0-1.現実と幻影
彼らは未だ死に続けていた。彼らは、生まれてからずっと「生きた」ことはない。死んでいるのは今始まったことではない。
自分がなぜ生きているかなんて知らない。此処に生まれたくて生まれた訳ではない。自分になぜ命があるのか。なぜ今まで「生きて」いなかったのか。自分はこのように「生きる」前はどうなっていたのか。わかるはずがない。なぜなら、自分はついさっきまで死んでいたから。さっきまで死んでいたのになぜ、今こうして何かを考えることができるのか。
目の前には多くの人が倒れていた。ざっと100人はいるだろう。光る板状の物を手に持ったまま倒れた人。ポーズをとったまま倒れた人。そして、倒れている誰かにすがるようにして倒れこむ人。動いているのは彼だけだった。彼は何が起こったのかまるで分っていないかのようだ。倒れた誰かを揺すりながら、ただひたすら「死ぬな!」と叫んでいた。
彼の叫びを聞いて、ふとあることに気付いた。自分はついさっき「生き」始めたばかりなのに、なぜか彼の話す言葉を理解できた。ならば、彼に何が起きているのか訊くことができるかもしれない。そう思い、彼に話しかけた。
「何があったのですか。」
彼は、声を聞いてとても驚いた様子だった。そして、つっかえながらも「僕」に何かを伝えようと話していた。僕は、「なぜ、それが、話して…?」という声だけを聞き取った。そのあと、彼は自分の目の前で起こっていることが信じられないというように、彼自身を強く殴った。しかし、それでも目の前の景色が変わっていないことにショックを受けたのか、彼は僕の横を泣き叫びながら走って通り抜け、僕の後ろの崖から海へ飛び込んだ。
これはまずいという気がして、後方のまで行き、下の海を除いた。岩盤には波が強く打ち付けていた。海にはさっき飛び込んだ彼が浮かんでいた。青い海水に、赤い血が融けていた。彼は死んでいた。なぜか僕はそう確信した。もう彼は助からない。手遅れだ、と。
それに対して、倒れた大勢の人々は皆完全に死んだわけではないという自信があった。彼らの身体は確かに死んだも同然だが、まだ生きているような気がした。
そこは、草と岩に覆われ、木は生えていない極めてやせた土地だった。僕は、またまたなぜか、此処の名前を知っているような気がした。いや、此処の名前を知っている。
此処は、ラパ・ヌイだ。