第83話 託されたもの
目を開く。
すると、もうそこにはあの白一面の世界はなく、騎士や魔物たちとの激戦が繰り広げられていた。
戻ってきた戦場は、熱気と血生臭さに包まれており、思わず顔をしかめてしまう。
……これも夢、ではありませんよね。
確かめるように、またあの時と同じように頬を抓ってみる。
「……どうやら、そうではないようですね」
しっかりと痛みを感じる。
ならば、あのレフィナとの邂逅は夢だったのかと言うと、それも違うと断言できる。
この手に宿る熱さが、あれが現実だったと叫んでいる。
『どうか、お願い。あの子を……あの子に歪まされてしまった人の子を、救ってあげて』
あの言葉とともに、彼女の悲痛な表情が脳裏によぎる。
あのとき、確かにこの手に何かが託された。
だが、それが何かわからない。
……これは、いったい何だったのですか、レフィナ様?
何を授けられたのか、問いかける前にこの世界に引き戻されてしまった。
だから、この手に宿る何かの正体がわからない。
魔物を一掃する力なのか。
騎士を沈黙させる力なのか。
はたまた、直接的にこの混乱を止める力ではないのか。
……立ち止まって考えていても、よくわかりませんね。
ひとまず、この託されたものについて考えるのはやめよう。
今は自分にでもできることを――。
覚悟を胸に、一歩踏み出す。
「――精霊の皆さん。力を貸してくださいますか?」
『もちろんっ!』
「では、私にも“アレ”を貸してもらえるかね?」
本格参戦を決めたと同時、横合いから声が飛んでくる。
「クリスティア様……! かしこまりました。形状は……」
「双剣で頼む。私の力では粗悪な贋作しかつくり出せないものでね」
「承りました。では――」
胸元に手を合わせ、頭に二刀一対の剣を思い描く。
そして、次に目を開けた瞬間、彼女の手にはイメージ通りの双剣がしっかりと握り込まれていた。
「ふむ、良い出来だ。助かる」
それだけ言い残すと、クリスティアはすぐにまた戦火の中へ飛び込んでゆく。
ならば、こちらも相応しい立ち位置に移動しなければ。
……この戦場全体を見渡せる場所は――。
見回していると、少し離れた場所に土が盛り上がって小高い丘のようになっている場所を見つける。
あの場所なら戦場全体を把握できるはずだ。
今は一時、死力を尽くして剣を交える皆から背を向けて駆け出す。
息を切らして走ること少し。丘の上にたどり着いて、戦場を見下ろした。
……魔物の死骸は増えている。けれど、指揮を執る騎士たちの数が減らせてませんね。
結局、それでは相手側の戦力を削げているとは言い難い。
この大樹海には、もはや数えきれないほどの魔物が跋扈している。
そのせいで、少し魔物の数を減らした程度では、すぐに新たに呼び寄せられてまた数的不利を背負わされることになる。
……救いは、おそらく騎士ひとりに対して操れる魔物の制限がある、ということでしょうか。
もし無制限に魔物を呼び寄せて操れるのであれば、もっと圧倒的物量で圧し潰せばいいだけの話だ。
が、そんな指示を出す素振りはない。
せいぜい、減った分の魔物を補充する程度でしかない。
「……ならば、その戦力補充だけでも途切れさせることができれば――」
視線を落とし、思考の海に沈んでゆく。
騎士と魔物の戦力状況。三人に渡した武装の消耗状況。そして、圧倒的劣勢を覆す策。
頭が痛くなるほどに思考を回し続ける。
――と、そのときだった。
『よけてっ!』
『あぶないっ!』
「え……」
精霊たちの声に視線を上げたとき、そこにはこちらへ駆け込んでくる若年の騎士の姿があった。
……ま、間に合わない……っ!?
咄嗟に身体を後ろに飛ばそうとするが、あまりにも遅い。
振り上げられた直剣を眺めながら、考える。
三人とも皆、それぞれ騎士と魔物を相手取っていて、こちらへ迫る危険まで気づけていない。
今、この場の現状を正しく把握できているのは、数名の精霊たち以外にはわたくし、ただひとり。
しかし、自分には直接戦闘に役立てるような能力はない。
それはもちろん、振り下ろされる剣のひとつも避けられないほどに、無力。
……けれど、ここで諦めるわけには……ッ!
――それは、意識外の行動だった。
レフィナから託されたはずの何かが宿った右の手のひら。
気づけばそれを、こちらへ肉薄する若騎士へ向けて突き出していた。
一瞬、怯んだのがわかる。
が、その手のひらから何も魔法の類が出てこないことを確認した途端、今度はさらに速度を上げて駆け込んでくる。
せめてもの抵抗として、空いた左の手で腰に提げていた護身用の短剣を引き抜く。
だが、もうそんなもの程度では若騎士は止まらない。
……まさか、こんなところで――っ!
振り下ろされる切っ先とともに、様々な後悔が急激に襲いかかってくる。
まだ、レフィナとの約束を果たせていない。
まだ、北域の皆との約束を果たせていない。
まだ、見せると言った素晴らしい国をレオンに見せられていない。
……それになにより、わたくしの理想を遂げられていないッ!
一歩、引きかけた足で思いっきり大地を踏みつけ、後ろに飛びかけた身体を全力で押しとどめる。
ここで逃げて、どうする。
どうせ満足に避けられない。
満足に抵抗もできない。
なら、せめて理想の国をつくろうとした者として、正面から堂々と敵と対峙するべきだ。
恐怖を押し殺し、先ほどまで引いていた足を前へ。
そして、襲い来る切っ先に向けて右の手のひらを伸ばし――。
「え……」
――そのとき、光が溢れた。




