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第89話 望んだ景色

「……っ!? レオンさんッ!?」


 目を見開き、叫ぶ。


 レオンの力の高まりを感じたからなのだろうか。

 他の三人に向かっていた数多の武具たちが、途端にその切っ先をレオンに向け始めたのだ。


 叫びとともに、三人ともが異変を察知してレオンの方へと駆け出す。

 だが、間に合わない。


 一瞬後、起こるはずの未来を想像し、ぎゅっと目を瞑った。


 ――その瞬間だった。


「え……?」


 真っ暗な視界の中、キィン……と耳に残る甲高い音。

 想像と違う音に目を開くと、そこにはレオンを背に庇うように立つ、剣を振り抜いた体勢の若騎士の姿があった。


 ……あの騎士は、()()()()の……――。


 脳裏に浮かぶのは、女神レフィナから授かった力を解放したあの時のこと。


 今、目の前でレオンを守るため剣を振るう騎士は、あのとき、わたくしへと切っ先を向けて駆け込んできていたあの者に間違いない。

 だが、どうして……。


 疑問と同時、さらに近づく大勢の足音と鎧が触れ合う音。

 茫然と振り返ると、そこには先ほどまでぶつかり合っていた騎士たちが互いに肩を貸し合いながらこちらへと歩み寄ってきていた。


「突然の乱入、失礼する」

「あなたは……?」

「ただの半端な役職しか持たないしがない騎士だ。まあ、この部隊の副指揮官とでも思ってもらって構わない」

「は、はぁ……」


 若年の騎士に肩を貸されている状態の薄黒髪の老騎士が声をかけてくる。


 ……たしか、常に先陣を切っていた騎士ですね。


 特にクリスティアと剣を交えていた記憶がある。

 だが、その騎士がなぜここに……?


 それに、こうして話をしているうちにも他の軽傷の騎士たちがレオンたちを庇うように駆け出していっている。

 どうして、どうして、と頭の中でいろんな疑問が回り続ける。


 そんなわたくしの困惑を感じ取ったのか、老騎士はハッキリとその目的を口にした。


「――加勢させてもらう。我らの隊長を救うために」


 一瞬、その真意を読み取れずに目を細める。

 すると、今度は困ったように老騎士がその眉をハの字に曲げた。


「……そういうことにしておいてくれんか、王女様?」

「え……?」


 先ほどまでの剣幕はどこへ行ったのか。

 老騎士は肩をすくめながら、ポリポリと切り傷のある頬を掻く。


「痛っ……!?」


 本当に何がしたいんだろうかと、つい冷たい視線を送ってしまう。


「まあ、私はそうでもないんだが。特に若い連中は、君らに少なからず恩義と罪悪感を覚えているってわけだ」


 何について恩義や罪悪感を覚えているのかわからない。

 だが、その濁りのない瞳を見てわかったことがある。


 ……きっと、もう敵じゃない。


 老騎士の視線を追うように、レオンの周りに目をやる。


 恩恵の力が大樹の放つ光によって失われている中、年若い騎士たちは瞑想を続けるレオンを庇いながら、必死にユウヤに立ち向かっている。


 ――ならば、今この瞬間だけは信じられる。


「では、もう少し、時間稼ぎを手伝っていただけますか?」

「もちろん、そのつもりだ。……っても、こんな状況じゃロクに戦力にもなりゃしないが」

「そうですね……」


 少しうつむき、思案する。


「それでは、こうしましょう」


 息を整え、自分の内側に意識を向ける。

 そして、精霊との繋がりをハッキリと思い浮かべながら、ひとつの願いを口にした。


「『我らが戦列に加わる者へ、再び立ち上がる力を。抗い突き立てるための刃を。仲間を守る盾を』」


 その宣言と同時、大樹から光が溢れる。


「なっ……!?」


 突然溢れ出した光の奔流に、騎士たちの困惑する声が至るところから漏れ聞こえてくる。


 閃光が収まった後、ふと老騎士の方を一瞥する。

 すると、目を丸くする老騎士の身体には透明の鎧、手には透明の直剣が握り込まれていた。


「これは……!? それに身体の傷まで……」

「これで憂いは絶たれましたか?」


 言って微笑みかけると、一瞬、きょとんとした顔を向けてくる。

 が、すぐにその表情は笑みに変わった。


「ハハッ! こりゃ一本取られたなッ!」


 ひとしきり笑い転げた後、老騎士は透明な剣を深く握りなおして、肩を借りていた騎士から身体を離し、大きく声を張り上げた。


「ここまでお膳立てされてんだ! ここで身体張れねぇやつァいねぇよなァッ!?」


 瞬間、周りから噴き上がる咆哮。

 それを満足げに聞き届けてから、老騎士は剣を頭上に掲げながら、まるで血に餓えた獰猛な獣のように猛然と駆け出していった。


「すごい……」


 目の前で繰り広げられる光景に、思わず息を漏らす。


 レオンへ向けて降り注ぐ剣の群れを大盾持ちの騎士や若騎士、ドラグが捌き、

 死角に潜り込む暗器を短剣持ちの騎士とイヅナが抑え、

 老騎士とクリスティアの二人がユウヤ本体へと攻勢をかける。


 これが先ほどまで死闘を繰り広げていた敵同士だと、誰が信じるだろうか。


 ……これが、わたくしの見たかった――。


 感慨に浸りそうになる気持ちをぐっと堪え、自身の胸に手を当てる。


 ……ですが、これは少しマズい状況かもしれませんね。


 身体が熱い。鼓動が早い。意識も遠のきかけている。


 恩恵を無効化する光の大樹。ここにいる全員への武装の提供と、傷の簡単な治療。

 そのすべてを並行して行っているのだから、身体が拒否反応を示してくるのも当然の結果だ。


 さすがにやりすぎた無理無謀のツケを払えと、全身が叫びをあげている。


 それでも意識を飛ばさないようにと気を強く持ち、ほとんど効果がないとしても呼吸を整える努力を続ける。


「あとは託します。なので、どうか……レオンさん……っ!」


 今の自分が貢献できることは、皆への支援をレオンの“奥の手”まで絶えさせないようにすること。

 だから、剣戟の音が鼓膜を揺らす中でも、静かに祈るように手を組み、全身全霊で意識を繋ぎ留め続けることだけに集中する。


 結局、何秒持ちこたえられたのか、わからない。


 が、もう時間感覚など微塵も消え失せ、視界もほとんどが真っ白に染まってしまった頃、不意に膝から力が抜け落ちた。


「……ッ!?」


 意識はまだ保てている。

 気力もまだ持ち合わせている。

 だが、先に身体が限界(リミット)を迎えてしまった。


 ……ダメ……このままでは、皆が……わたくしのせいで……――。


 次の瞬間に起こるはずの大惨事を思い描き、胸がきゅっと締め付けられる。

 しかし、どれだけ心が叫ぼうと、もう身体は言うことを聞いてはくれない。


 諦めと謝罪の感情が、胸中にちらついた。

 その瞬間――。


「――ありがとう、おかげで間に合った」


 焦がれるほど待ち望んだ声が、頭上から降り注いできた。

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