第90話 決着
「――ひとつ、みんなに頼みたいことがある」
決意を胸に、4人それぞれの顔を見回して告げた。
――五分間。
それが俺の告げた“奥の手”発動までに必要な時間。
実際、今の暴走状態にあるユウヤを相手にその時間を稼ぎきるのは、4人がかりでもかなり難しい。
……いや、それより全滅の確率の方が高い。
だけど、俺の頼みを聞き届けたマリアが真っ先に問いかけてきたのは、覚悟の据わった言葉だった。
「その五分さえあれば、勝利への布石が揃うのですね?」
「ああ、必ず」
肯定の言葉を受け取るや否や、「では、参りましょう」と口にして光の大樹を展開するマリア。
その迅速すぎる判断に一瞬、呆気にとられるが、彼女の覚悟を無駄にしないためにこちらもすぐさま“奥の手”への準備を始める。
……まず必要なのは、精神を研ぎ澄ませて、精霊たちとの接続へ意識を集中させること。
胸いっぱいに息を取り込み、一息に吐き出す。
思い起こせ。精霊と過ごしてきた今までの日々を――。
思い紡げ。仲間に託されたもの、すべてを籠めるように――。
思い描け。俺が創り上げたい世界を――。
徐々に喧騒が遠ざかる。
自分の奥、深くまで落ちてゆくような感覚に身を浸す。
感覚が研ぎ澄まされ、描くイメージも鮮明になる。
……精霊との同調と解除をひたすら行うだけの訓練。何の意味があるんだって思っていたけど――。
今ならわかる。
精霊たちは俺たちの“想い”に応えて力を貸してくれる。力を変化させる。
そして、それは伝わる想いが純粋であればあるほど、より強力なものとなる。
より濁りも曇りもなく、純粋な想いを届けるための訓練だったのだろう。
……師匠のことだから、聞いても「そんな深く考えているわけがないだろう」ってはぐらかされるに決まっているけど。
起こり始めた雑念を振り払い、再び思考の海へ身を投じる。
そうして意識が溶け、精霊たちと混ざり合った頃、ひとつのイメージが脳裏に浮かび上がってきた。
――それは、一振りの剣。
その柄に手を添え、握り込む。
刹那、世界に光が溢れ出した。
◇ ◆ ◆ ◇
「――ありがとう、おかげで間に合った」
礼を口にしながら、ゆっくりと振り返る。
そこには、見るからに消耗しきって目の焦点すら合っていないマリアの姿があった。
「れ……お、ん……さ……――」
緊張の糸が切れたのか、崩れ落ちる身体。
それを優しく抱き留めると、同時に戦場の方から明らかな動揺が伝わってくる。
……マリアの与えた武装が崩れ始めたのか。
術者の意識が途絶えれば、その武装も消え去るのは当然だ。
早く助けに入らなければマズいかもしれない。
が、焦ることなくまずはゆっくりと抱き留めた身体を戦場の端、少し離れた壁際にもたれかけさせるようにして休ませる。
「じゃあ、ちょっと終わらせてくるよ」
軽く言い残し、光る剣を手に一歩一歩踏みしめながら戦場へ。
そして、一斉にマリアの武装が砕け散ったと同時、俺はユウヤのもとへたどり着いた。
「お待たせ」
「待たせ過ぎだ、バカ弟子」
不満そうに口を開く師匠を一瞥すると、ずいぶんとボロボロになっている。
続けて見回すと、同じく細かな無数の傷が刻まれたドラグとイヅナの姿も目に入ってくる。
「遅いわ、騎士サン」
「……任せていいんだな?」
「ああ、もう休んでいてくれて大丈夫だ」
二人から視線を切り辺りを見渡すと、見慣れない騎士たちも俺の動きに目を配っているのがわかる。
……本当にすごいな。敵だった者たちがこんなにも……。
マリアがつくり上げた光景に感嘆の息が漏れ、思わず口の端が緩む。
彼らの存在があったからこそ、間に合わせることができた。
戦えない王女。
だが、彼女はこの戦場において最も大きな功績を上げてみせた。
ならば、今度は俺の番だ――。
「さあ、みんな。終わらせようか、この戦いを」
宣言し、一歩踏み出す。
そして、握りしめた一振りの剣を、思い切り地面に突き立てた。
一拍置いて、剣に群がってくる精霊たち。
すると、その剣ごと俺の周囲を回り始め、口々に言葉を発しながら俺の身体の中へ溶けるように消えてゆく。
『うん、やろー!』
『みんないっしょに~』
『いっせーの~……せっ!』
精霊たちの声が、頭の中で反響する。
そしてかけ声が響いた直後、俺の身体から光が飛び出し、洞窟の壁、地面の至るところに突き立ってゆく。
――それは無数の剣。
まるで、マリアがつくり出したあの『精霊武装』のように透き通った空色の剣だ。
たった一瞬。
それだけ僅かな時間で、数えきれないほどの剣の群れが、この洞窟内を埋め尽くしていた。
「剣の……世界……」
それは誰のつぶやきだっただろうか。
が、今そんなことはどうでもいいことだ。
吸う息とともに精神を整え、吐く息とともにユウヤへとゆっくり足を踏み込む。
「あっ、危な……っ!?」
騎士の誰かが叫ぶ。
視線を上げると、一本の大剣が俺へ目がけて一直線に飛び込んできているのが見える。
少しでも気を緩めれば、一瞬で絶命するような凶悪な一撃。
きっと数分前の自分なら手を焼いていたであろうその攻撃にも、今は微塵の恐怖も抱くことはなかった。
『いけ~!』
頭の中で、精霊が号令をかける。
同時、地面に突き立っていた剣の一本がひとりでに浮かび上がり、大剣を超速の突進で迎え撃った。
剣と剣の交錯。そして、静寂。
直後、地面へと墜ちていったのは、ユウヤの操る大剣だった。
「『いったい、何だ……それは……』」
開かれた口から発せられたのは、ユウヤのものとは思えない低く濁った声。
その濁った声の主には、どこか覚えがあった。
「女神、ファクティス……」
なるほど、合点がいった。
……お前もこの偽女神に人生を狂わされた者のひとりだったんだな。
僅かな同情を覚えつつ、矢継ぎ早に飛来する武具の雨に逆らって歩き続ける。
槍が降る。剣が墜とす。
暗器が翔ける。剣が振り払う。
戦槌が迫る。剣が斬り捨てる。
「『なぜ……墜ちた、武具が……操れぬ……』」
そう、今までは破壊しなければ再利用されていた武具たち。
しかし、今回はひとたび剣に触れたものはその力を失い、もう僅かたりとも動きを見せることはなかった。
一本、また一本と失われてゆく武具の群れ。
そして、その残りが一本となった時、ユウヤの目前へとたどり着いた。
「さあ、ユウヤ……いや、ファクティス。これで終わりにしよう」
「『……駒にすらならぬ……不要な魂の、分際で……!』」
残った一振りを握り込み、ありったけの殺意を向けてくる。
これが最後の一振り。
その覚悟を胸に、こちらも手にした剣を構える。
「――行くぞ、偽神」
「『ほざけぇぇぇッ!!』」
駆け出し、全力を籠め振り下ろす一閃。
その一撃は、狂乱するユウヤの身体を袈裟懸けに斬り裂いた。




