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第3話 回天の棺

異世界転生させてくれる会社がもしあったら、あなたは尋ねてみたいですか?


これは主人公がそんな夢の会社で働くお話です。


■カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しています。


 僕らは少し歩いて次元回廊ディメンション・コルダと呼ばれる場所へ向かう。

 先に部屋を出た狂咲は、合流した時には純白のスーツに着替えていた。

 なぜそんな結婚式の新郎みたいな恰好なのか尋ねると、これは真っ新な気持ちで新しい人生を歩む転生者に対する礼服で、曰くドレスコードなのだそうだ。


 この短時間でわかったが、狂咲は結構自分の美形を意識している節がある。

 ナルシストと言うか中二病というか、そんな感じだ。

 いちいち名前をキラキラさせたがるのもそのクチだろう。


「……ここがその次元回廊……ただの空き地では?」


 現地に立って理子がここを中庭と呼んだ意味を理解した。

 回廊と呼ぶには名ばかりの、吹き抜けの広場。

 土の地面に雑草も目立つ、まさに中庭と呼ぶべきものだ。


「お待たせして申し訳ありません、三崎様」


「はあ~ん……狂咲社長~……待った分今日は更にお美しい……」


 そして僕らの歩く方向には20代後半くらいの女性が立っていた。

 髪は肩までのボブ、ニットのカーディガンに踝までのスカートを穿いた、清潔感の漂う女性だ。


「あれが三崎さん……女性なんだ。綺麗な人なのに、なんで異世界になんて……」


「湊徒君、詮索は禁物だよ。転生したい事情はそれぞれさ」


「す、すいません……」


 狂咲はこちらを向かずに小声でそっと僕を窘めた。

 如何にも仕事ですからというドライな感じで、彼女のまた違う一面が少し覗けた気がした。


「それで今日いらしたということは、ご決断なさったんですね」


「はい、わたし……決めました。異世界で悪役令嬢になりたいんです……!」


「えぇっ……!? ──ぁっ、ごごごめんなさいっ!」


 三崎という女性の吐露した願望に思わず驚嘆が漏れてしまう。


「申し訳ありません、飛んだ無礼を」


「ふふ、いいですよ。笑われないだけマシです。それに狂咲社長のそんなお顔見られただけで許しちゃいますぅ」


 慌てて二人頭を下げ謝罪する。大事にならなくて助かった……。

 でもいるんだ、こういう人。


「彼は向湊徒君と言って、三崎様の『エクソダス』を見学させたいのだがよろしいでしょうか」


「別に構いませんよ。はじめまして、三崎(みさき)翔子(しょうこ)です。といっても、きっとすぐに違う人になっちゃうんでしょうけど」


 三崎さんは僕に歩み寄って軽く会釈してくれた。

 明るくて気さくな人だ。


「あ、向湊徒といいます、先程は失礼しました。急に悪役令嬢なんて仰るものでびっくりしてしまって」


「いいですよね、悪役令嬢……憧れなんです。一度でいいから羽扇子片手に高笑いしてみたくて」


「そ、そうですか……」


「それでは自己紹介も済んだところで、初めての者もいるから少しエクソダスについて説明しておこう」


 少し空気が緩んだところに狂咲の凛とした声が響くと、ぴんと空気が張り詰めたのがわかった。


 僕たちが静かになったのを確認して、狂咲は冷静に話し始める。


「まずエクソダス──転生とは精神の飛翔であり、異世界へ旅立つ『リンカー』の精神と魂と肉体を分離させた後、精神のみを新しい世界で受肉させることを言う」


「リンカーの精神は望む世界で新しい肉体を得ることで、そこに新たな魂も宿るんだ。その段階でリンカーの存在はその世界の正式な住人として定着する」


 そうか、転生は生まれ変わることなんだ。

 ということは、また赤ん坊から始めることになるのかな。

 今更だけど、エクソダスって異世界転生って意味だったんだな。


 ふんふん、と頷く僕を見つつ狂咲がさらに続ける。

 まるで学校の授業だ。


「次に、リンカーは知識や経験、身体能力と一部の記憶を新しい世界へ持ち込むことができ、我々はそれを『ギフト』と呼んでいる。更に環境設定もこちらでやらせてもらうので、かなり有利に第二の人生を送ることが可能だ」


 こっちの世界からの持ち出しは限定的なんだな。

 よくフィクションで語られる程、転生先で無双できますって訳でもないのかも。


「あの、環境設定って?」


 僕は手を上げ学生のように質問をする。


「依頼された方の希望の地位や外見、才能等をお膳立てして差し上げることだね。

例えば今回三崎様は悪役令嬢がご希望なので、王室の分家に当たる貴族に産まれ、類稀な商才を持つよう設定させていただいた。外見も可能な限り希望に沿うように育つはずだよ」


 なんだか存在丸ごと希望のキャラになれる究極のコスプレみたいなイメージだけど……それで合ってるのかな。


「……とは言っても、我々が用意できるのは舞台だけ。実際その人生をどう演じるか、つまり生き方は本人次第だ。いいことばかりではないかもしれない、試練も当然あるだろう。異世界から逃げ出す者だって僅かだがいる」


 狂咲は最も大事だと思われる部分を一呼吸置き、僕たちがよく分かるように話してくれた。

 勇者にはなれるけど、その世界を救えるかは自分の努力次第ってことだろう。


「転生した先でも、幸福は自らの手で掴み取って欲しい。私たちはその手伝いをするだけだと認識していただきたい」


「はいっ……わたし、がんばりますっ!」


 三崎さんは握りこぶしを作って、がんばるぞいをした。

 気合が漲っているようだ。


「対価の魂というのは?」


 再び手を上げて質問する。

 大事な項目だ、ここもきちんと確認しておきたい。


「精神の飛翔が完了すると、この世界から痕跡がなくなるという話はしたね」


「はい」


 返事をしながらちらりと三崎さんの方を窺うと、彼女も相槌を打っていた。

 彼女も事前の打ち合わせで聞いているのだろう。


「魂とは、この世界で生きている君たちの存在そのものなんだ」


 そう聞いて、あまりしっくり来ていない僕の顔を見た狂咲は更に続ける。


「リンカーは『ポーター』によって精神と魂と肉体に分けられた後、魂は肉体を取り込んで魂の宝石──『リビアンクォーツ』へと変化する。この宝石こそが対価であり私たちの利益だよ」


「リビアンクォーツは魂の持つ輝きで人により大きさ、輝き、透明度など違い、ふたつと同じ物はない。そして、より大きく美しい物ほど価値が高いんだ」


 まさにそれが、その人の個性であり価値って気がするな。

 僕の魂はどんな宝石になるのだろう。


「それは転生前でもわかるものなんですか?」


 僕がその質問をしたところで理子が近寄ってきた。


「尻子玉の鑑定はパイコメトリーでわかりますので」


「理子君……リビアンクォーツと言いなさいとあれほど……」


「尻子玉」


「尻子玉」


「湊徒君も復唱しなくていい」


 まあそれはそれとして、また知らない言葉が出て来たぞ。


「ポーターと言う言葉は、わたしも初めて聞きました」


 今度は入れ替わりに三崎さんが手を上げて質問をする。

 僕も聞きたかったことだ。


「それについては、これから紹介しよう。理子君いいかね?」


 狂咲はそう言って理子に合図を送ると、両手を交差させるようなポーズをとった。

 腰の捻りが形成するラインがなんとも美しい。


「らじゃー」


その合図で理子はおっぱいの谷間から昭和に一家に一台はあったあのゲーム機のコントローラーを取り出して、狂咲の合図に備えている。

 ……というかあの谷間、四次元ポッケにでもなっているのだろうか。

 興味は尽きない。


「これが私たちのポーター、その名を『回天の棺=エクソダス・コフィン』っ!」


「ぽちっと……なっ!」


 狂咲がなにか叫ぶと同時に、めいっぱい手を広げて伸び上がる。

 彼女の周囲にまたもや星が散るのが見えた、ように思えた。


 そして理子はそれに合わせコントローラーを操作した。

 途中でぶつ切りになった線が疑いを禁じ得ないが……。


「あ、なにか来た」


壁の向こうの陰から影が覗く。

やがて現れたものは──


「「うっそ……、軽トラ!?」」


 こちらへ一直線に向かってきた「それ」を目の当たりにして、僕と三崎さんは素っ頓狂な声を上げた。


 なんだか凄まじく嫌な予感がする。

 この軽トラ結構な年代物のようだし、よく見るとあちこちに傷やへこみもあって一層不安を掻き立てられる。


「まさかこれがその、ポーター……? もしかしてわたし、これにドーン、て……されるんですか……?」


 僕より先に三崎さんが口火を切った。

 当然だ。当事者だもの。

 それにステレオタイプである異世界転生のお約束もご存じの様子。


「うむ、見た目こそ少し頼りないが仕事はしっかりこなす優秀な子だよ」


「ちなみに倒れた湊徒さまは『こふぃ~ちゃん』で運んできました」


 ああ、なるほどと頷く僕の横で三崎さんは僕らに背を向けた。

 少し震えているようにも見える。


「え待っていやです……そんなの聞いてません……!」


「エクソダス・コフィンの存在は極秘事項だから、事前に伝えることができず申し訳ありません。しかし痛みや苦しみは一切ありませんので、どうかご容赦を」


 がっつり拒絶の姿勢を見せる三崎さんに狂咲は平然と対応する。

 打ち合わせ済みなのにこのことは直前まで隠していたあたり、彼女の反応も織り込み済みなのかもしれない。


「でも……車にはねられるなんて、怖いです……!」


 当たり前だ。

 僕だって軽トラとは言え撥ねられるのは怖い。

 だから何でもいいから三崎さんを勇気づけてあげたい、そんな一心で。


「じゃあ、僕が手を握っているというのはどうでしょう?」


「それなら狂咲社長の方がいいです」


 はい、御尤も。

 名乗り出たはいいが至極冷静に返されてしまって挙げた手の下ろしどころに困っていると、狂咲が助け舟を出してくれた。


「ふむ……私は陣を敷く役割があるが、手を繋ぐくらいならできるかもしれません」


「ホントですか!? お願いしますぅ~! 狂咲社長がしっかり手を握ってくれてたらわたし、きっと我慢できます!」


 狂咲を一瞥すると、彼女はこちらに小さくウインクしてくれた。

 三崎さんの反応の違いは残念だけど、結果僕の提案によって彼女を前向きにさせられたことは素直にグッジョブと言いたい。


「それでは三崎様の了承を得たところで、魔術契約を交わします。三崎様、こちらに額を見えるように向けてくださいますか」


「はい。こう、ですか?」


「結構」


 三崎さんは狂咲へ歩み寄り、前髪を上げて額を見せる。

 そこへ狂咲が手をかざし、何か呪文のようなものを唱えている。


「おぉ……!」


 すると狂咲の手がぼうっと鈍い赤色に発光し、三崎さんの額に見たこともない文字が刻まれていた。


「これで契約は済みました。こちらはクーリングオフに関する書類です」


 狂咲はそう言って小脇に抱えていたクリアファイルを三崎さんに手渡す。


「そんなものまであるの!?」


 これから異世界転生しようと思っている者に向かってすることの異質さに、思わず突っ込んでしまった。


「当然だ。これでもうちは優良企業でやっているんだからね」


 狂咲は僕に突っ込まれて、ちょっと不服そうに唇を尖らせる。

 扱っている事柄が特殊なだけで、やっていることは案外普通の会社なんだな。

 じゃあ異世界事情に強い弁護士とかもいるのかもしれない。


「続いてエクソダスの準備に取り掛かります。理子君、いいかい」


「らじゃー」


 狂咲に声をかけられると理子は、待ってましたと言わんばかりにコントローラーを掲げる。

 そして狂咲は僕と三崎さんを次元回廊の中央へ連れていくと、再び呪文のようなものを唱え始めた。


 いろいろかかったけど、これからいよいよ始まるんだ。

 そう考えたら突然溢れ出した緊張で体が固くなる。


 狂咲が詠唱を始めて間もなく、僕と三崎さんの足元に何重もの同心円と幾何学的な図形で作られた文様がぼんやりと浮かんできた。


「それでは三崎様、お手を」


 ひとしきり準備を終えたのだろう、狂咲が三崎さんに向かって手を差し伸べる。

 その様、まるで馬車に誘う王子様の如く。


「は、や……きゃ~! 狂咲社長と手っ……! はぁ逞しくも柔らか、無理もう無理ぃ……!」


「三崎様、落ち着いて」


「は、はいぃ~……」


 興奮してくねくねしている三崎さんを手を繋いだ狂咲がなだめる。


「さあ、湊徒君も」


「あ、はい」


 先程とは打って変わって冷静に僕の手を取る三崎さん。

 もう僕要らないんじゃないかな。


 三崎さんの左手に狂咲、右手に僕を繋いでその瞬間を待つ。


「うわあ、ドキドキする……」


 僕がそうつぶやくと、三崎さんの手にも力が入っていた。


「よしいいだろう、理子君」


「イエッサー、いきますよ~」


 狂咲が合図し理子がコントローラーを操作すると、あの軽トラ『こふぃ~ちゃん』の車体がデコトラの装飾のように光り出した。

 なんというか、なかなか個性的というか……。


「狂咲社長、ぎゅっと握って勇気をくださいっ!」


 三崎さんは目をつぶって歯を食いしばる。

 繋いだ手には汗が滲んで、痛いくらいに力が入っていた。


「回天の棺=エクソダス・コフィンよ、かの者に新たな世界をっ!」


「Bだーっしゅ!」


 狂咲が叫ぶと同時に足元の魔法陣が三崎さんを照らし、派手に光り輝く軽トラがこちらに向かって動き出した。


 ぐんぐん加速し迫ってくる軽トラとの距離を鑑み、そろそろ危険だと体が警告してきた。

 自動車がこちらへ迫ってくる感覚は日常にもよくあるので慣れているからこそ、どの辺りで避けねば危険なのか体が覚えている。


合図は、合図はまだか……!


衝突の恐怖が足をすくませる。

 上手く逃げられるか不安になってきた。


「湊徒君、手をっ!」


「は、はいっ──」


 限界を感じたその瞬間、狂咲が手を離すよう合図してきた。

 

「いや! 怖いっ!!」


 僕は手を離すが三崎さんがその手を力いっぱい引き寄せてしまい、勢いで僕は車の前に投げ出される。


 ──あ、だめだこれ……もう逃げられないや。


「湊徒君っ!!」


 聴こえたのは狂咲の声だったかな、よくわからない。

 頭の中は真っ白だ。よく聞く走馬灯なんてものはなかった。


ただ、光り輝くデコ軽トラが突っ込んでくる様子がスローモーションで見えるだけの短いような長いような、無の時間だった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
1行目の『|ディメンション・コルダ《次元回廊》』なのですが、恐らくルビ振りのミスかな?と思いました。 それと細かい事ではありますが、25~27行目までのにある主人公と予約者の三崎祥子の絡み・会話で「は…
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