな簡単に?」


 理子さんが突然言い出した提案に僕は目を丸くし、社長もあっさり了承してしまった。


「ホウ……たまにはいいこと言うじゃないかデカチチ♪ よかったナ、ウチと一緒に居られるぞ、クルミ♪」


「え待って、ボクなにもしらないよ……こわい」


 完全に怯え切って震える胡桃さんの肩をメイさんが嬉しそうに抱き寄せる。


「ふ、では、よろしく頼むよ。メイ君はあとで来るように」


 胡桃さんの肩を抱いてニコニコしていたメイさんの表情がその社長のひとことで一気に青ざめる。


 理子さんにどんな意図があるんだろう。

 僕は彼女の顔をちらりと窺うが、相変わらずその表情からはなにも読み取れなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
瀬戸胡桃さん……これまた個性の強い方が仲間入り(とはちょっと違う?)しましたね〜。 ただでさえ周りが女性だらけだったのに、また女性が増えるとなると、湊徒くんの肩身が一段と狭くなりそうな気もしますが………
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