第88話 決死の五分間
「――ひとつ、みんなに頼みたいことがある」
そう切り出されたレオンのセリフを聞いて、わたくしは耳を疑った。
「五分間、時間を稼いでほしい」
「そ、それは……!」
視線を、レオンから洞窟の奥へと向ける。
あまり戦闘の何たるかを理解していないこの自分でもわかる。
……今のあの騎士――ユウヤは尋常ではない。ひょっとすると、クリスティア様でさえ……。
嫌な考えが頭をよぎる。
だがしかし、再び視線を戻した先の彼の顔は、真剣そのもの。
微塵も、我々が足止めに足る力量を持ち合わせていないなど、考えてはいないように見える。
そのあまりにまっすぐすぎる視線に、思わずたじろぐ。
……皆さんは――。
振り返り、見回す。
クリスティア以外の二人は覚悟の中に不安の色が残る絶妙に曇った表情を浮かべている。
自分には直接戦闘に参加できる力はない。
が、二人は身一つで危険な武具の群れと対峙しなければならない。
気後れして当然。
それでも、覚悟を固めようとしている。
ならば、わたくしの役目は――。
「レオンさん、ひとつお聞きしても?」
そうやって前置きしてから、レオンと同じようにひとつ尋ねかけた。
「その五分さえあれば、勝利への布石が揃うのですね?」
「ああ、必ず」
直接、剣を交えられないわたくしができるのは、お二人の憂いを断ってあげること。その程度だ。
しかし、存外その言葉が最後のひと押しになったのかもしれない。
再び振り返った視界に映り込んだのは、すでに憂いの一片たりとも残してはいない引き締まった表情の二人だった。
「では、参りましょう――」
そう宣言し、両手を祈るように組み合わせる。
そして、再び自分たちの背に一本の光の大樹を展開。
さらに三人の手にそれぞれの武具を顕現させ、虚ろな瞳のユウヤへと向き合った。
「……こんなに離れているのに身体の震えが止まらないのは、初めての経験ですね」
かの黒竜のときでさえ、これほどの“圧”を感じることはなかった。
だというのに、今も増大する漆黒のオーラを背負うユウヤからは、今までに感じたことがないような重圧を受ける。
……こんな邪悪なものが、神の与えた恩恵だとでも言うのですか?
何度目をしばたたかせようとも、あの邪悪なオーラを放つものが高尚な神の力のようには見えない。
そんなものがもしも“神”であるならば、それは邪の神に他ならないと、わたくしはその黒い霧のようなオーラを見つめていた。
「じゃ、行こかァ」
「……あぁ」
ぼんやりとするわたくしの意識を現実に引き戻すかのような二人の声に、再び気を引き締めなおす。
チラリと隣を一瞥すると、すでにレオンは瞑想するように瞳を閉じて深い呼吸を始めている。
「んじゃ、まずは挨拶がわりっちゅうやつや、食らいィッ!」
金色の焔を纏わせた扇を手に、一直線に駆け出してゆくイヅナ。
すると、それを迎え撃つように数本の針がユウヤの頭上の武具群の中から飛び出してくる。
しかし、イヅナは一切避ける素振りを見せない。
直後、そこへ猛スピードで割り込む影があった。
「……余計な仕事を増やすな」
「余計ちゃう……っちゅうねんッ!」
割り込む影は戦斧をまるで盾のように構えたドラグ。
針をドラグが防いだことを確認すると、すぐさまイヅナはその背を踏み台がわりにして飛躍。
未だにまともな人間らしい反応を見せないユウヤへ対して、扇を横一直線に振り抜いた。
振り抜いた軌跡を辿るように放たれる焔の一閃。
それでもユウヤは動じることなく、ただ頭上に浮かぶ大楯をかざして防ぐのみ。
「得物で視界を遮る。剣士としては致命的で、あまりに初歩的な失敗だ。少しはこれで頭を冷やしたまえよ、転生者」
いつの間にか隣から姿を消していたクリスティアの姿が、忽然とユウヤの懐に現れる。
そのまま数えきれないほどの連撃を叩き込んだ直後、その軌跡を氷がなぞってゆく。
がしかし、ユウヤはこれすらもものともしない。
まるで使い捨てにでもするかのように代わりに剣や斧に攻撃を受けさせ、そのままクリスティアへ反撃の矢まで放ってくる。
「これはこれは……」
一度、大きくバックステップをとったクリスティアの顔は、珍しく少し引き攣って見えた。
剣戟の音が洞窟内に反響してじんわりと広がる。
もう何度目かわからないやりとりを、わたくしはじっと見守ることしかできずに、ひとり歯がゆさに唇を噛む。
「チィ……ッ! 気味ィ悪いわ! なんやねん、こいつッ!」
「……およそ、常人の動きではないな」
「出来の悪い操り人形でも、もう少し人間じみた動きをするのではないかね」
皆、懸命に飛来する武具を捌きながら、口々に愚痴をこぼす。
傍から見ていても思う。
あまりに“人間”という枠組みを外れた動きをしすぎている、と。
死角を生み出して隙を衝こうとも、まるですべて見えているかのように即座に反応される点。
ドラグとイヅナの二人が正面から斬り結んでいる間にクリスティアが背後から強襲しようとも、超反応を見せて振り向いた後、すべてを完璧に迎撃される点。
極めつけは、足が折れようとも腕を落とされようとも、何事もなかったかのように戦闘を続けている点。
どれをとっても、人外の領域だ。
……ですが、あんな無茶、どう考えても長続きするはずが……――。
まるで、身体を使い捨てにするかのような無茶を通す動き。
このままでは、放っておいても自滅する。
が、それまで皆が耐えきれるかどうか……。
耐え切れば、レオンの“秘策”がある。
……それまでは必ず、持ちこたえさせてみせます……っ!!
やってみて思うが、さすがに恩恵の力を弱めさせる波動を放つ大樹と、三人分の武装。その維持をし続けるのはかなり消耗が激しい。
気を抜けば今にも意識を手放して、大樹も武装も光に還ってしまうことだろう。
だが、それをなんとか気合いだけで繋ぎ留め続ける。
そうして、極限の時間が経ち続け、ついに迎える五分間――その三十秒ほど前のことだった。
「……っ!? レオンさんッ!?」
危険を感じ取ったのか、途端にユウヤの操る武具たちがレオンへと向かって殺到し始めた。
……ま、間に合わない……っ!?
即座に踵を返して地面を蹴り抜く三人。
――が、僅かに届かない。
飛翔する剣の切っ先が、瞑想を続けるレオンの額を捉えそうになる。
その刹那――。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
裂帛の気合い。
そして、割り込んだひとりの若騎士がその剣を弾き返していた。




