第86話 女神の神託 side.転生者ユウヤ
光の奔流が洞窟内を埋め尽くした後、明らかな違和感が身体を襲ったのがわかった。
……なんだ、これは……! 何なんだ、いったい……ッ!?
剣が重い。
足が前に進まない。
それに何より、さっきから武装群の動きがおかしい。
いつもなら、思い描いた場所へ寸分違わず武装を飛ばすことができた。
だが、今はどうだろうか。
一歩たりとも動かないレオンに対し、かすり傷ひとつつけられていない。
十の鈍器で殴りつけた。百の刃で斬りつけた。千の暗器を投げつけた。
それでも、届かない――。
「何をしたァ……。答えろ、レオンッ!」
激情を乗せた咆哮。
それすらも涼しい顔で受け流し、レオンはこちらから視線を切る。
そして、そのまま洞窟の外を流し見た。
「お前もわかってるんだろ? 恩恵の力が薄れてきてるって」
レオンの言葉を受けて、荒れた息を抑えながら洞窟の外へ視線を向ける。
……外で何が起こっている? 騎士どもはいったい何を……。
剣戟の音が聞こえない。
魔物の咆哮も届かない。
……いや、微かに聞こえる。これは魔物の……断末魔の叫び?
「本当に、やるってなったら派手なんだよな。やることが」
薄く笑みを浮かべるレオンの横顔に、さらに苛立ちが募る。
あの訳知り顔も、余裕綽々な態度も、まったく眼中にないとでもいうような仕草も。
何もかも、気に食わない。
怒りに歯を食いしばり、地面に突き立つ大剣を引き抜き、全速力で駆け出した。
「……どこを見ている。僕を……僕を、見ろよォォォッ!!」
振り上げ、斬り下ろす。
が、その剣は少し身体を逸らしただけの動きで、空を切った。
「――悪いけど、これで終わりだ」
レオンの握り固められた拳が鳩尾に突き刺さる。
腹から背まで貫く衝撃に膝をつく。
見上げるレオンの視線は、やはりこちらを向いてはいなかった。
◇ ◆ ◆ ◇
転生する前の僕の生活は、とても酷いものだった。
父親は働かずギャンブル狂いで、すぐ暴力に訴える。母親は育児放棄な上に、外で男をつくってほとんど帰ってこない。
そんなどこにでもある、最低な家庭。
いつだっただろうか。
急に我慢の糸が切れて、耐え切れなくなって、父親を手にかけた。
包丁で脇腹を刺して、痛みに歪めた顔を斬りつけて。
気づけば、自分の喉へその包丁を突き立てていた。
これが誰の目にも映らない、ただの恵まれなかった少年の可哀そうな最期。
――だが、そこで終わらなかった。
目を開くと、まったく見覚えのない戦場に立っていた。
まず感じたのは、最期の瞬間に感じた血生臭さをもっと濃縮したような、むせ返るような臭気と熱。
身体が重い。
見下ろすと、重厚な銀の鎧が視界に映り込んでくる。
視線を上げる。
多くの人が怒号を上げ、倒れ伏す人と人の間を駆け回っている。
人の群れのさらに向こうには、異形の群れ。
拳を握って感触を確かめる。
身体がまだ動くことを確認した後は、自然と身体が異形の群れへと駆け出していた。
それが僕の転生後、初めて体験する戦場だった――。
『哀れなあなたへ、この世界でやり直す機会を与えましょう』
そんな女神の言葉を聞いたのは、すべての戦闘が終わって、ひとり夜空の星々を見上げている時。
そこで僕はこの世界のこと、この身体の元の持ち主のこと、すべてを聞かされた。
正直、現実味はなかった。
それでもあの世界から解放されたのなら、ここでやり直すのも悪くはないと思った。
ただひとつ、思うところがあるとすれば――。
「……この身体の持ち主には、少し同情するよ」
だって、その姿がどこか元の世界の自分の境遇と重なってしまったから。
もう二度と出会うことはない。
そう考えて完全にレオンのことを頭から消し去って第二の人生を歩み始めた、その少し後のこと。
僕は、再びそいつと出会った。
まず感じたことは嫌悪。
そのまっすぐな瞳が気に食わない。
折れない姿が気に食わない。
仲間を得て、充実した生を歩んでいる様が気に食わない。
何より、僕と同じ恵まれない境遇に置かれた身でありながら、自分だけ救われているのが気に食わない……!
僕は、この見知らぬ世界でただひとり。
奴は、馴染みのある世界で新たな仲間とともにいる。
どうして、どうして、どうして――。
邂逅を重ねるたび、そんな気持ちに圧し潰されそうになってゆく。
弱い気持ちを誤魔化すように、騎士団の任務に明け暮れた。
そんなある日、ひとつの神託が下った。
◇ ◆ ◆ ◇
片膝をつき、肩を大きく上下させながら、奴を見る。
……女神ファクティスから下された神託の内容は、『大樹海の中に隠れた“精霊の森”――その奥地に存在するはずの“世界樹”を伐採する』こと。
なぜ、などと理由を問うことはしなかった。
別に知る必要がないから。
……僕はただ、一振りの剣で良かった。良かった……はず、なのに……。
第二の生を与え、人生をやり直す機会をくれた女神に従う、従順な騎士であればそれでいいと思っていた。
それなのに、目の前の奴らは今もこうして必死に抗い続けている。
まるで、僕の行いが間違っている、と言わんばかりに。
……女神ファクティス。僕の行いは……――。
疑問の種が生み落とされた、その瞬間のことだった。
『――足りないのであれば、授けましょう。さらなる、力を』
天から、声が降ってきた。




